第6話 shooting coins その1
ある日の夜、コトリバコは自室で寝転がりながら怪異の練習をしていた。
「こうかな……えい!」
コトリバコが念じると手の中に箱が現れる。もう一度念じるときれいさっぱり消えた。怪異で物体を出現させる場合、イメージ通り瞬間的に出せるよう練習するのは咄嗟の戦いで便利なスキルになる。
箱について調べて分かったのは、まずこれが破壊不可能であるということ。具体的にどれほどの耐久力があるかは不明だがちょっとやそっとでは壊れない代物であるようだ。同時にその封印を解くこともコトリバコには出来ないらしく、箱に触れることで怪異の力を引っ張り出すのが主な使い方らしい。
そうやって怪異の研究をしながら一日を過ごしていたところ、赤マントから呼び出しがあった。
「俺に何か用ですか?」
赤マントから連絡が来たスマホの画面を表示させながら、コトリバコは集会室にやって来た。
「ちゃんと連絡が届いてるな。それも使えるようになったか」
「はい、すごく便利な機能ばかりで面白いです」
少し前、コトリバコもスマートフォンを支給されていた。仕事の連絡だけでなく、メリーの怪異でいつでも招集・転送ができるようにするためだ。コトリバコは怪異と同時にスマホの使い方も練習し、初心者並ではあるが使えるようになっていたのだ。
「なら良かった。で、今日はこんな夜だが仕事だ。先日、サイトにこういう相談が来ていた」
赤マントはパソコンの画面を見せる。長文の相談が表示されていた。
『僕は高校生なのですが、同じクラスの不良グループにいじめられています。
それだけなら別にいいんですが、この前彼らの”遊び”に誘われてしまって、その内
容について相談させていただきたいのです。
僕の学校には旧校舎があり、だいぶ古くなってもう使われていません。授業はすべ
て新校舎で行われるので、旧校舎は来年に取り壊しが決まったんです。
不良グループは夜な夜なその旧校舎に忍び込んで遊んでいるらしく、お前も来ない
かと言われてしまいました。
彼らが今度やる遊びというのが都市伝説の、
誘われてしまった以上、僕が行かないときっと酷い目に逢うと思うので、誰か付き添いで来てもらえるとありがたいです。よろしくお願いします。』
「……なるほど。俺はこれを調べにいけばいいということですか?」
「ああ。相談者の少年が誘われた日時というのがこの後の0時だ。ちょうどあと3時間後くらいだな」
赤マントは時計を確認して言う。そろそろ午後9時を過ぎるかといった頃合いだった。
「そして、今回の仕事はお前1人で行ってもらうことになる。実際に怪異が出る可能性は低いから大丈夫だろう、お前の容姿なら高校生くらいに見えなくもないしな。俺も今夜は仕事があって自由に動けないから、もし何か困ったことがあればそのスマホでメリーに連絡して助けてもらえ」
コトリバコは頷くと部屋を出た。1人で仕事に行くのはこれが初めてだったが、赤マントの言う通りすでに見つかった怪異の調査ではないし危険はないだろう。そう考えながら予定時刻までの3時間を過ごしたのだった。
0時が近くなり、コトリバコは件の高校付近へ転送してもらうためメリーの部屋へ行き呼び鈴を鳴らした。
「赤マントから話は聞いてるわ。貴方を送ればいいんでしょ。ただ、私は貴方を手助けしてやるつもりはないから」
ドアから出てきたメリーはスマホをいじりながら、毅然とした態度でそう言い放った。青い宝石のような目がコトリバコを睨む。
「えっ? いやそれって、なんで……」
「私が気に食わない以外にある? 貴方如きが私の手を煩わせないでくれるかしら」
あまりに棘を含んだ言い方にコトリバコは困惑するが、言い返しても火に油を注ぐことにしかならなさそうなので黙るしかない。
「分かったらさっさと行きなさい。仕事が終わる前に私を呼んだらマジでキレるから、覚えておきなさいよ」
メリーは怪異を発動し、コトリバコを高校の近くの公衆電話へと送る。電脳空間を通るのにも慣れたが、メリーからの理由の分からない憎悪に頭を抱えたまま現場に行くこととなった。
