第6話 マシン=マスター。

 龍の前脚に優しく包まれてセリーヌは運ばれて。


 恐怖は無かった。彼が、ジル・コニアンが、彼女を守ろうとしてくれている心が暖かい光となって自身の周りを包んでいるのがわかったから。


 山を超え森を超え、たどり着いた先にあったのは石造りの古い遺跡のある場所だった。


 ゆっくりとその遺跡に降り立つジル。前脚の爪を籠の様にし運んできたセリーヌをゆっくりとおろすと、自身の姿を人型に変える。


 立髪の様に逆立った金髪にエメラルドグリーンの瞳。あの、七年前の姿そのままの彼がそこに居た。


「ジル!」


 セリーヌは思わず彼に抱きついて。


「よう。久しぶりだなラギ坊。いや、もうすっかりセリーヌって感じだな。やっぱり」


 そう、はは、っと笑った。





「ここは……?」


「ここはケンタウリの遺跡。機械神たちの墓標さ」


「墓標?」


「主神デウス、アリオン、アルテミス、レヴィア、ニャルラト。他にも沢山の機械神がこの地に降り立った。その際多くの機械神が犠牲になったって話。奥のターミナルで記録が確認できるのだけど、ね」


「降り立った機械神? 機械神って他所からきたの?」


「そう言うわけでもないのさ。まあこれは伝説の話。俺たちの一族に伝わる伝説だけれど。太古の昔この星は一度滅んで、その時に脱出した神々がまた戻り世界を再興させたのだ、と。この神々が機械神なのだろうな」


「貴方は……、誰? ジル……、あなたは……」


「俺は、おれ、さ。太古の昔からこの地に残された民の成れの果て。多くのギアと共にこの星に残り、世界を再生させた一族の生き残り、それが俺。マシン=マスターさ」


 その瞳が優しくまたたいた。



 ☆☆☆



 その日は嵐だった。いや、明け方まで嵐だったと言った方が正しいか。



 セリーヌは朝早く王宮を抜け出し、嵐の名残を見に海岸に向かっていた。


 粗末な麻の服をきて、まるで男の子のような装いで。


 男の子、ラギとなってこっそりと抜け出したのだ。



 まるで一つの街程の広さの王宮。そこを抜け出し下町、ゲイトヘルズを抜け海岸まで走る。


 堅苦しい王宮からこうして男の子のラギとして抜け出しては遊ぶ、それがその頃のセリーヌの日課だった。

                                        

 浜辺について三十分も過ぎた頃、ラギは浜辺の北端にある岩場へ向かった。わりあいと登り易く、上部は座って海を眺めるのに丁度良く、中頃には人が三人ほど入る事の出来る洞窟があり、小さい頃からの遊び場となっていた。


 幼い頃は兄のラスと兄の親友のヨグに連れられてこの洞窟に遊びにきたものだった。


 子供達にとって、ここは大人達からのがれて身を隠す、秘密の基地であり、自由そのものであった。

 

 何かあるとこの場所に遊びに来て。


 今日だって本当だったら兄を誘ってここに来るつもりだった。でも。


 最近では大人びた笑顔でラギ、あんまりおてんばばっかりはいけないよ、と。


 そんな風に、嗜める様な言い方をする様になった兄様。


 大好きな兄だからこそ寂しくて。今日は一人、海を見ようとやってきたのだった。



 岩場に近づくと、それまで遠目に見ていたときには流木だと思っていたのだが、岩場の下の海に面したところに舟のようなものがあることに気がついた。


「夕べの嵐で流れついたのだろうけど?」


 と、つぶやくと、人がいるかも知れない、と思いながらセリーヌはその舟に近づいてみた。


 舟は太い木をくりぬいてできた丸木舟だった。その中に一人の男が倒れていた。一瞬死んでいるのか、と思ったが、すぐにそれが間違いであるのに気がついた。


 息は、ある。


 でも。


 怪我をしているのか、その男性の生命力が弱っている。そう感じた。


 助けなきゃ。


 そうは思う、けれど。


 街に見知らぬ男性を連れて行く事は出来ない。



 じゃぁ。しょうがないか。



 

(キュア。お願い。この人を助けて)



 セリーヌの両手から金色の粒子が溢れ出し、周囲が金色に包まれた。


 癒しの光がその男性を包み。


 そして。


 その男性がうっすらと目を開けて、言った。


「ありがとよ、えっと……」

「ラギです。ラギ・レイズ」

「そうか。ラギ坊か。ありがとよ、ほんとに助かった」



 金色に風になびく髪と髭は百獣の王であるライオンをおもわせる精悍な顔立ちの男だった。

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