第2話
『接敵警報!』
機兵に搭載されたAIが、唸るようなアラートを吹鳴させた。
瞬時に槍を振り回し、接近するプラントどもの側面を斬り付ける。でもその手応えは浅く、ヤツらを後退させるのがやっとだ。
それほどまでに敵の外皮装甲は、
戦闘開始から既に三十分が経過。もうどれだけプラントを屠っただろう。ツカサと二人で五十体は倒したと思うけど、それでも見た目の敵影は減ってない。
対する味方の損害は四機。二機が中破し、二機が大破したとAIが報告した。大破した機兵のオペレータから無線の応答はない。つまり、そういうことだった。
「──アオイ、九時方向だ!」
ツカサの声で我に返る。互いの背後を守る形で戦っているから、その姿は見えない。でもそこに、ツカサの確かな息遣いを感じることができた。私は相棒の問いかけに、鋭く言葉を返す。
「わかってるッ、大丈夫! でも数が多いよ、もう五十体は倒してるのに!」
「まだ詰めてくるぞ、ランサー型だ!」
プラントは、同じように見えて
「北西から敵の増援が来るぞ! 距離は二百、数は三十! データを送る、対処してくれ!」
「マコト、そっちで何とかなんない!? こっちは囲まれてるの!」
「そうしたいが、この位置からじゃ無理だ! せいぜい牽制射撃くれぇしか──、」
無線を中断させたのは、響く轟音と耳障りなノイズ。咄嗟に後ろを振り返る。ツカサは無事だ、でも右後ろから敵が迫っている!
瞬間の反応。ツカサに迫るランサー型に距離を詰め、私は足払いよろしく下段薙ぎ払いを見舞う。下部の触手が切断され、プラントが無様に転がる。晒した頭頂部を、瞬時に貫いたのはツカサの槍。触手が再生されるよりも早い、それは流れるような連携攻撃。
「悪いな、助かった!」
「ツカサ、平気?」
「あぁ、俺は問題ない! それよりさっきのノイズ、被弾したのは誰かわかるか!」
「わかんない、もしかしたら──」
「チクショウ、カオルがやられた! アーチャー型の攻撃だッ!」
マコトからの無線で、撃破されたのがカオルだとわかる。マコトのバディの彼女は、寡黙ながら優秀な操縦兵だった。
後衛隊がやられたということは、前線が維持できていない証拠だった。
「クソッ、カオルはもう……! 前衛隊、一旦退いてオレらと合流してくれ! 敵に近づかれてる!」
マコトから悲痛な声が飛んでくる。こっちだってできるならそうしたい。でも敵はそれを許してくれそうにない。
じりじりとランサー型たちが、囲むように距離を詰めてくる。何度見ても醜悪な形だ。
まるでそれは、毛むくじゃらの大きなヤシの実。底部には触手が蠢き、側部に付いた数本の棘はにゅるにゅると伸縮している。
「……アオイ、この包囲を突破するぞ。もう仲間の半分がやられた。一旦退いて、マコトと合流するしかない」
「でもどうやって? 退路がないよ!」
「──走るしかない。先に行け、俺は後を追う!」
了解、と答える間が惜しい。ツカサの判断はいつだって正しい。だから私はそれを信じて、退路を拓くために跳躍した。
出力は最大。手近な建物を蹴り、さらに高く跳ぶ。もっと滞空距離を稼ぐ。眼下には蠢くプラントたち。
今は敵を倒すことよりも、生き残る道を走らなければ。私は槍を構えず、代わりにプラントの頭を踏みつけて再び空に躍り上がった。それを二度三度と繰り返す。
さながらそれは、空に走るマニューバ。限界を超えた渾身の機動だ。
「ツカサ、ついて来てるッ?」
「大丈夫だ、振り返るな!」
もう一度プラントを踏みつける。短い滞空、そして着地。すぐさま機兵を前傾に、今度は地面を蹴立てる。視界の端、併走するツカサの機兵が映る。
眼前、二十メートル。真正面にアーチャー型を確認。ほとんどノーモーションで棘を撃ってきた。あれを食らえば、機兵に穴が空くのは必至だ。
即座にツカサの機兵が、左肩部に装備したチェーンガンを撃った。分間七百発を超える銃弾の雨が、飛来する棘を粉砕する。続く第二波、今度は私が斥力シールドを展開。その間にツカサはフラググレネードを投擲。爆破の破片が、襲い掛かる棘をことごとく無力化する。
「走れアオイ! このアーチャー型の群れが最後だ!」
ツカサの声に後を押され、私は再び空を舞った。直下のアーチャー型が、にょきにょきと棘を生やすのが見える。来る、棘だ!
