第17話 マザーの使徒。

 北へ向かう馬車に揺られながらセリーヌは膝を抱え蹲っていた。


 神様は、いったい何をお考えなの?

 ボク達は、彼らにとってどういう存在なの?

 ただの操り人形、なの?

 どうして。

 どうして。


 父が殺されたことも。

 兄の行方も。

 そして、人々が攫われたことも。


 全てが理不尽に思えてしょうがなかった。


 ここは、神の箱庭、なの?

 そう考えると心の奥がとても苦しくなる。


 考えても考えても答えは出ない。

 ジルは、それ以上教えてはくれなかった。

 このまま北へ、答えを求め北へ。

 セリーヌにはそれしか考えられなかった。


 御者はオート・マタ。

 指示を出すだけで動く自動運転のその馬車にはセリーヌとジルが乗っているのみ。

 右手に見える山脈を避け進むその道は普段は人が通ることはほとんどないのだろうと思われるほど荒れ果ててはいたが、かろうじて道らしき跡が残っている状態であった。

 ひたすら砂塵が舞う中を進むその馬車。

 太陽が傾きそろそろ日が暮れるかと思われたその時。

 彼らの行手を遮るように、漆黒の一団が現れた。


 前方の障害を認知し馬車を止めるオート・マタ。

「どうやら邪魔が来たようだ」

 そんなジルの言葉にセリーヌも顔を上げた。


 いつのまにか前方に現れた大量の漆黒機。その先頭には竜馬に跨る騎士らの姿。

 王国近衛軍の鎧をまとったその姿があった。


「ヨグ! まさか、なんで?」


 兄、ジークの親友であり幼い頃は良く一緒に遊んでもらったこともあるヨグ・ソート、近衛軍の隊長でもあるその彼がそこにいた。

 子供の頃の秘密基地でいつも、兄と三人で遊んだ記憶。

 そんな思い出が頭をよぎる。


「この先は神の座す場所。無断で侵入するものは排除する」


 そう声を張り上げるその彼に、セリーヌは馬車を飛び降り叫ぶ。


「ヨグ! ボクだよ! ラギだよ! 兄さんはどうしたの? 無事なの!?」


 騎乗のままじろりとこちらを視認するそのヨグの目がまるで機械のように見え一瞬セリーヌはブルっと身震いし。しかし気丈にもまっすぐにヨグをみつめた。


「これは。セリーヌ姫でしたか。兄上がお待ちです。さあこちらへ」


 その声は冷ややかで。


 だけれど、セリーヌにはその言葉を拒むことはできなかった。


 ヨグが合図をすると背後にいた騎士が数人セリーヌを取り囲み。そのまま馬車を接収し騎士の一人がオート・マタの代わりに御者席に着くと、彼女に馬車に戻るよう促す。


 いつのまにかセリーヌを庇うように背後についていたジルも特に彼らに逆らうことはせず。

 二人はそのまま近衛軍に導かれるまま北への道を行くのだった。周囲に漆黒機を従えたまま。


 ⭐︎⭐︎⭐︎


 気がつくとそこは見知らぬ景色。

 セリーヌは真っ白なベッドに寝かされていた。


(ボクは……ヨグの騎士団に連れられいく道中眠りに落ちて——)


 記憶はそこで途切れている。


 左右を見渡してみても白い壁が見えるだけのその部屋。照明器具などどこにも見当たりはしないのにも関わらず白く明るい。


 身体を起こしベッドの脇まで移動し、そこで自分が真っ白なワンピース一枚に着替えさせられていることに気づいた。

 左手の盾シルトガントも無くなっている。

 全くの無音、静寂に包まれたその部屋。

 セリーヌが動く衣擦れの音だけが彼女の耳に届いていた。


 ジルも、いない。


 彼は人同士の諍いには手を貸さない、そう言っていた。

 兄さんを助けたい、そういう自分の願いを叶えてくれるため守ってくれていたジル。

 だけれど。

 無理は、言えなかった。

 彼の使命はこの世界を守護すること。厄災から人類を守る事。それがマシン=マスターの役目なのだと。

 であれば。


 ここまでなんだろう。ここから先は自分自身の力で兄を助けなくては。

 そう、決意を固め立ち上がった時、だった。


 目の前の壁が開いた。

 いや、壁と思っていたそれが透明度を増し、クリアなガラス状に変化した?

 少なくともセリーヌにはそう見えた。

 そしてそのガラスの向こうには。

 隣の部屋の真ん中にある椅子に腰掛けこちらを見る人物の姿。


「兄さん!」


 そう、そこにいたのは紛れもなくジークフリード・ラス・レイズ。その人だった。



 ☆☆☆



「ラギ。良くここまできたね」


「ああ、兄さん、兄さん、にいさん……。無事だったんだね兄さん」


 セリーヌはそのガラスの敷居まで駆け寄り手を伸ばした。


「ああ。全てはマザーの思し召しだ。ここはバベル、全ての人が幸福に生きられる場所。お前もここでマザーの使徒として生きよ。それで全てがうまくいく」


 違和感。確かにそれは目の前の彼、ジークフリード・ラス・レイズより語られる言葉に他ならなかった、けれど。


 でも。


「どうしたの? 兄さん。なんだか兄さんじゃ無いみたいな話し方」


 抑揚もなく機械的な言葉。まるで機械が彼にそう語らせているかのようなそんな声に聞こえて。


「もともと我々王族はマザーの使徒としてその力を与えられた。全てはマザーの恩恵を人々に与えるために。しかし人はそんなマザーの恩寵を忘れ、争いを好むようになった」


マザーは世界を作り直す決断をなされた。その手始めがこのバベル。ここで人は管理され、永遠の幸福を甘受するのだ」


 セリーヌは頭を振って。


「作り直すってどういうこと! ねえ、兄さん! おかしいよ。ねえ!」


 そう叫びながら壁を殴る。


「私はマザーと一体になることに寄ってこの世の全ての知識を得ることができた。なあラギよ、お前は知っているのか? 過去、人類はその自我が原因で大きな過ちを犯した。人はすでに一度滅んだのだ。そして神々によって再生されたこの世界でもまた人々は争いをやめようとはしない」


「ギリアのこと? でも、あれは……」


「再びあのような悲劇を招くことのないよう、人は管理されなくてはならない。人の欲望は際限が無い。少しのきっかけが大きな争いを生む。そう、あのギリアのような人間はこの世界には数え切れないほど生まれてくるのだから」


「でも、だからって」


「欲望や感情は人を不幸にする。人々は自我をマザーに預けることによってのみこの地に永久に幸せな楽園を築くことができるのだ」


「人々はその自我をマザーに預けることによってのみ、この地に永久に幸せな楽園を築くことができるのだ。すべての者がマザーを信じ、その恩寵を受け、自我を持たず、マザーに管理されることによってのみ」


「そんな、兄さん! 待って、おかしいよそんなの!」


マザーはまだ目覚めたばかりで、その力を充分に発揮することができない。そのためにも、我々マザーの使徒は、マザーのため、働かなくてはいけないのだ。――ラギよ、お前は今からまた眠りにつく、そして、この次に目覚めたとき、完全なマザーの使徒となるであろう。この……」

 ラス・レイズは頭の銀色の輪を指さして。

「サイ=リングによって」


 セリーヌは、頭をおもいきり振り、壁を叩きながら声を振り絞る。


「兄さん、どうしちゃったの! 自分の意志、自分の考えなしに生きてゆくなんて、そんなの生きてるっていわない! そんなふうに生きてく人って、死んでるのも、同じじゃない!」


 手が痛い。でも、そんなの構っていられなかった。

 この壁が邪魔。今すぐ兄さんのところに。そう思いその壁を殴り続け。


「ボクは、そんなの嫌だ!」

 泣き声のように絞り出した声で、そう叫んだ。


 そんな悲痛な叫びが届いたのか。


「ラギよ……ううっ」

 突然、ラス・レイズが苦しみだした。


 ラス・レイズは頭を抱え込み椅子から落ちて膝まづくと、その身体の動作とはうらはらに、その口を通して、また別の声で、しかしそれはラギのよく知っているラスの口調で言った。


「……その通りだ。ラギよ。……そんなものは、生きているとは、いわない。……私の心は、この輪によって封じ込められてしまっていた。……だが、せめてお前のために……」


「だまれ! ちがう! 我、がラス、マザーの使徒、ジークフリード・ラス・レイズだ! マザーによって至福を与えられたもの。マザーのためにのみ、この身体を使う……」


「いや、お前は私ではない。お前はマザーの分身。この輪によって私の頭に入り込み、私の身体を支配するもの」


 そういうと、ラスは、身体は苦しそうであったが目だけを、やさしい目だけをラギに向けて。


 そして。


 両手を空に掲げ、祈る。


 その祈りは力の本流となりラスのいるその部屋中を満たしていった。


 ギア・ディン。


 光の、エネルギーそのものを司るそのディンが顕現しその空間に満ちていったのだった。


 それはセリーヌの目にも見えるほど、光り輝くディンらの密集した姿で。


「ラギよ。私が意識を保っていられるのは僅かな時間だけだろう。ならば、今こそこの力を使おう」


 そういうとその集めたエネルギーを両手に溜め、そして上空に向けて放った。


「今なら。こことお前のいる空間がかろうじて繋がっている今なら、出来そうだ」


「兄さん!」


「今からお前のいるそのバベルに落雷を落とす! お前はその混乱に乗じて逃げるのだ!」


「嫌だ! 逃げるなら兄さんも一緒に!」


「ふふ。大好きだよ。ラギ」


 ドン!


 上空に衝撃。その後も次々に衝撃が襲う。

 目の前の壁はいつのまにか再びただの白い壁へと戻っていた。

 もう、さっきまで聞こえていた兄の声も聞こえない。


「兄さん! 兄さん! にいさん……」


 叫び疲れて膝から砕け落ちたところで背後のドアが開いた。


「ラギ! 大丈夫か!」


「ジル……」


 振り向き確認するとそこにはセリーヌと同じように白いシーツのような衣装を着せられたジルがいた。

 彼はセリーヌの元まで駆け寄ると彼女を抱え上げて。


「逃げるぞ。ラギ。ここはもうじき崩れ落ちる」


 そういうとセリーヌの手を引き駆け出した。

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マシンメア=ハーツ 友坂 悠 @tomoneko299

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