食罪 —禿ぺらの怪—

◇富を司る女神


ある晴れた日、神の間にハイヒールを履いた人影が一つ。

「ちょっと、誰かいないの!?」

靴音が響く。


現れたのは鳥かごを持った迦琉カルである。その人影に気づいたようだ。

「あ、おばさん。」


「あっはっは。おばさんとは相変わらずだね。迦琉はもう二十歳だったかな?そろそろオトナの魅力を分けてあげようか?」


 迦琉がおばさんと呼ぶ者の名前は東ノ国の富を司る女神、華厳カゲン。神暦16302年生まれの7495歳で迦琉からは普段おばさんと呼ばれているが、外見は17歳で、身長は高く筋肉質で手足は長く細い。そして鼻の高さが際立つ美女である。


「そういう意味じゃなくて…。ね!おばさん、相変わらずスタイル抜群だね!」

「ふふふ。これはね、毎日の努力の賜物だよ。ルームランナーあげようか?。」

「んー、それは遠慮します。」

「はぁ勿体無い。…ねえ迦琉?ここに来る時さ、永遠の命と無限の富、どっち選んだ?」

「え…?選んでない。」

「は?どっちも?」

「おばさんは?」


「両方。」




◇禿ぺら


「それより、おじいちゃんどこ?」

「今から来るよ。」


修迦が奥から現れると、早速華厳が大きな声を出す。

「大福みたいなのが、私の人間界の別荘を占拠したって。」


修迦はゆっくりと席に着いた。

「順を追って話せ。大福とは何じゃ?それに別荘?人間界の物を持つなとあれほど…。」

「大丈夫だよ。人間の富豪が住んでる家に祭壇建てさせただけだし。」

「それはお前の家とは言わんじゃろ。」

「あはは。ともかく、人間界の邸宅に大福みたいな妖怪が居座って住人も困ってる。邪魔だし排除したいから討伐執行の審判をしてよ。」


「禿ぺらですね。」いつの間にか同席していた弟咫が手元のデータベース端末を操作しながら言う。

「腹の肉が足まで垂れ下がった姿で全身に全く毛がない。仲間同士で密着した生活を好み、道路に寝転がって遊ぶ。人間の髪の毛をむしり取る。病気にかからない。」

弟咫が端末のページを送りそのまま続ける。

「元は不倶戴の手下です。不倶戴消滅の後、無魔に使えていたようですが破門されて人間界に放り出されたようです。」

「破門の理由は?」

「性格ですね。自分の好きなことしかせず、気に入らない仲間を邪魔もの扱いしてトラブルが絶えなかった様です。まあ、確かに、あの図体では迷惑でしょう。同じ場所に長くいると妖力も高まりますし。仲間を集める前に手を打つべきでしょうね。」


「でしょ?刻光はどこ?。」


刻光が呼ばれ、禿ぺらの話を聞いた。

「討伐は認めよう。但し、人間界の治安に関わる問題だと明らかにした上でな。」


修迦が割り込んだ。「能力を封ずるまでにしておくべきではないか。」

「なんでよ?」華厳が不満そうに言う。


「もともと人間界の問題じゃろ。必要以上の関与は避けるべきじゃ。」

「はぁ。おじいちゃん甘すぎるよ!そんなことじゃキリがない。毎回きちんと天罰与えないと。神法でも認めてるんだから。ね、刻光。」


「まあな。」刻光は渋い顔をしている。


「じゃあ、行ってくるよ。」

華厳は、ヒールの音とともに神の間を後にしながら手を振った。


「面倒なことにならんと良いが…。」


◇邸宅にて


華厳が降り立った松川市は人口27万人。南西部には海がありそれに注ぐ松見川が市の中央を流れている。川の水源付近の小高い地域には城や古くて大きな邸宅が数件ほど並び、華厳はその邸宅の一つの前にいる。前髪をアップにして後ろに流したロングヘアである。


程なくして屋人が現れ華厳を迎え入れた。


「華厳様、お待ちしておりました。粗末なものですがお茶をご用意しております。」

「いいよ。先に大福を見たい。どこにいる?」

「中庭にございます。」


華厳は廊下を案内された。歩くと床板がきしきしと音を立てる。奥の方に廊下から見えない部屋もあって何か寂しい雰囲気もあるのだが、その日は晴天で畳の広間によく陽がさす。

