第14話 空間ごと切り裂く閃光。
首都、王都に向かうにはその前にアストリンジェンという街を通る。
若者の街、アストリンジェン。そこには定住していない若者が集まると聞いた。
マハリ・アジャン。彼女と出会ったのもこの街だった。何故か先程まで記憶に靄がかかったようにはっきりしなかったマハリの記憶が蘇り。
夜になり再び陸路を進む二人。
この辺りの道は整備され、街道には紅い煉瓦が敷き詰められていた。街の建物の白い煉瓦とは違う色合いのその紅い煉瓦。馬車の轍もつきにくい強固な煉瓦なのか? そうセリーヌは疑問に思う。
そもそもこういった工業技術は全てデウスの恩恵なのだ、と、そう聞かされていた。
父、王とてデウスの代弁者に過ぎない。民のためにデウスの意思を代行する、それが王なのだと。
そう。こんなものまで管理して、世界を全てコントロールしているはずの神、機械神デウス・エクス・マキナ。
それなのに今のこのレイズ王家に対する仕打ちはどういう事なのか。
父を殺し国を奪ったギリア・デイソン。彼らになぜチカラを貸すのか。それとも、やっぱりボクが邪魔なの? だから……。
歩きながらそんなことをつらつらと考えてしまう。
前をゆくジル・コニアンが時々振り返るもそれにも気が付かずにただただ歩いていた。
「止まれ、ラギ」
小声でそう制するジルに、セリーヌははっと気がつき。
思考の海に潜っていたその意識を表層に引っ張り出した。
「何が……」
ざわざわとした空気。それまでと違ったざわついた気配にセリーヌも身構える。
「野犬……、いや、狼か?」
野生の狼だなんて、もう絶滅しているはず。そんな知識が頭に浮かぶ。
「ウルフファング、魔物の群れ、か」
と、ジル。
暗闇の中に赤く光る目がいくつも見える。かなりの数の群れだ。
セリーヌにもそうわかるまで接近してきたその群れに。
「俺から離れるなよ」
そう言うと剣を構えるジル。一瞬で龍の意匠の鎧を纏い戦闘態勢になったジルに庇われるように後ろにまわりながら、セリーヌもその左腕の盾に願った。
どうかお願い、ダーク・シルトガント。ボクたちを護って。
それまで腕に張り付いてはいるものの大きさも小さくなっていた盾は、その横幅が大きく伸びて、楕円の形へと変化する。
一頭のウルフファングが飛びかかってくるのを合図に一斉に襲い来るその魔物達。
ジルはその手に持った剣で最初の一頭を袈裟がけに切り裂くとそのまま次のウルフファングに剣を突き立てる。
(ああ……、ボクを庇っているから……)
その場に留まるのではなく縦横無尽に駆け巡ることさえできればもっと早く倒せるだろう、そんな魔物ではあったけれど。
これでは不利だ。
セリーヌがそう思った瞬間。ダーク・シルトガントが光った。漆黒のそれが黒く光る。
セリーヌはその魔・ギア ダーク・シルトガントを高く掲げて。頭の中に浮かぶ声にうながされるまま叫んだ。
「いっけー!」
ダーク・シルトガントから漆黒のカケラ、黒褐色の虫のようなそんな粒が放たれた。
それらはまるで計算され尽くしたかのような軌道を辿り高速でウルフファング達に飛び掛かる。
その漆黒の粒は黒い嵐のように巻き上がりながら一頭、また一頭とその魔物たちを屠っていった。
全てが終わった頃。
セリーヌは意識を失っていた。そしてジルの腕の中に倒れ込んで。
バチ、バチ、と焚き木の燃える音。
気がついた時、自分がジルに抱きかかえられている事にセリーヌは赤面し。
「ごめんなさいジルさん……」
そう小声で言うのが精一杯だった。
「ウルフファングはお前のシルトガントのおかげで全て倒せたよ」
そう、セリーヌの頭を撫でるジル。
「あれは一体……」
自分でもよくわからない。一体何が起こったのか。
「虫たちは全てのウルフファングを屠ったあと、ラギのその盾、ダーク・シルトガントに吸い込まれる様に戻っていった。あれは、ラギの意思によって起動するその魔・ギア、ダーク・シルトガントの権能なのだろう。かなり強力だ」
「そう、なの?」
「まあ、お前がちゃんと使いこなせる様にならなきゃはじまらないがな」
空には満天の星が降り注ぐ様に光る。
焚き火のあかりに照らされたジルの横顔に、セリーヌは安堵して。
こくり、と、また再び意識を失った。
「しょうがないな。それだけ今はまだ負担が大きいと言うことか」
優しい笑顔をその寝顔に向けて、ジルはそう呟いた。
