第6話

 男がベッドから、降りた。

 男の声が少し遠く、感じた。

「真剣に考えたんだよ」

 水の匂いがした。



 水――やめて……



 女は瞬きを一つ、した。

「でも、いつの君と一つになればいい? 瞬間、瞬間で変わる君の……今を留められない君の、今この時を留めておきたい僕の!」

 男の忙しなく歩き回る足音が聞こえる。

 その足音は女を妙に、落ち着かせる。

 女は目を、閉じた。

「――無、になっている。……いや、ならなければならないんだよ」

 男の足が、止まる。

「分かるよね――君なら。でもね僕には……分からない。分からないんだよ」

 女は、思う。



 でもね

 人って死んでからも生きてるの

 個がなくなるだけ――神経に命令を下す主がなくなるだけで

 爪も、髪も、死んでからも少しずつ伸びてるのよ

 腐敗するのも生きてる証――全てが停止するのが死ではない

 そう考えると

 無になることは不可能……かもね



 それから男の様子がおかしくなった――と。

 男は女の躯に、跨る。

「ねえ……泥鰌(どじょう)って……知ってるかな?」



 ――ねえ、泥鰌って知ってる?

 水を飲ませてね――



 自分が放った言葉を思い出し、女は頑なに目を、閉じた。


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