「こんなところに妖怪なんてねえ。」

少し行くと中庭だ。


いつもは小さな日本庭園風の庭なのだが、池のあったところに屋根ほどの高さに達する白い塊がある。

「あれが?」

よく見るとこの塊の上部に頭らしき部分があり、目と鼻と口が細い溝のように付いている。

「ええ。中庭でゴロゴロするだけで、特に悪さをしているわけではないのですが…。邪魔で仕方ありませんし…、気持ちが悪くて…。」


華厳が縁側を降りて近づくと、その大福は池にはまって涼んでいるようだった。


「おマエ、ダーレだ?」

「お前、禿ぺらか?」


「オレのナマエをシってるとは、エライぞー。でも、おマエー、ガリガリでまずそー。イらねー。」

「あっはっは。アンタが太りすぎなだけだよ。」

「クエねーのはビンボーのハジマリー。オレ、ナンでもクうー、エライー。」

「喧嘩売ってるのかな?」

「イーミー、ワかんねー。」


華厳がため息に続けて言った。

「禿ぺら。神の名において警告する。すぐにこの場を立ち去れ。」

「イーミー、ワかんねー。」

「邪魔だからどけってことよ。」

「ヤーダー。もう、ウごかないー、ズッとコーコにいるー。」


「おマエのカミのケ、ジャマー、ヌいてやるー」

「だからその姿になるんだろ。」

「イーミー、ワかんねー。」


「これは治安に関わるね。」


屋人が心配そうに華厳に声をかけた。

「華厳様。あの飛行機、こちらに落ちてくるような…」

「アタシのお古だよ。大丈夫。人間界には影響しないから。処分ついでに丁度いいかなって。」


その飛行機が地面に近づくことを轟音が知らせる。


「ほぉら、見上げてごらん!」

禿ぺらは空を見上げると、細い目を少しだけ太くしてあたふたし始めているが、肉が池にはまって出れず、奇妙な悲鳴をあげ始めた。


「さよなら。」


華厳が勢い良く地面を飛び立ち上空にとどまったところで、禿ぺらのいた場所は爆音とともに炎に包まれた。


屋人は腰を抜かしてはいるが、当人も家も何ともない。


華厳が禿ぺらの消滅を確認していると、弟咫から連絡が入った。

「華厳さん、別の禿ぺらが街の何箇所かに発生しました。仲間を呼んだようです。大量発生の恐れも。今、命琉さんと迦琉が応援に向かってます。」


「あー、面倒なことになっちゃったかな。」


◇浄化


禿トッぺらが市街地の中心に集まり道路を塞いでいる。四方1km程ではあろうか、一面が大福の海である。市役所や周辺のビルには入り口から禿ぺらがなだれ込み大混乱だ。


華厳カゲンは、命琉メル迦琉カルと合流した。


「俺が警告してくる。」

命琉は空中から禿ぺら達の中央に近づいた。華厳と迦琉もついていく。

「お前達!そこにいると邪魔だ。速やかに退け。」

「ヤーダー」大きめの禿ぺらが野太い声で叫ぶ。

「お前達はなぜ集まるのか。」

「オレたちは、アツまってツヨくなるー。ドコまでもー、テキをオシのけー、オシツブすー。コレはー、ミンシュシュギ!」


迦琉が声を張る。「暴力は民主主義ではありませんよー。」


禿ぺらは全く聞く様子がなく、相変わらず道路の上をゴロゴロして遊んでいる。


「今度は人工衛星でも落とそうか。」


「待て。折角だから少し調査していこう。」


命琉が一体の禿ぺらを引きずり出し、華厳から距離をとる。

「思い切り蹴ってみてくれ。」命琉は大声でそう言うと掴んだ禿ぺらを全力で華厳の方へ放り投げた。禿ぺらは肉弾となって前方に吹き飛ぶ。助走をつけ狙いを定めた華厳の右足が肉弾を捉えると、激しく叩きつけられた音とともに、禿ぺらは上空に打ち上げられ、遠くの海へと消えていった。

