第15話 無茶。
危ない、と思い咄嗟に飛ばしたシルトガントの虫。
黒褐色のそのカケラたちは空中を縦横無尽に飛び回りそのままワームの口に飛び込んだ。
しかしそのままワームが弾け飛ぶと冒険者たちも巻き添えを喰らいかねない。
セリーヌは天を仰ぎ、祈った。
彼らを助けたい。そう願って。
目の奥にキラキラと光る粒子が見える。
最初はそれはキュアかと思った。でも。
緑色に煌めくその光を見て頭の中にギア・アウラという言葉が浮かぶ。
風のアウラ。
その権能は空間の位相、位置エネルギーに干渉する。
空間ごと切り裂くような閃光を発してワームが弾け飛んだ時。冒険者の周囲は円形のドームのような風の膜、盾で覆われていた。
砂嵐をそこだけ遮ることで視認できる円形の盾。
その透明な盾はアウラによって形成され、冒険者たちを守り切ったのだった。
戦闘はまだ終わっていなかった。
セリーヌは冒険者たちのそばまで駆けつけ、
「大丈夫ですか!」
と声をかける。
腰を抜かし立ち上がれないもの。傷を負ったもの。そして、気絶しているもの。
意識があるものたちも声を出すこともできず呆然としているそこに、セリーヌは手を大きく広げ、「キュア・ヒール《癒しを》」と唱えた。
セリーヌの指先から金色の粒子が溢れ、そして周囲の皆を癒していく。
戦いの中蒼白になっていた人たちのほおに、血色が戻り。
ふう、と吐息を漏らしアウラの盾の外を注視すると、なんとかそこには戦いが終わってこちらに歩いてくるジルが見えた。
「ジルっ!」
セリーヌはアウラの盾を解除すると、そのまま駆け寄ってジルの胸に飛び込んだ。
「ジル! ジル! 良かった。無事で」
興奮気味にそう抱きつくセリーヌに。
「ああ。ラギもよくやったな」
そう彼女の頭を撫でて答えるジル。
空には急激に雲が広がり。大粒の雨が落ちてきた。
ジルは口々に礼を言う冒険者たちを制し。一行はともかくも早くアストリンジェンの街へ急ぐことにした。
彼らに情報を聞くのもいいかもしれない。ジルはそう考えていた。
☆☆☆☆☆
「じゃぁお前さんたち王都に向かうのかい?」
「ああ。何か問題でもあったか?」
「ああ。悪いことは言わねえ。今は王都に近づかねえ方がいい。どうやら先日クーデター騒ぎがあったようで政府の通達もはっきりしないのさ」
「はっきりしない、とは?」
「王がお隠れになって大臣が王になるだとか、姫さまが攫われた、とか、王子が逃亡中だとか、な。そんな話さ」
うまい店があるんだと冒険者ダイトウに連れられ、やってきたのは猫の家亭という名の食事処
店に入るとそこには豪奢なシャンデリア。テーブルも椅子も、そして壁や窓枠までもが、優美で繊細な飾りで縁取られていた。
(ここ……なんだろう、前にも来た? 見覚えがある気がする……)
なんとなくそんなデジャブを感じていたセリーヌは、ダイトウの言葉に憤慨して立ち上がって抗議しようとしたところをジルに制止され。
もう一度ゆっくりと座り直した。
食事が終わったところでダイトウと別れたジルとセリーヌ。彼らに紹介してもらった宿屋に泊まり今夜は体を休めることに。
というのもジルがセリーヌの体調等を心配してそう主張したのだった。
「もう王都も目と鼻の先だ。ここでもう少し情報を集め作戦を練るべきだろう」
と、そんなジルの意見にセリーヌは首を縦に振る。
王都に帰って兄を探したいと言ったのはセリーヌだ。ジルはあくまでもそんなセリーヌの付き添いに過ぎない。
人同士の争いには干渉しない。それがもともとのジルの方針。
ジルは人を害さない。古の竜の力を行使することのできるジルが人と相対すれば王都など簡単に火の海に落ち灰になるだろう。
それがわかるだけにセリーヌもそんな事は望んでいないのだ。そうであるならなるべく穏便の事を運ぶ必要があるだろう。
ダイトウの話ではクーデター騒ぎの主犯が兄であるという事になっていた。
王を滅したのも王女を攫ったのも全てが兄の犯行であると。
もちろんそんなデマカセをすべての人が信じている訳でも無い様子。次期王位が約束してされていたジークフリードがどうしてそんなクーデターを起こす必要があるのか。それもあっての「はっきりしない」話であった。
