神社のあやかし


 少し歩くと、古い神社が見えてきた。


 どうやらこの道は参道だったらしい。


 神職の人らしきおじさんが苔が生えた古いコンクリートの上の落ち葉を掃いている。


「あやかしでしょうか」

とそのおじさんを見ながら壱花は言った。


「……なんでだ、霞んで見えてるのか?」

と倫太郎が訊いてくる。


 彼には普通の人間に見えているようだった。


「いえ。

 でも、こんな山の中にひとりでいるなんて、あやかしかもしれないじゃないですか」


 そう言いながら、壱花はその神主に近づいていった。


 こんなに山道を歩いたのは初めてなので、疲れ切っていた。


 口には出さないが、倫太郎たちもだろう。


 付き合ってくれている彼らのためにも、なんとかして早く終わらせたいと思った壱花は、わずかな手がかりを求め、神主に声をかけた。


「あの……」


 神主が顔を上げる。


「あの、美園さんて方、ご存知ないですか?

 いつも着物を着ているシュッとした綺麗な人なんですけど」


 そう訊いたつもりだった。


 だが、口から出ていたのは、


「あの、すねこすりは何処ですか?

 いつも、もふもふしてて、まるっと可愛い生き物なんじゃないかと思うんですけど」

だった。


「壱花……。

 いきなり、癒されようとするな」


 そう倫太郎に叱られる。





「すねこすりですか。

 昔はよく出たらしいですけどね」


 あやかしを探していらっしゃるとは、と話しながら一緒に社殿の前まで来た神主が笑う。


 彼はここの宮司をしているらしかった。


「まあ、私は、すねこすりどころか、あやかし自体、見たことがないですけどねー」

と言うその宮司さんの横にある寄進礼板には、ずらりとこの神社に寄付した人間の名前が並んでいる。


 七郎の名前もあった。


 いや、見てますよ、貴方……。


 だが、そんなことより気になることがあった。


 境内に入ると、この宮司さんとは別に、もうひとり宮司っぽい人がいたのだ。


 寒いのに白衣に浅葱の袴の宮司さんとは違い、正装しているこの男は、長い黒髪を垂らし、色白で切れ長の美しい目をしていた。


 だが、この宮司さんは彼に話しかけることも、我々に紹介することもなく、完全にスルーしている。


「娘よ、私が見えるのか」


 その宮司っぽいものが話しかけてきた。


 だが、宮司さんがこのイキモノ(?)に気づいていないのに話しかけられないよなーと思いながら、心ここにあらずなまま、壱花は宮司さんと話していた。


「無視するな、娘よ」


 朗々とした声でその怪しい宮司は言ってくる。


 その間にも、宮司さんと倫太郎は普通に話していた。


「そうですか。

 美園さんをお探しで。


 いやあ、私もいつも此処に詰めてるわけではないので。


 普段は街にいるんですよ。

 三社ぐらい掛け持ちしているので、なかなか」


「そうなんですか」

と絶対にこの男が見えているはずなのに、倫太郎は動じることなく宮司さんと話している。


 さすが、あやかしと長く関わってきただけのことはあると思っているうちに、こちらに話を振られた。


「そうですか。

 千代子さんのお孫さんなんですか。


 美園さん、息子さんがいらっしゃると伺った気がしますから、そちらに行かれてるんじゃないですかね」


 あとから頭の中で再生してみたら、宮司さんは笑顔でそう言ってくれていたのだが。


 半分以上、謎の男に気が向いている壱花は、

「はい、ケセランパサランも探しています」

とまったく関係ないことを言って、倫太郎たちを困らせる。


 倫太郎は、この莫迦が、という顔をしながらも上手く話をつないでくれた。


 その前で、謎の男が、

「ケセランパサランか。

 私のやしろはケセランパサランでいっぱいだぞ」

と壱花に言ってくる。


 そんな言葉に気を散らされながらも、なんとか普通に会話し、

「では」

と社務所に戻っていく宮司さんを見送った。


 倫太郎たちと一緒に、ぺこりと頭を下げる。


 宮司さんの姿が見えなくなったところで、倫太郎がごく自然に男に訊いた。


「私の社?」


 ……やっぱり見えてたんじゃないですか、と思う壱花の前で、謎の男は深く頷き、

「私はこの神社の本殿に祀ってある小さな社の中にいる」

と言い出した。


 本殿の中にまた社?

 どんな感じなんだ、と思っていると、


「その社が古くてな。

 ちょっと隙間風が吹くのだが、そこから少しずつケセランパサランが入ってきて、溜まっているのだよ」


「……それ、埃じゃないんですか?」


「私の入った社の扉は滅多なことでは開けてはならないと言われている。

 見たら目が潰れるくらい尊いものだと言われて、誰も開けないから、誰も掃除してくれんのだ」


「ありがたがられ過ぎるのも困ったものですね」

と言いながら、壱花は、


 ……この人、もしや、神様なのだろうかな、と思っていた。


「娘よ、お前はなかなか罰当たりっぽい」


 いろいろ言われたことがあるが、罰当たりっぽいは初めてだ、と思う壱花に男は命じる。


「宮司が帰ったら、本殿に忍び込み、私の社を掃除せよ」


 いや、なかなかとんでもないこと言ってますけど、と思ったが、男は、


「掃除してくれたら、美園の居場所を教えてやる」

と言ってきた。


「ほんとですか?」


「まあそのときが来るまで、ウロウロして待て。

 あの男はもうすぐ街に帰る」

と言いながら、宮司が戻っていった社務所の方を男は見ていた。





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