「飛ぶけど効いてないな。」

「いやー、いい運動になるね!」


「破裂させる方がいいんじゃない。」

華厳がそう言って、どこからか取り出した槍を上向きにして地面に突き立て、上空へ飛び上がった。

命琉は華厳が見えなくなったところで、一体を引きずり出す。そして、それを華厳のいる上空に向けて大きく蹴り上げた。

華厳は地上から蹴り上げられた肉弾に狙いをつけ、正確に真下の槍に向け蹴り飛ばした。華厳の細い身体のなす動作は、洗練された舞いとさえ思えるほど麗しい。


禿ぺらは地面に叩きつけられ槍に貫かれたものの、目をパチパチさせるだけで、効いていない様子だ。


華厳が近づいて確認する。

「うーん、これは餅だねえ。」


その時、何かが太陽を遮り、華厳の周囲が影に覆われた。


華厳が見上げると、そこには宙を舞う無数の巨大な肉塊。


「オシツブせー!」


地ひびきとともに砂煙が立つ。華厳は数体の禿ぺらの下敷きになったのか、見えなくなり、禿ぺらにもそのまましばらく動きがない。


「おばさん!」迦琉が火の剣フレイム・テイルを取り出して飛び込む。禿ぺらは一体ずつ倒され炎となって崩れてゆく。そしてその下から華厳が現れた。

「ありがと、迦琉。何ともないよ。」華厳がゆっくりと立ち上がった。


周囲の禿ぺらが火の剣を見てひるんでいる。


「迦琉。それ、なんだい?」

「火の剣、西ノ神からもらったの。」

「へえ、ちょっと貸して。」


華厳が炎の剣を降ると、赤い炎を放つ鞭に変わった。

「ふふふ。あいつらに丁度いいじゃないの。」

そう言うと、華厳は勢い良く禿ぺらの集団に飛び込んで行った。

「天罰だ!」


「…おばさん、日頃ストレス溜まってるのかなあ。」

「どうかな。」


華厳は、あちこち飛び回ってビシビシと叩き、片っ端から禿ぺらを燃やし続けている。


「あ、踏んでる。」「踏んでるな。」


小一時間ほどで辺りは禿ぺらの燃えかすだけとなった。


「この鞭使えるねぇ。私にちょうだい?」


迦琉が素早く取り返した。

「あはは。迦琉、お前、今の動きは見込みあるよ。」

華厳が迦琉の肩を叩いた。

「さーて、私は用も済んだし、あの邸宅に顔出してから帰るよ。」


迦琉が命琉に向かって言った。

「私はもう少し残る。一体が山の方に逃げたって。弟咫が。」

「一人で行けるか。」

「大丈夫。危なければ逃げるから。」


◇暗闇での遭遇


迦琉カルがかつて炭鉱だったという暗い洞窟へ入る。


入り口は広いが、奥はどうなっているのだろう。あの図体ではそんなに奥まで行けないはずだ。


少し進むと中は真っ暗になる。

目が慣れない。手に持った剣の火力を小さくして明かりにした。迦琉は息を殺して進む。


―――何か聞こえる。


どこからか喘ぎ声がする。苦しそうにも聞こえる。他にも敵がいるのかもしれない。迦琉は辺りに警戒した。

肌寒い空気の流れを感じる。

薄暗い。


そのまま奥に進むと少し空間が開けているのがわかる。奥が台座のようになっており、周囲にろうそくの明かりが見える。台座の脇は川だろうか。水の流れるような音がする。そして、白い塊はその台座の中央にいた。迦琉は気付かれないよう岩の影に身を隠して様子を伺う。