夜風がまだ冷たい。
ジルはセリーヌの身体が冷えない様にと抱え直して。
「護って、やらなきゃ、な」
そう囁いた。
☆☆☆☆☆
翌朝再び歩き出した彼ら。
もともと人目につかない様にと夜に行動をしていたはずだったけれど昨夜の様なことがあったので仕方がない。
そうジルはセリーヌに語った。
次の町はもう目と鼻の先。
このまま何事もなく辿り着ければ、と、そう。
魔物や魔獣は普段あまり街には近づかない。
というのも街の周囲の大気中のマナが希薄なせいだ。
魔物や魔獣というものは元来魔力によって生物が変化したものと魔そのものから生まれたものとに分けられる。
マナも魔も性質が少し違うだけで基本的には同じもの。
魔はマナよりも濃く、より密度が高い。そのせいで生き物に対する影響も多い。そんな濃い魔の溜まりから産まれる魔獣は、より凶暴性が高くなる。
その分発散してしまう魔の量も多く、常に大気中の魔やマナを吸収しないとその存在が維持できないのだ。
魔物にしても魔獣にしても、その魔力を発散させた分、呼吸の様にマナを取りこまないと生きてはいけない。
そういう意味もあって街の近所は比較的魔物や魔獣は少なく安全だとされている。そう、普段はこんな場所にまで魔獣は現れないはずなのだけれど。
もう街にほど近いこんな場所で魔獣が人を襲ってる?
セリーヌにはそう見えた。
目の前には巨大なワーム。それが十匹以上。
対してそれに対峙しているのは数人の冒険者?
「ジルさん! 助けよう。あの人達を」
「ああ、ほかっては置けないな」
二人はそう言うとその冒険者たちの元に駆け寄った。
「魔・ギア 解放!」
ジルは龍玉の魔・ギア ドラゴン・オプスニルを右手に掲げ叫ぶ!
その龍の魔・ギアの権能を解放し、自らにその力の象徴、龍の意匠が施された防具を纏う。
そして。
手には一振りのドラゴンスレイヤーを握りしめワームの元へ駆ける。
「ラギ! お前は後方で護りを固めていろ」
「で、でも!」
「俺が奴らと戦っている間に取りこぼすものもいる。頼む、お前はそいつらを!」
うん。と、首を縦に振り。セリーヌはその場に留まった。
ジルがそう言うのだ。自分はそんな彼の助けになりたい。
左腕の魔・ギア ダーク・シルトガントを展開。右手にはジルから渡された細身の
もちろんセリーヌ自身も自分の剣の技量は把握している。それがとても戦闘に耐えうるものではないことも。
ジルは走りワームの生えるその地面を踏みつけると大きくジャンプをし、まずは一匹のワームの口を叩き斬った。
白く大蛇のように口を伸ばすワームという魔獣。その巨大な蛇のような体の先端に開く大きな口は、人はおろか巨大な牛さえも丸呑みにできるほど大きい。
頭を叩き切られたそのワームはヌメヌメした身体をぐねぐねと蠢かし、そのまま地に潜る。あれはまだ死んでいない。
そう判断し、油断なく周囲を探る。
先ほどから顔を出しているのは一匹ではなく十匹以上見えたそれ。
その全てが今一斉に地面に潜っている。
「おい! 今のうちに逃げろ!」
怪我をしたらしい仲間を庇うように一箇所に固まっている冒険者たちに、ジルはそう叫ぶ。
「ああ、悪い。ありがたい」
怪我をした仲間を抱え立ち上がる男たち。それを庇うように周囲を警戒するジル。
ドン!
地面が揺れる。
ジルの足元が急激に盛り上がり。地面がぽっかりとあいた。
大穴、大口がジルを飲み込もうと襲いかかる直前に彼は上空に飛び上がりそのままその下の口に向けてドラゴントルネードを放った。
閃光と共に弾けるワームの身体。
これで一匹。とばかりに地面にトルネードを連発するジル。
ギャオーと叫び声をあげ苦し紛れに頭を出すワームを一匹、また一匹と屠っていくジルのドラゴンスレイヤー。
セリーヌに恐怖は無かった。
ジルが勝つ。そう信じられたから。
地面の下にまだ蠢いているワームの魔力も感じる。
そして。
「危ない!」
ジルの背後に固まっていた冒険者たちを狙ってワームが地面の中から口を伸ばした。
セリーヌはすかさずそのワームに向かってシルトガントの虫を飛ばす!
放たれたその黒褐色のカケラたちはワームの口から一気に飛び込み、空間ごと切り裂くような閃光を放って敵を切り裂いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます