第7話 shooting coins その2

「だ、誰……!?」


「そんなこと言わなくとも分かってはるんやないの? 直人はんはお望み通り、今ここで殺してやるわ」


 空中に浮かぶ少女改め狐狗狸さんの周囲を、10円硬貨がぐるぐると回っている。そのうちの1枚が狐狗狸さんの前で停止し、しなやかな指先が添えられた。


 酒井達3人は急いで教室から逃げ出していたが、直人は腰が抜けて立つことが出来ない。恐怖に染まった表情で硬貨を見つめている。


 狐狗狸さんの口角が上がり、指先に力が込められる。

 キィンという金属音とともに硬貨が輝き、弾丸の如きスピードで直人の額に向けて放たれた。


「危ない!!」


 考えるより先に本能で恐怖を感じたコトリバコが飛び出し、椅子ごと直人の体を突き飛ばす。まっすぐ飛んできた10円玉は直人の頭があった場所、コトリバコの右肩を貫いた。


「ぐあっ…………!」


 衝撃で教室の後ろまで吹っ飛ばされる。

 激しい痛みが走り、傷からは血が流れ出す。右腕が動かせない。


(まずい……! 本当に受肉した怪異が出るなんて! このままじゃ皆を守りきれない……!)


「逃……げ、ろ……!」


 痛みに耐えつつ直人にそう言うと、彼はコトリバコの姿から多少勇気をもらったのか、転びそうになりながらも教室から出ていった。


 コトリバコは頭が回らない中で手だけを無意識に動かし、メリーに電話をかけていた。


『ちょっと貴方、私の話忘れたの!? 終わるまで電話はするなって……』


「受肉した都市伝説が出ました。既に攻撃されて右肩を負傷しています。一緒にいる人間を守りきれるか分かりません」


 ロッカーに背をもたれて座りつつ、端的に状況を報告する。メリーは驚くような声を出したっきり黙ってしまった。コトリバコは通話をそのままにし、再びコトリバコに攻撃の狙いを定めた狐狗狸さんを見据えて立ち上がった。


「お前……理性があるってことは、暴走してないな? 一体どうしてこんなことするんだ……!」


「そんなんウチが怪異だからに決まっとるやん。雰囲気で分かるわ、あんたもウチと同じ都市伝説なんやろ? 人間なんか守ってないで、ウチらみたいなんと一緒になって殺しはったらええやないの」


 コトリバコは手のひらの上に箱を出現させる。すぐさま怪異を発動すると、床に広がった影から青黒い腕が伸びて狐狗狸さんの体へと迫る。


「馬鹿なこと言うな! お前は俺が止め……うっ……!」


「えらい痛んどるみたいやなあ。フラッフラやで? 狙わんでも当たりそうやな」


 狐狗狸さんは宙に浮きながらふわふわと腕を躱し、硬貨を飛ばして手首を切断する。切られた腕の手首から先は消滅するが、再び生えてきて狐狗狸さんを襲う。

 しかし、狐狗狸さんの体は一瞬で硬貨に吸い込まれて消え、腕達は空を掴んだ。


「消えた……!?」


「こっちやでー、残念でした」


 硬貨が空中を飛んで少し離れた位置につくと、再び狐狗狸さんの姿が現れる。彼女の手元にまた別の硬貨が飛んできて、一瞬の後コトリバコに向けて再び音速の弾丸が放たれる。


(まずい、肩の痛みで動けない! 腕で防いでも貫かれる、このままじゃどうしようも……)


 必死に生きられる道を探すコトリバコ。死が迫ると全てが遅くなって見えると言われるが、この時の彼にも飛んでくる10円玉がスローになって見えていた。

 もう遅い。間に合わない。頭を撃ち抜かれて死ぬ。そう思って、直人達やロストマンズネットの仲間のことを悔やみながら目を閉じたとき、横から衝撃を受けてコトリバコは突き飛ばされた。