禿ぺらの脇に寄りかかるようにして何かもう一体が蠢いている。小さいが人のようで、それが喘ぎ声の正体だった。


―――え、これ…。気持ち悪いけど…。でも仕事だし。


喘ぎ声が段々大きくなり、悲鳴のように変わる。


どさっ


何かが地面に落ちた。そして、迦琉が何なのか確認しようとする前に、それは大きな産声をあげた。

ろうそくの光が、その産声の元を一瞬だけ照らし、迦琉の目にてかてかして動いているものが映った。


−−−赤ちゃんだ。


母体と思われるものが、その子を抱きかかえる。

しかし、その指は爪を立て、ゆっくりと、その子の胸元をひっかいた。

洞窟には鳴き声がこだまする。


思わず迦琉は眉をひそめる。


禿ぺらがその子を無造作に掴み上げ、のそのそと移動し、川に放り込んだ。


◇天罰


迦琉の目はつり上がり、その両脚は地面を蹴っていた。


頭の中が真っ白になる。

ただ思うことは…


−−−こいつは絶対に許さない。


迦琉の想いは大きな叫び声となる。

「天ッ!」


迦琉は同時に剣を抜いて振り上げている。剣は背丈を超える巨大な槌の形を成し、高温となった青白い炎が、バチバチと音を立て光を撒き散らしている。


迦琉の叫びは強さを増す。

「罰ッ!」


禿ぺらは一歩も動けない。

振り下された槌が禿ぺらの視界を覆い尽くす。


「だッ!」


槌は激しく地面に叩きつけられ、禿ぺらは消炭と化した。


◇救出


迦琉は、川の流れより早く空を駆け、流されている赤ん坊の手を掴んだ。

母体である髪の長い女は、光に目が眩んだのか顔を隠して蹲っている。


「もう、大丈夫だよ。」

赤ん坊の胸には痛々しい傷が見える。


川から引き上げようとした時、迦琉は背中に重い衝撃を感じた。


自分のものではない長い黒髪が目の前になびいた。

何かに抱きつかれている。

そして、それは耳元のすぐそばで囁く。

「あたし、綺麗?」


―――口裂けだ!


迦琉が力を入れ振りほどく。

口裂けは体をくねらせて赤ん坊の手を奪い抱きかかえたまま、川が流れ込むトンネルに消えた。


しばらくトンネルの闇の先に目をこらした後、迦琉は神界にいる弟咫をコールした。


「禿ぺらは倒したよ…今から帰るね…。」


◇審判


神の間に華厳が戻った。三神の帰りを待っていた修迦と弟咫が迎える。


修迦が華厳を見て言った。

「口の周りに何か付いとるぞ。」

「え?」

華厳の口元に黒い何かが付いている。

「あぁ、お礼におはぎご馳走して貰ったんだよ。」

華厳は鏡を見て拭った。


「あれ程、人間界の物を持ってくるなと…。」

「いいんだよ。代わりに、禿ぺらの腹の油でも近海に埋めておくから。」

「そういう循環は考えられん。」

「古いなぁ。今の時代、地震や雷くらいじゃ感謝されないよ?」

「何を言うか。」


命琉が戻った。

「迦琉は最後の一体を始末してから戻る。」

「一人で大丈夫なのか。」

「恐らく。」


弟咫に通信が入る。

「迦琉が禿ぺらを倒したそうです。」


修迦が席に戻ったところで、迦琉が現れた。

「禿ぺらは倒したけど…、口裂けがまだ生きてて、子供を連れて地中に逃げたよ。」


「禿ぺらはこっちに送りましたか?」

「ああ、1体目は土地の占拠。残りは市街地占拠と公共物破損。もう魂が神界に来たんじゃない?」

「刻光が大忙しになっとる。」


迦琉が少し心配そうに言う。

「最後の一体はどうかわかんない。とにかく子供を助けようと思って、手加減できなかったんだよ。」

「その子が口裂けの子?」

「そう。」


別室にある刻光の机は書類の山になった。一枚一枚に、禿ぺらの魂からできている印が付いている。しかしそれは綺麗に整理され、その日のうちに処理できそうだった。


「最後の一体は…、集団から離れ妖魔の子を川に捨てた…か。人間界への影響もなし。…これでは裁けない。」


迦琉が呼び出された。


「迦琉よ、そのような時はよく確認しなければならない。増して、怒りで突撃するなど以ての外。一週間、部屋でじっとしていること。」

「…はい。」

「まあ、禿ぺらは何らかの組織に属していないから、大事には至らんだろうが。」


残りの禿ぺらは、特別な能力がないからという理由で、人間に処分を任せることとなった。


神権移譲通知

妖怪「禿ぺら」の処分を人間界に一任する。

神暦23797年11月21日

刻司光顕神


刻光が印を押し、東ノ国宛の書類としてミハルへと送った。

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