高校の校門前では、相談者と思われる少年が1人で待っていた。コトリバコが声をかけてロストマンズネットであることを名乗ると、彼は頭を下げて自己紹介をする。
「相談のメールを送った
「いやいや、そんな畏まらなくても……。例の不良達は?」
「もう来てると思います。あれが旧校舎なので、今から行きましょう」
直人は旧校舎を指差して伝える。新校舎の横にあるそれは木造で、古ぼけた小さなものだ。相当長く使われていたことが、闇の中からでも窺える。
「コトリバコさんは僕の友達として振舞ってくれれば大丈夫ですから、まあ何とかなりますよ」
コトリバコは怪異を使って隠れながら護衛をしようかと思っていたが、そう言われてしまったのでとりあえず頷いてついていくしかなかった。
「えっと、みんな、お待たせ……」
「おう直人、遅いじゃねえかよ。ほらさっさと始めようぜ」
旧校舎2階の教室で彼らはいつも遊んでいるらしい。机の上にひっくり返した机を重ねる形で教室の前に寄せてあり、広くスペースが取れるのだ。直人と同じクラスの不良グループ、平野・酒井・宮下の3人は1つの机を囲むようにして椅子に座っているところだった。
「もう準備できてるぞ、早く……ん? 誰だそいつ」
直人の後ろになんとなく隠れるつもりでついてきたコトリバコだったが、当然見つかってしまう。ばつが悪い気持ちで直人の横に並び、3人の不良に威圧されるという人間であっても嫌な体験をすることになった。
「この子は僕の友達で……別の高校なんだけど、みんなの話をしたら一緒にやりたいって言うもんだから連れてきちゃって……お、オカルトとかが好きなんだよね?」
「あ、ああ、そうなんだよ。
適当に嘘をついて流すため、数分前に考えた偽名を名乗る。不良達は若干怪しんでいるようだったが、その場はとりあえず受け入れてくれたようだった。
「ふーん……まあいいか。じゃあそいつも入れて、5人でやるぞ」
不良の中でもリーダー格と思われる酒井が、教室の端から椅子を2つ持ってくる。5人で机を囲んで座り、いよいよ「こっくりさん」を始めることとなった。
降霊術「こっくりさん」。鳥居や五十音表、「はい」「いいえ」の文字などを書いた紙に硬貨を置き、全員で人差し指を添えて呼ぶことで狐の霊を降ろすとされている儀式である。「狐狗狸さん」と当て字されることもあり、霊が召喚されると硬貨が動き出して質問に答えるという。
「いいか、絶対に指を離すなよ。霊に取り殺されるかもしれないからな」
机の上には既に紙が乗っており、平野はそこに10円玉を乗せる。コトリバコたちはその上に指を置き、儀式の準備は整った。全員で霊を呼ぶ言葉を口にする。
「こっくりさん、こっくりさん、おいでください。もしおいでになられましたら、『はい』の方へお進みください」
静まり返った夜の空気が彼らの体にまとわりつく。誰も何も言わない。やはり心霊などはなく、何も起きないかと思われたその時、幽かに10円玉が震えた。
「えっ……?」
コトリバコは指を動かしていなかった。他の誰かがやっているのか、それとも本当に霊が現れたのか。
ゆっくりとした動きで10円玉は「はい」の方へと進んだ。
「……まさか、本当に来るとはな。一応聞くが、誰も動かしてないよな?」
酒井の言葉に、宮下も平野も首を振っている。直人も緊張しているのかゴクリと喉を鳴らし、指先の硬貨を見つめている。
「じゃあそろっと質問していくか。そうだな、まず聞きたいことは……『あなたは女ですか』?」
10円玉が少し動く。一度鳥居の位置に戻ったあと、再び「はい」の方へと動いた。
「女だとさ。……じゃあ次だ、好きな男のタイプは?」
「お前そんなこと聞くの?」
試してみなきゃわからんだろ、と言いながら酒井は10円玉を見守る。
しかし、今度はそれが中々動かない。
「……あれ? 答えないのか?」
しばらく待っていると10円玉は突然動き出し、五十音表の中からすいすいと文字を拾う。
