第4話 金のキュア。

 それ以来。


 セリーヌはキュアを認識できるようになった。キュアも常にセリーヌのそばに存在するようになり。


 ただ、人前では治癒のチカラは使わないようにして。内緒にしていた。


 瀕死の状態で発現した治癒に力がそれっきり一回切りの能力だと思い落胆した父王や、兄ジークフリードにも決して話さず内緒にして。


 何か予感めいたものでもあったのか、頑なに、自分はチカラを使えないのだ、と、そう演じて来た。



 一回だけだ。彼女が他に、他者に、この能力を使ったのは。


 先日兄に使ったキュア、治癒の魔法。


 それ以前に彼女が他者にこの能力を使ったのは、たった一回限り。



 まだ幼かった十歳の彼女、事故にあって力に目覚めてからしばらくしたある日、嵐が去った翌日の早朝の出来事だった。


 海岸で出会った不思議な男性を助けた。


 その時だけ。


 金色にたなびく髪。エメラルドグリーンのその瞳、大きく白い身体。


 怖さ、よりも、興味が優ったあの日。


 もうあれから7年が過ぎた。


 あの頃の、まだ男の子のふりをしても通じたかもしれなかった身体。


 手足も伸び切り華奢で細くなった今のセリーヌではもうたとえ会うことがあったとしても同じ人物だとは思われないのではないか、そうも思い少し寂しさも感じて。



 こんな牢の床に寝そべり、そんなことばかり思い返していたセリーヌ。


 そう。


 ボクは……。




 翌朝衛兵に引っ立てられあの嵐の日に訪れた海岸に連れてこられたセリーヌ。


 潮が満ちると海に沈む中洲に腕を後ろ手に縛られて、足も縛られた状態で置き去りにされ。




 動くこともままならずただ膝立ちのまま海岸を見る。





 集められた民衆はただただ呆然としたままその少女を眺めるだけ。そこには感情らしい感情は浮かんでいなかった。




 悲しいな。


 セリーヌが街の民衆に覇気が無いことに気がついたのも、あの事故の後だったとおもう。


 そんな人々の心に少しでも人間らしい感情を呼び覚まして欲しくって。


 いろんな物語を書いて本にして市中に流してたりした。


 読んでくれた読者の反応が嬉しくて。





 太陽が中天にかかる頃。


「おまえの罪を数える!」


 と、そう、ギリア・デイソンが声を張り上げた。


 大仰に右手を掲げ指を突き立て、


「一つ! 機械神より民を導く使命を授かった王家の身でありながら、堕落の道に進むとは万死に値する!」


 セリーヌが書いていた小説がこれにあたるのだろう。


「二つ! 機械神の御使、漆黒機に逆らい反攻した事!」


 漆黒機が攻めて来たのだ。なす術もなく蹂躙されろとでもいうのか?


「三つ! 王家の身でありながら、そのチカラを持たぬ事! 未だに天候操作すら出来ぬとはな!」


 確かに。チカラを使えないフリをしてきたし、天候操作はまだした事は無いけれど。


 と、ギリアの台詞を聞きながらそんな事を考える。


「以上の罪を持ってこの前王女、セリーヌ・ラギ・レイズを機械神への贄にえとする! 異議のある者はいるか!」


 集めた住民を睨み付けるギリア。人々は黙り込み、声をあげるものは誰も居ない。


 人々は、その自我は、たぶんまだ目覚めてはいないのだ。



「こやつに一つ、チャンスをやろう。この晴天の空を潮が満ちる前に曇らせ雨を降らせろ。さすれば命だけは助けてやろう」


 と、まるで遊びのように、そんな事を宣言するギリア。



 さあ。


 どうするべきなのか。


 ここで死んでしまったらもう二度と兄さんと会えない。それは嫌。


 仮に雨を降らせることが出来たとして、それで自由になれるのか、というと、それも違うだろう。


 たとえここで助かったとしても、ギリアはセリーヌを利用するだけ。何も事態は好転する事はないのだろう。それもわかる。



 じりじりと焼けるように熱い太陽の陽に照らされ、足元の砂に触れる足もただれるように痛い。


(大丈夫? セリーヌ)


(治すよ? 癒すよ? そう願って)


 周囲のキュアがそう囁く。


(ありがとうね。でも。今は、いいの……)



 セリーヌは待つことにした。


 満潮になりこの身が海に沈むのを。


 足元を縛られ、両腕も後ろ手に縛られたこの状態で泳ぐのは無理、だろう。


 普通だったら溺れ死ぬのを待つだけ、だけれどそれでも。


 この状態から自由になるためには、それしか無い、そう思っていた。

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