空に走る

薮坂

第1話



 眼前に、敵を見据えて対峙する。その距離およそ三百メートル。ヤツらは群れをなし、再びこの街に侵攻しようとしていた。

 数日前に攻撃の第一波を受けた街は、見てのとおり壊滅寸前。だから今日の第二波は、何としても食い止めなければならない。それが私たちに課せられた任務だった。


 こちらの戦力は、私を含めて全部で十名。だけど敵は二百五十を超える数で、圧倒的な彼我の差がそこにはある。どこの戦場も人手不足なのは否めない。でもここで踏ん張らないと、人類は本当に滅亡してしまう。


 こんな人類の終わり方を、一体誰が想像しただろう。

 食糧難だとか未知のウイルスだとか、はたまた温暖化の果ての氷河期の始まりだとか。そういう風に人類はもっと、ゆっくりと終わっていくんだと思っていた。

 だけど現実は違う。まさか宇宙から飛来したに、こんなにも世界が蹂躙されることになるなんて。


    ──────


「──アオイ、機兵の状態はどうだ?」


 分隊の僚友である、ツカサから無線通信が入った。分隊間通信でなく、一対一のプライベート通信。これは私たちの戦闘前のルーティンだ。

 私は自機に搭載されたAIに、各部のステータスを確認させる。即座に冷たい機械音声で回答が返ってくる。


『──チェック。脚部アクチュエータに軽微な損耗。戦闘機動に支障なし。その他、各部オールグリーン。バッテリ残量、九十三パーセント。戦闘機動持続時間は約十七時間』


 目の前のマルチファンクションディスプレイにも各部状態が表示される。細かいところも異常は見られない。


 私の全身を隙間なく覆う、全長三メートルの鋼鉄の鎧──。

 機動きどう兵装へいそうと名付けられたこのパワードスーツこそ、ヤツらに対抗し得る人類の切り札。私とツカサは、この『機兵』の操縦兵オペレータだ。


「私の機兵は問題なし。いつでも来いって感じかな。ツカサの方はどう?」


「俺の機兵も万全だ。頼むから無理するなよ、アオイ」


「無理なんてしないってば。死んだら終わりなんだよ。私たち、まだ二十五年も生きてない。やりたいこと、まだまだいっぱいあるんだから」


「俺もやりたいことがいっぱいある。だから絶対に負けられないな」


「ツカサはさ、この戦いが終わったら何がしたい?」


「そうだな。いろいろあるけどまずは故郷に帰って、地元名産のメロンが食いたいかな。驚くほど甘くて美味いんだ。アオイにもいつか、食べさせてやりたい」


「やめてよ。それ完全に死亡フラグじゃんか」


 クスクスと私は笑ってやる。ツカサも同じように返してくれる。いい感じに戦闘前の緊張が解れていく。

 私とツカサは息の合ったバディだ。私たちが所属する第二方面小隊の中でも、最強の前衛隊であると自負している。

 ツカサと出会って二年と少し。ツカサは軍の研究部から、現場に出たいと志願して来た変わり者。紆余曲折を経て私の分隊に配置となり、そして私たちはバディとなった。

 ツカサと一緒に、数々の戦場をぎりぎりのところで生き残ってきた。地球外生命体との戦闘が始まったのは、今から四年前の夏。世界が劇的に変わってしまった、いわゆるメテオ・オブ・サマー以来のこと。


 宇宙から飛来した隕石が太平洋に衝突し、そこに付着していた未知の宇宙植物が爆発的に増殖したのだ。

 単純に「プラント」と名付けられたそれらは、見た目こそ植物だった。二メートルはあろうかという大きなヤシの実みたいな見てくれだけど、それらは明らかに意思を持っていた。