空中で姿勢を
あと少し。あと少しでこの包囲網を抜ける。もう少し。お願いだからもう少し伸びて!
──その時だった。アーチャー型の群れを飛び越えてからすぐ。
どこからか飛来した棘に、機兵の両脚部を貫かれた。直撃。弾け飛ぶ装甲。吹き出るオイルと衝撃吸収剤。
一体どこから。死角からの一撃は、バランスを崩すほどの衝撃。錐揉みになりながら、私の機兵は地に墜ちる。
激痛だった。だけど生身を貫かれなかっただけマシだと自分に言い聞かせる。
「──ダメージはッ!」
『損害重度、両脚部機能停止。接近警報、即時撤退を推奨』
冷たい報告をするAIに腹が立つ。でも今はそれどころじゃない。立たなければヤツらに囲まれてしまう。でも両脚をやられてる。一体どうすれば?
「アオイ! 大丈夫か!」
少し離れた位置から、ツカサの無線が入った。状況からしてまだ交戦中なのだろう。でもこんな時まで、ツカサの声色は優しい。
「ごめんツカサ、やられた。機兵の脚が動かない。先に逃げて」
「そんなことできるか! 助けに行く、待ってろ!」
「無理だよ、機兵を起こせない。ツカサだけでも逃げて!」
「できるわけないだろう! お前を失いたくないんだ!」
その言葉はやっぱり優しい。優しすぎて涙が出る。でもその滲む視界で捉えたのは新たな敵影。ランサー型、一体。
機兵が万全なら、勝てない相手じゃない。でも脚が動かない今、両腕だけで勝つのはきっと無理だろう。
あぁ、ここまでか。悔しい。何もできなかった。でもせめて。せめてツカサは助かってほしい。
ツカサのために退路を確保する。それが私の、きっと最後の仕事だ。
残る武装は、腰部ウエポンベイに収納したフラググレネードだけ。それを構えるけど、ピンを抜くのはまだだ。もっと近づかないと。
敵はじりじりと詰めてくる。もっとだ、もっと近くに来い。棘に貫かれた瞬間、ピンを抜いてやる。
私が差し違える覚悟を決めたのと同時に。ランサー型の棘が、私を目掛けて大きく伸びて来た。目を閉じることは許されない。刺された棘を引っ張ってでも、フラグをゼロ距離爆破させてやる。
伸びる棘。引き延ばされる時間。衝撃に備える。
──でも。その衝撃は来なかった。
「ツカサ!?」
目の前。空から飛来したツカサの機兵が、私の代わりに貫かれていた。
吹き出すオイルに混じる鮮血。それが私の機兵を濡らす。ツカサの生身ごとやられている。それだけはわかった。
「ツカサ! ツカサ!」
ツカサは機兵を貫かれたまま、さらに前進する。敵の二本目の棘が出る。構わず受けて、ツカサはなおも進む。
「ツカサ、やめてツカサ!」
辿り着いたゼロ距離。ツカサは槍を振り上げ、渾身の力で敵の頭頂部を突き刺した。それはまさに、乾坤一擲の一撃。
何かが潰れる音がして、穿たれたプラントは沈黙する。そしてバラバラと崩壊していった。
「ツカサ、どうして……! どうしてこんな無茶を!」
「お前を、失うくらいなら。この方が、まだましだ……」
「喋らないで、ツカサ!」
ディスプレイに、ツカサのバイタルが低下している警告表示。もうどうしようもない。別の敵がゆっくりと近づいてきている。
「アオイ、手を、」
私は差し伸ばされたツカサの手を取った。それは機兵の、鋼鉄の手。だけど不思議な温かさを感じる、そんな手だった。
「頼むから。ここから、逃げてくれアオイ。俺が敵を、引きつける」
「無理だよ……。私は最後まで、ツカサと一緒にいるから」
「生きてくれ、アオイ。俺の分まで」
機兵越しでツカサの顔は見えない。それでも私は、ツカサが笑ったように感じた。
「……ツカサ?」
ツカサの機兵は、繋いだ手を使って。機兵の体勢を変えた瞬間、全力で私を空に放り投げた。
二百キロを超える重たい機兵が、美しい放物線を描く。きっとツカサは、機兵の最終リミッタを解除したのだろう。機兵が壊れてしまうことも厭わずに。
「ツカサ──ッ!!」
私の叫び声が、フラググレネードの爆発によってかき消される。だけど私は確かに聞いた。
──走れ!
ツカサの、その最後の声を。
【続】
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