「『し』……『ら』……『ん』。知らん、ってことかな」
「霊にしちゃ律儀に答えるもんだな。そんじゃ今度は、俺達のことについてでも聞いてみるか。次のテストで一番点数が低いのは誰だ?」
また何秒か待っていると10円玉は動き出す。
「『ひ』、『ら』……『の』! 平野だ! お前もっと勉強しろよ!?」
ギャハハハハ!と酒井たちは笑いながら、硬貨に指を乗せていない方の手で膝をバシバシ叩く。
直人とコトリバコだけが雰囲気に馴染めないまま、質問は続いていった。
「じゃ、今度はあまり楽しめてなさそうな直人くんのことも聞いてみちゃおっか~」
何度か酒井たちが質問をして盛り上がった後、不意に宮下が言った。
「……え? 僕?」
「俺達が買ってこいって言った購買のパン、間違えて買ってきたのは誰だっけ?」
場の空気が凍る。酒井も平野も、この時を待っていたかのように目を細めてニヤリと笑っている。
10円玉はそれまでよりやや速く動き、「な」、「お」、「と」の3文字を浮かび上がらせた。
「しかもその時、一緒に買うはずのジュースを忘れてきたのは誰のことだっけぇ?」
直人の瞳がキュッと窄まる。汗を流し、体はガタガタと震えている。先日の使い走りで犯したミスを追求されているのだと、コトリバコは理解する。
「おい、なんでそういうこと……!」
「小鳥羽は関係無いだろ。ほら、10円玉が動くぞ? な、お、と……また直人だ。コイツの立場で俺達の命令を無視できるとかさあ、どう考えてもおかしいよな?」
彼らの間には完全に上下関係が出来ているようだ。直人は小さな声で謝り続け、許してくださいと懇願している。コトリバコは見ていられず、一旦儀式を終わりにしようと思ったが、酒井の声に遮られる。
「この前、俺達がとぉっても大事にしてたシャーペン壊したの誰だっけ? わざわざ遠くの店まで行って買ったお高ぁーいやつなんだけどさあ」
「待って、それは……本当に知らな……」
目に涙を浮かべる直人の指先では、尚も10円玉が「なおと」の軌道を描いている。やってもいない罪を擦り付けられたのだ。震える指が今にも10円玉から離れそうになっている。
「おいおい離すなよ、呪われちまうかもしれねえからなあ! まあ、俺達はそれでもいいけどよ?」
「ごめん、なさい……許して……ください」
「じゃあ最後の質問だ! こっくりさん、この中で一番死んだ方がいい奴は誰だ?」
コトリバコの目が見開かれる。
そんなことを。
そんなことを、まして同じクラスの同級生に言っていいはずがない。
直人は必死の表情で硬貨から指を離すまいとし、その行方を見守る。
10円玉が動き出す。
頼む。
10円玉が「な」の字を指す。
それだけは。
10円玉が「お」の字を指す。
それだけはやめてくれ。
10円玉が「と」の字を指す。
「な、お、と。……だってさ」
直人の顔は絶望に歪み、目から涙が落ちる。
指は離れる寸前だ。
「もういいから、我慢してないで離しちまえよ。こっくりさんが出来損ないのお前を代わりに呪い殺してくれるってよ?」
指が、硬貨の表面から浮き始める。
「あ……ぅ、ぁ…………」
指が完全に離れる。
「……あーあ。死んでいいってさ。…………やれ」
憎たらしい声色で言った後、酒井は小声でボソリと呟く。
コトリバコは聞き逃さなかった。思わず瞬間的に身構える。
その時、ずっと指先で押さえていた10円硬貨が、いきなり真上へ弾け飛んだ。
「うわっ!? え!?」
空中へ飛び上がった硬貨はふわりと移動すると、机の横の位置で浮かびながら静止する。
「な、何……これ……?」
直人も突然の出来事に驚き、目を見開いて硬貨を見つめている。
その瞬間、硬貨から光と共に濃い煙のようなものが出て硬貨の周りを包み込んだ。
「呼ぶのが遅いねん、もう全身バキバキやわまったく……」
煙の中から現れたのは、着物を着て狐耳の付いた少女だった。
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