 底部に脚のような触手を生やし、胴体に付いた尖った棘を使って、そいつたちは街と人を破壊していく。壊して食べたものを栄養にして、際限なく増殖する。

 こいつらの群体が通過した後は、ぺんぺん草も残らない。人類は既に、地球の三分の一を瓦礫と砂に変えられていた。

 だから護らないといけないのだ。機動兵装を操る、私たち機兵隊が。



「……この戦いが全て終わったら。俺の地元に来ないか、アオイ。何にもない田舎だが、さっきのメロンと景色だけは自慢できるんだ」


「景色とメロン? なんか不思議な取り合わせだね」


「きっとアオイも気に入ると思う。それに俺の地元は、今も雨がよく降る町なんだ」


 雨。今の世の中では珍しい自然現象。さっき言ったとおり、プラントによって地表は砂と瓦礫に変えられている。砂漠化が進む今の地球で、雨が降ることは平和の象徴だ。敵にまだ侵攻されていないということだから。


「うん。いつか行ってみたいな、ツカサの生まれた場所に」


「あぁ、一緒に行こう。アオイに雨を見せたい。いつか世界を、雨で満たそう。当たり前のように、雨が降る世界を取り戻すんだ。だから今日の戦いにも勝たないとな」


「──アオイ、ツカサ。プライベート通信でイチャイチャお楽しみのトコ悪いけどよォ! ヤツらの尖兵が向かってきてるぜ、二時方向だ!」


 分隊間通信に仲間の声が入った。それは後方支援機兵のオペレータ、マコトからのもの。マコトは私たちから少し離れた、今にも崩れそうなビルの屋上に陣取っている。

 そのセリフを言い終えたマコトは、構えていた狙撃砲のトリガーを引き絞った。生身では到底扱えない、巨大な狙撃砲から放たれるタングステンの大口径弾丸。それが少し離れたプラントのどてっ腹に突き刺さる。

 だけどその弾丸でも、敵の分厚い外皮装甲を貫くことは叶わない。その位置からの狙撃では、プラントの弱点である頭頂部を穿つことができないのだ。


「クソが、やっぱ角度が足んねぇ! 距離百五十、変わらず二時方向! 五十体ぐれぇの群体が寄せて来るぜ!」


「了解だ、マコト。ここは前衛機兵に任せろ。後衛機兵はバックアップを頼む。行くぞ、アオイ」


「了解!」


 プライベート通信をパーティラインに。私は機兵を前傾にして、脚部に力を込める。出力がみるみる上がっていく。機兵の状態が「警戒」から「戦闘」へ移行、同時に初期リミッタを解除する。これでいつでも、最大戦速で戦える。


 もう一段階、私は姿勢を低く取った。片腕を地面に着けるクラウチングスタートのような体勢から、爆発的な力で地面を蹴る。

 アスファルトは捲れ上がり、周囲に土煙が舞った。ビルの残骸を蹴り、さらに跳躍。短い滞空を経て着地、と同時に再び疾走。脚部から衝撃吸収剤が蒸気となって噴出する。

 生身でこんな挙動は絶対に無理だ。最大戦速。まさに機兵あってこそのコンバット・マニューバ。


 みるみるうちに、敵の尖兵との距離が縮まった。その距離、約二十メートル。私は再び地を蹴って、空へと跳躍する。

 私たち前衛の主武装は、右腕部に装着された錬鉄の槍。ヤツらの装甲が薄い頭頂部を、この槍で穿つ。単純にして明快。それが前衛機兵の戦い方だ。


 ──長い滞空時間に思えた。

 頭上には燦々と輝く太陽。眼下にはひしめき合う憎き敵たち。私は槍を構え、重力を味方に落下する。


 どこからか声が聞こえた。それは唸るような叫び声。

 それは敵の断末魔だったのか、それとも自分の雄叫びだったのか。

 私の槍は、狙いどおりに一体目を深く鋭く貫いた。プラントの内部まで、槍が這い進む確かな手応え。穿たれた敵はぶるりと僅かに震えたあと、完全に沈黙する。

 いつもの動作で槍を引き抜く。バラバラとプラントが崩壊していく。次はどいつだ、かかってこい。


 ──私が全部、壊してやる。




【続】

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