「え…………?」




 メリーが、頭を撃ち抜かれていた。


 撃たれた衝撃で体は後方へと仰け反り、窓から差し込む月明かりに照らされて金色の髪が美しく広がる。その中を真っ赤な血とともに銅の弾丸が通り抜けた。


「メリー、さん…………?」


 だが、コトリバコはあり得ないものを見た。

 直後、メリーの体は心臓を基点に急速に縮まり、一体のフランス人形に変わったのだ。


「こっち!!」


 困惑する中、いきなり腕をガシッと掴まれる感触があり、教室の出口へと引っ張られる。見ると、それは生きているメリーだった。


「メリーさん、今のは……?」


「身代わり人形よ。そんなにいっぱいあるわけじゃないから、無駄遣いさせないで」


 メリーとコトリバコは教室を出て廊下を走っていく。酒井達が逃げた場所に合流するつもりだ。


「どうして助けに来てくれたんですか? あんなに嫌がってたのに……」


「本当に受肉した都市伝説が出たとなったら話が変わってくるのよ。私が行かなかった所為で貴方に死なれても困るし」


「まあ、その……ありがとうございます」


 微妙な顔で感謝を述べつつ、2階の端の教室へと逃げ込む。


「はー……邪魔されたわ、クソ」


 酒井はいきなり入ってきた2人を見つめ、嫌そうに顔をしかめた。

 教室の端では直人が申し訳なさそうに蹲っており、彼の無事を確認したコトリバコは敵の情報をメリーに伝える。


「狐狗狸さんの怪異ですが、10円玉を自在に操作するものだと思われます。最初に浮いてたのは空中に固定した10円玉に乗ってたからですね。それと、10円玉そのものに憑依することもできるみたいです。2人で力を合わせて、一緒に倒しましょう」


「……それは難しいと思うわ。貴方の怪異は攻撃性能に欠けるのよ。サポート型の私と組んでも大した相乗効果シナジーが無いの」


 メリーは溜息をついてそう言い放つ。コトリバコの怪異は腕を出して拘束するのが主な戦い方で、口裂け女や赤マントのそれと比べて直接攻撃には向いていない。影の中に引き摺り込めば無力化することはできるが、そうすれば相手は問答無用で死んでしまう。今回のように強力な物理攻撃で追い詰めてくる相手には分が悪いと言えた。


「でも……諦めたくはありません。俺が狐狗狸さんと戦って、ここにいるみんなを守らないといけないんです」


「そんなのはどうでも…………はあ。どうせその怪我じゃまともに戦えないでしょ。赤マントとか呼んでおいて、来てくれるのを待った方が……」


 メリーは愛想をつかしたようにコトリバコの提案を否定しようとするものの、彼の真剣な目を見るとそうも言えなくなってしまう。

 だがその時、衝撃音と共に壁に穴が開いて10円玉が飛び出してきた。


「あらあらぁ、皆して同じとこ固まりはって仲のいい奴らやなあ。えらい楽しくなってきてもうたわ、こうなったら全員まとめて殺したるさかい」


 隣の教室から壁ごと突き破ってきたのだ。硬貨の中から姿を現した狐狗狸さんは邪悪な笑みを見せると、十数枚に及ぶ10円玉を体の前に浮かべて同時に解き放つ。肉眼で捉えきれない速さで10円玉が飛び交い、教室のあちこちに傷が付けられる。


「うわあああああ!!」


 酒井達も攻撃を受け、悲鳴を上げる。それを見たコトリバコの顔からは血の気が引き、咄嗟に怪異を発動した。


「やばい……間に合え!」


 酒井や直人、そしてメリーなど教室にいる狐狗狸さん以外の4人を怪異の腕で掴むと、教室の床全体に広げた黒い影に沈める。彼らの体は影となった床を透過して真下の教室へ落ち、なんとか狐狗狸さんの攻撃を逃れた。


