あっちから来たし、こっちからも来たよ


「美園さん?

 山の方から来てたよ」

と隣のはずなのに、人里離れた感のある一軒家の前で七郎が言う。


 ……山の方って、此処、全部山だが、と壱花は周囲を見回した。


「あのー、美園さん知りませんか?」

とあやかしを見かけるたび、訊いて歩いたが、誰からもハッキリした返事は聞けなかった。


「あっちから来たのを見たことがあるとか。

 こっちから来たのを見たことがあるとか。


 あやかしだからでしょうか、みなさん、ざっくりですね」

と新たなるあやかしを求め、壱花たちは山に分け入っていく。


 そういえば、高尾さんもざっくりだな、と思っていると、後ろから倫太郎が、


「お前のざっくりはあやかしを超えている気がするが。


 ざっくりで細かいことにこだわらないのがあやかしの特徴だとすると、お前はあやかしの親玉だな」

とよくわからないことを言ってきた。


「書類にはこだわって欲しいんですけどね」

とその後ろに続く冨樫がなにを思い出したのか、溜息つきながら言ってくる。


 嫌だな~、この二人のコンビ。

 畳みかけるように私を攻撃してくるからな。


 そのあとも息つく暇もない攻撃が続き、ひどいダメージを受けながら、壱花はよろよろと山道を進んでいった。


 だんだん木々が鬱蒼として来て、昼なのに、なんだか暗い。


 一行は、ざくざくと湿った落ち葉を踏みしめながら道無き道を行く。


「……私、今まで街の人は田舎に偏見があると思ってたんですよ」


 ひんやりとした山の空気を肌で感じながら壱花は呟く。


「ミステリーやホラー読んでると、田舎に行くと結構な確率で、変なカルト的な宗教やってて殺人事件が起こるんですよ。


 で、街に逃げ帰ろうとするんですけど、不案内な場所なこともあって、なかなか逃げられない」


「……何故、今、この状況でその話をする」

と倫太郎が言ったとき、頭上で、こずえを揺らしながら、なんだかわからない鳥が飛び立った。


 びくっ、と冨樫が見上げているのがチラと見えた。


「そんな莫迦な……と思いながらいつも読んでたんですが」


「結局、読んでるのか」

と倫太郎が余計なツッコミを入れてくる。


「今、この雰囲気の中なら、そこの何故、こんなところにあるのかわからない広場で謎の儀式が行われていても驚かないです」

と突然、木々が途切れたところにある、がらんとした広い場所を見ながら壱花は言った。


 倫太郎はその広場に近づき、目を細めて中を覗いて見ている。


「石碑があるぞ、戦時中のものみたいだな」


 奥の方にある大きな石碑の文字を読んでいるようだ。


「おばあちゃんちの近くにこんな場所があったなんて知りませんでしたよ。

 身近な場所でも知らないことってあるんですね」

と言いながら、壱花もその広場を覗き込む。


 全員覗き込んでいるだけで、中に入らないのは、今、壱花が余計な話をしたせいだろう。


 一歩足を踏み入れた途端に、アワワワワワとか声を上げながら、原住民の方々が槍を片手に飛び出してきそうな気がするのだ。


 いや、よく考えたら、此処の原住民の方々は千代子たちだったのだが。


 でも、この山の奥にこんな場所があったなんて知らなかったけど。


 まあ、会社の近くにあったあやかし駄菓子屋にずっと気づかなかったくらいだからな。


 そう壱花が思ったとき、倫太郎が石碑の方を見ながら言ってきた。


「でもいいな」


「え、なにがですか?」


 得体の知れない山の中が? と思ったが、そうではなかった。


「千代子さんには、死なない友人がいっぱいいていいなと言ったんだ。

 うちの婆さんなんて、同窓会行くたび、誰が具合が悪くなったの、死んだのばかりで気が滅入ると言っていた」


「……そうですか。

 あ、じゃあ、おばあさまにも、あやかしのお友だちをご紹介して差し上げたらどうですか?


 そういえば、おばあさん仲間という意味では、駄菓子屋のオーナーなんかもいらっしゃいますけど」

と笑って言ってみたが、


「いや、あのがめついオーナーはちょっと……」

と倫太郎は言う。


 がめついのか……。


 やはりな。


 まあ確かに商売熱心だしな、と思いながら、元の道に戻った。





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