第13話 勇者の盾。
全身から冷や汗が出て意識が若干朦朧として立っていられなくなったセリーヌ。
その場にしゃがみ込み目を瞑った彼女の目の前の扉が、ずずずっと横に開いた。
「うそ……」
しばらくそのままじっとしているとなんとか頭がスッキリしてきて。
やっと起き上がれるようになったセリーヌはゆっくり立ち上がってみた。
目に見える扉の向こうにはガラスのケースのようなものが並んでいる。
あれは、なんだろうか?
何重にも被さった透明なケース。その光沢から硬質なガラスとしか見えなかったけれど、手で触れてみて驚いた。
ゼリーみたい?
ううん、違う。
空気の塊?
なんだろう、初めての感触……。
そんな四角いキューブ状の塊が何重にも重なったその中に、それ、は、あった。
黒い、盾。
その黒びかりする楕円の物体。
セリーヌの身体がすっぽりと収まってしまうのではないかと思われる、そんな大きな盾がそこにあった。
「もしかしてこれが勇者の盾……?」
入り口に書かれていた古代語、そこにあった『勇者の盾、ここに眠る』という文言。
これがそうなのだと自然に思える。
でも。
「大きすぎるよね……」
それはとても人が持てるような大きさには見えない。
セリーヌに身長ほども有るように見えるそれは、よほど軽い材質のものでもなければ人が持って運ぶには大きすぎる。そう感じた。
「でも、勇者っていうくらいだから体も大きくて力も強い人だったのかな?」
まあ、そうであれば納得もできるというもの。
そんなことをつらつら考えつつ手を伸ばしてみる。
セリーヌは、その四角いキューブにぎゅっと手を突っ込んでみた。
最初のうちはずぶぶと入っていくのだけど途中からどうしても進まなくなる。
この何重にも重なって見えるこのキューブ、中に行くほど硬くなっているのか? そうも思い。
落ち着いて周囲を見渡してみると、そこにはやはり古代語の文字が書かれていた。
「マギア、デ、コンダント、ダーク、シルトガント」
ちょうどキューブが乗っている台座に書かれていたその言葉。
セリーヌがその呪文のような言葉を読み上げた、その時だった。
その盾に何重にも重なっていたそのキューブ状のものが、一瞬で溶けて。
ほんのり青みがかったような液体となり、床にスライムのように零れ落ちる。
ひや!
っと少し離れて尻餅をつくセリーヌ。
ぼよぼよと目の前まで迫ったスライム状のものに辛うじて触れずに済んだ、と。
そう安心したその時だった。
台の上に鎮座していた盾が、ズズっと動き。
それが自分に向かって落ちてきた!
あんな大きくて重たそうなものが落ちてきたら……。
そう両腕で頭を守った彼女の左腕に、それは噛み付いた。
と、少なくともセリーヌは思った。
あんなに重たそうに見えたその大きな塊は、セリーヌの華奢な腕にすっぽりとかぶさるくらいに小さく軽く変化して。
そして。
その腕に張り付いたのだった。
☆☆☆☆☆
「大丈夫か!? ラギ!」
背後から声が聞こえてセリーヌは振り返った。といってもまだしゃがんだままだったのでそのまま身体を捻ってであったが。
「ジル!」
半泣きでそう叫ぶ。なさけないな。そうも思うけれどジルになら甘えてもいい、そんな基準がセリーヌ中にできていた。
手に張り付いた盾は軽く、まるで何もないかのように自分の腕についてくる。
最初に見た時よりもひとまわりもふたまわりも小さくなったそれ、漆黒のガントレットと言うべきか。肘から手の甲までを覆うそれは触ってみても外れるようには見えず、しかし手の動きを妨げることもない。
「勇者の盾、か?」
「ええ、ジルさん。そうらしいんですけど……」
ジルはセリーヌを抱き起こし、肩を支えて。
「怪我は……、なさそうだな」
と、セリーヌの頭を撫でた。
「はい。でも、怖かった……」
盾が落ちてきた時の事を思い出して身震いするセリーヌ。
「はは。ほんとに何事もなくてよかった。それよりも、だ」
ジルは少し笑顔になりぽんぽんとセリーヌの頭を軽く叩き、
「それは、魔・ギアだな」
と、そう言った。
ジルに助けられながら通路を戻り教会の床を登っていく途中。
「魔・ギア ダーク・シルトガント」
セリーヌの心に、自然とそんな言葉が浮かぶ。
ああこれが魔・ギア。
「その魔・ギアに気に入られたようだな」
と、ジル。
気に入られた、か。確かにそうなんだろう。
魔・ギアとの契約を難しく考えていたのがバカらしくなるくらい、セリーヌには「ああこれは自分の魔・ギアだ」と感じる、感じられる。
「見たところその魔・ギアの権能は護りのチカラなのだろう。ラギの属性はキュアのようだし相性も良さそうだ。良かったな」
(ああこれで、ボクにも少しでもチカラが使えるようになるのなら……)
それに越したことはない。兄さんを助けるために出来ることをしたい、そう願うセリーヌにとってこの魔・ギア ダーク・シルトガントとの邂逅は僥倖だ。
ジルが市場で見繕ってくれた服に着替えて外に出ると、そろそろ昼にさしかかるからか往来の人通りが増していた。
「何処かで食事を摂ってからまた夜になるまではこの教会で休むとしよう。あまりこの街に長居すると怪しまれそうだ」
さっと歩き出すジルの後を追い、セリーヌも早足になった。
周囲には屋台も出ていて美味しそうな匂いで溢れている。
ジルの足が止まったのは黒猫が看板に描かれた食事処だった。黒猫亭というお店。
「ここにしよう。ラギの好きそうな食べ物がありそうだ」
と、ジルはそうにこりと微笑んだ。
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