「ギリアを問い詰めなきゃ」
それがどんなに危険かとか難しいかとかそういうことはセリーヌの頭にはのぼらなかった。なんとしても兄を、ジークを助けたい。その気持ちだけが先走り。
そんなセリーヌをまずは落ち着かせたい。ジルはそう思ったのだった。
宿屋はふた部屋借りた。兄妹だと言って一部屋済ますこともできたがジルがそれを望まなった。
勧められるまま大浴場に入り身体の疲れを癒やして部屋に戻ったセリーヌ。
ベッドに腰掛けタオルで髪を乾かしがら、ふうっと吐息を漏らす。
旅の間もキュアによって常に身体の清浄は保たれていた。けれど。
こうしてたっぷりのお湯に浸かる事で精神的にも癒やされて。
すこしは落ち着いたところでコンコンとドアがノックされた。
「ジル?」
「ああ。ラギ。少しいいか?」
するっと部屋に入って扉を閉めるジル。
「ごめんなさいジル。ボク、無茶を言ってることは自覚してるんだ……」
セリーヌはそう言いながら椅子をすすめ、水差しをとりグラスに注いだ。
「ではこの後どうするか、計画を練ろうか?」
セリーヌから手渡されたグラスを傾けごくんと飲み干すと、ジルは優しくそう切り出した。
☆☆☆☆☆
夜の闇に乗じて忍び込むにも王宮の警備は厳しく。
通常の方法ではギリアに近づくのは無理だった。
しかし。
王都に到着するなり地下に潜ったジルとセリーヌ。
セリーヌだからこそ知る脱出路、地下道から続く王宮への道を辿り、二人は進む。
王座の間へと続くこの秘密の通路の存在はギリアにも知られていない筈、そう信じて。
地下の通路は王座の間、そのまま王座のすぐ後ろに繋がっている。
階段を登り天井の仕掛けを外すとゆっくりと蓋が開く。周囲を確認しつつ登るとそこは王座のすぐ後ろの床だった。灯りはなく、だだっ広いそこには人の気配はない。
「外から鍵がかけてあるようだな」
大広間の正面扉はどうやら外から鍵がかけてあるようだった。他の扉もまた同様、びくりともしない。
「隠し扉があるの。ジル、こっち」
セリーヌは王座のちょうど背後の壁の継ぎ目に手を入れるとそこに人が一人通ることができるだけの隙間ができた。
「ここ、寝室に繋がってるのよ」
そういうとするっと滑り込むようにその隙間に入り込むセリーヌ。ジルもその後に続いた。
煌びやかな壁紙に包まれた隠し通路を滑るように走る。あまりゆっくりはしていられない。きっと全ての部屋の鍵がしっかりとかかるほど世も更けてしまうとギリアのもとにもたどり着けないかもしれないから。
セリーヌの記憶の中にあるギリアはいつも執政官の執務室に夜遅くまで篭っているような、そんな人だった。
政治の事はセリーヌにはよくわからなかったけれど、彼の国政に取りくむ真剣な様は、尊敬すべきものだと思ってはいたのだ。
だからこそ。
あのような暴挙にでたことが信じられなかった。
真からの悪人だとはどうしても思えなかった。
兄のことも、正面から聞いてみよう。そう思えたのだ。
幸いにも王の寝室には鍵がかけられていなかった。
主人の居ないその部屋は香の匂いだけが漂って、もう何日も使われることのなかった布団なども皆湿気たようにみえる。
こっそりと部屋から出た二人は、そのまま王宮の中を進む。
ギリアが居る(と、セリーヌだけが確信している)中央棟の執政官の執務室まで。
王が存命であれば必ず配置されていた護衛騎士も、王宮の見回りをする守護兵も、なぜか見当たらなかった。
セリーヌたちは特に障害にも出会すこともなく執政官の執務室まで到着した。
果たして扉からは灯が漏れ、そこに人がいるだろうという事が推測でき。
「ごめん、いい?」
「ああ、無害化するくらいなら、な」
ジルのサポートがあればなんとかなる。そう決意を固めたセリーヌはその部屋の扉を徐に開けた。
「ギリア! 聞きたいことがあるの!」
と、真正面からそう叫んだのだった。
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