「チッ、なんなんだよあのキツネ女……! 俺達まで狙うとか、話が違うじゃねえか……!」


 机を殴りつけ、悪態をつく酒井。平野と宮下も不機嫌そうで、怪異に対する恐怖以上に怒りが勝っているように見える。


「お前達、どういうことか聞かせてくれないか。あいつのことは知ってたのか?」


 コトリバコの問いかけに、酒井達は苛立ったような表情をして狐狗狸さんのことを語り始めた。


「……もともと、アイツは俺達が忍び込んだ時点で旧校舎ここに住み着いてたんだよ。俺達も最初は驚いたけど何度か遊ぶうちに仲良くなって……今日の計画を立てた」


「『こっくりさん』をやろうと突然言い出したのもこの計画があったからだ。本当は事故に見せかけて直人の奴を殺させようかと思ってたのに邪魔が入った。お前らの存在がだ」


「直人が死ななかったのはまだいいにしても、あのクソ女どうして俺達のことまで攻撃してきやがる? 裏切るとか聞いてねえぞこっちは……!」


 その言葉を聞き、直人の顔はさらに絶望に包まれる。いじめられているとは言え、計画的な殺人まで企てられているのをいじめっ子本人の口から聞いたのだ。いつ自殺してもおかしくないようなメンタルに陥ってしまうのも無理はない。


「うっわ、まごう事なきクズじゃない……」


 メリーはゴミを見るような目で言った。コトリバコも、人1人殺そうとしておきながら悪びれもしていない彼らに激しい怒りが湧く。


「それにしてもよ、小鳥羽……お前とその小さい女は何者だよ。さっきの腕とか……あのキツネ女より訳分かんねえじゃねえか」


「……騙して悪かった。俺もあいつと同じ都市伝説が現実に受肉した存在で、コトリバコの能力を使うことができる。もともとは直人に、もしもの時は守るように依頼されてここに来てたんだ」


 勘のいい奴め、と呟いて酒井は床に座り込んだ。落ち着いたことで多少は罪悪感が生まれてきたのか、何か言いたそうに手を震わせては膝に叩きつけている。


「……怪異と人間が手を組んでいたというのが、今回の事件の全貌なわけね」


 メリーが軽く呟いた。人間は被害に遭うだけだと思っていたが、怪異の事件は一様ではない。人間が怪異と共謀して事件を企む例が出たとあっては守るべきものも分からなくなってしまう。


「……どうすればいいんだろう、俺は」


 俯いたコトリバコが話し出す。メリーは目を向けず、耳だけで聞いている。


「人間を守ればいいと思ってました。怪異の被害に遭う人間を。俺の働きで、怪異によって不幸になる人間が減ればいいと思ってたんです。……でも違った。怪異による被害に人間の悪意が絡んだら、それは人間の事件になってしまう。人間同士が起こした諍いに、首を突っ込む度胸はなかったんです。それにはキリがないし、俺には関係のないことだから。でもそういうことがあるって分かると、怪異と人間の関係を根本から見直さなきゃいけなくなると思ってしまうんです。人間は守られるべきで、怪異は倒されるべきだとか、そういうのじゃなくなってしまうのが自分の考えていたことを否定されていくみたいで……分からなくなりそうなんです」


 内から湧き出る言葉を注意深く掬い上げるように、たどたどしくそう零す。何が言いたいのか本人も正確に分かっていない。何を言えばよいか分からないのだ。

 人間も怪異も、善悪の二元論で片付く存在ではない。そんなことは分かっている。現実を直視する覚悟がまだ決まっていなかったのだ。


「……………………」


 メリーはコトリバコの様子を黙って見ていた。答える言葉が見つからないといった様子だ。


 だがそんな間にも、狐狗狸さんの怪異で加速した10円玉がついに天井を突き破って落ちてきてしまう。現れた狐狗狸さんは教室内を見回すと、先程のように全体を攻撃はせず1人のもとへ近づいた。


「みーんな浮かない顔して大変そうやなあ。一気に殺すよりも、一人ずつやっていった方が面白そうやわ。まずはそうやなぁ……一番言いたいことがあるのは酒井はん、あんたやね」


 酒井は目の前にやってきた狐狗狸さんを見上げて睨む。


「何だよ。俺を裏切ってまだ何か言うことがあるのか?」


「裏切るも何も、一方的に手を結んだと思ってはるのが間違いやねん。あんたら人間ごときが、怪異を利用して一泡吹かせようなんて思い上がりも甚だしいわ」


 狐狗狸さんは2mほど離れた位置で酒井の眉間を指差した。その先端には縦置きの10円玉。彼女が怪異を発動すればすぐに撃ち抜ける距離だ。


「ウチらと対等な関係でも築けると思ってたん? 勘違いした罰や、その身で味わいよし」


 酒井の顔が恐怖でる。

 制裁の弾丸が勢いよく放たれた。

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