ギター偏愛記(上)
ギター偏愛記(上) -オレの愛器遍歴-
<ギター以前>
オルガン、ハーモニカ、カスタネット、トライアングル、たて笛、ピアニカ、そういった教育用の楽器を除けば、オレにとって最初の楽器は「ウクレレ」であった。
今を去る事30年前、中学に進学する直前の春休み、近所の知り合いのひとの家に遊びに行ったときに、そこに置いてあったウクレレが気にいって、ポロポロ弾いていたら、その家のひとが「きみにあげよう」と言ってくれたのだ。
そのウクレレだが、オレはちゃんとした弾き方などよくわからず、ただ、近くのレコード屋に置いてあったギター・ウクレレ兼用のコードブックを買ってきて、自己流で弾いていた。
でも、しょせん、ウクレレはウクレレ。音量もないしペナペナの音なので、当時ハードロックを聴きまくっていたオレには、すぐ物足りなく感じられるようになった。
「やっぱ、ギターが欲しいなあ、それもエレクトリック・ギターだな」
当時、ロック少年たちにとって憧れのモデルは、今でこそ余り人気がないが、断然「レスポール・モデル」だった。
当時ナンバー・ワン・グループだったレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジも、人気上昇中だったT・レックスのマーク・ボランも、レスポールを愛用していた。その他にも、ハンブル・パイ、マウンテン、ジェフ・ベックといったハードロックの代表選手たちはみな、レスポールを持っていた。
しかし、本物は20~30万円する。国産のコピー・モデルでさえ、3万5千円はした。当時の物価水準を考えれば、今の10万円近くに相当するだろう。月の小遣いが数千円という中学生にとてもおいそれと買えるしろものではなかった。
そのへんの感覚は、浦沢直樹氏が「ビッグコミックスピリッツ」に連載している「20世紀少年」という漫画を読むと、よくわかると思う。主人公のケンヂが楽器店のエレキ(エレクトリック・ギターなんて言い方より、こっちの方がしっくり来るな)を欲しいと思うも手が届かず、毎日指をくわえて眺めていたというエピソードは、昔の私とおんなじである。浦沢サンも私と同世代のようだ。
それでも、周囲のロック好きな連中は、じょじょにギターを買いはじめていた。あるものは小遣いやお年玉を貯金して、またあるものは「絶対成績は下げないよう勉強するから」という条件のもと、親にお金を出してもらって。
折りしも、吉田拓郎や井上陽水をはじめとする弾き語り系フォーク・シンガーたちの人気が急上昇していた。10代、20代の若者たちは、彼らの真似をして、フォーク・ギターをこぞって買うようになった。モーリスやヤマハやヤイリのギターが、飛ぶように売れていった。
<初めてのギター>
中学3年のときの話だ。ある春の日の日曜日、本を買いに行くと親には言ってオレは渋谷に出かけた。当時オレは小田急線の経堂に住んでいたので、下北沢経由で井の頭線に乗って渋谷まで出たのである。東急プラザの中の紀伊國屋書店に寄った後、同じフロアにあるコタニに立ち寄ったとき、オレの視線は1台のギターに吸い寄せられた。
そこにあったのはたしか9千円くらいの値札をつけた、ヘッドに「morena」というロゴのあるフォーク・ギターだった。モレナ? 知らんぞ、そんなメーカー。モーリスのバッタもんやろ?
そう内心つっこみを入れながらも、しかし、オレは懐ろの財布を探り、どのくらい手持ちがあるかを確かめていた。ソフトケースが約千円。しめて一万かぁ。なんとかあるが…。
モーリスのギターだと最低でも1万5千円する。が、そういう有名メーカーのほうが他人に見せるときにも恥かしくない。この無名ブランドのギター、買うべきか、買わざるべきか…。考えた末、オレは貴重な1万円をはたくことにした。オレはついにギターを手に入れたという実感で、興奮のうちに帰途をたどった。
その1台を手に入れた日から、オレの運命が大きく狂って行くことになるとは、当時は知る由もなかったが…。
<初めてのエレキ>
しかし、せっかく大枚をはたいて買ったフォーク・ギターにも、すぐに不満が生じてきてしまった。所詮ビートのきいた音楽には不向きなのである。
「オレの弾きたいのはやっぱ、フォークじゃない、エレキや!」
バンドを組むメンツすらろくに見つかっていないのに、もういっちょまえのロッカー気取りで「エレキ欲しい病」に罹っていたのである。
で、フォークを買ってから何ヶ月もたっていないのに、夏休み前には下倉楽器でフェンダー・テレキャスターの国産コピーモデルを購入してしまった。1万5千円也。
ノーブランドもので、ボディの色はクリーム。ネックの指板はローズウッド。安いだけになんだか金属的でチンケな音がした。お世辞にもいい音色とはいえなかった。でも、本当に念願の1台だった。
買いたいレコードも我慢して、なんとか貯めた小遣いで買った。親からは一銭も援助してもらっていない。下手に「勉強がんばるから」なんて約束しちまったら、「反抗の音楽」ロックを目指す者としちゃおしまいだ!と思っていたのである。
そのギターでオレは、中学の文化祭に、なんとブルースの弾き語りでデビューすることになる。そして、そのステージでジャムセッションめいたことも初めて体験する。
勿論、「ど」がつくくらい下手な演奏ではあったが、その時たまたまやったのが、「レモン・ソング」の原曲「キリング・フロア」であった。何という因縁だろう。まるで、その後の自分の未来、ブルースの虜となってさまよう人生を暗示するような話ではある。
<テレとの別れ、再会>
しかし、わが親は(当時の多くの親がそうであったように)、息子がロックにうつつを抜かすことを決してこころよく思っていなかった。
文化祭が終わったのを機に、エレキのような勉強の妨げになるようなモノは早く処分しろと圧力をかけてきた。たまたまコミュニティ・ペーパーに、工員のオニーサンが「エレキ譲ってください」という告知が出ていたので、半強制的に彼に売らされる羽目になってしまった。フォークのほうは、ずっと学校に置いてあったので処分を免れた。
しかたなくオレは、高校に進んでからもしばらくは、エレキなしという味気ない状態で過ごした。
学校では、オレたちの同学年有志が作った「フォーク村」という同好会に所属していた。もちろん、フォーク・グループもあれば、ロック・バンドもあった。
オレが通っていたのは中高6年一貫教育制という学校だったが、高校からも数十人入学して来る。その中に、Kというやつがいた。彼も我らがフォーク村に参加してくれた。
彼はキーボーディストで、我々と同様、中学からロック・バンドをやっていたが、音楽的素養は図抜けていた。ただひとり、絶対音感を持っていたのである。
中学からのメンツは、そんなに歌も演奏も悪くなかったが、さりとてプロを真剣に目指すほどの才能があるわけでもなかった。その中で、唯一Kだけはきっぱりとプロを指向していた。そしてそれを誰もが納得するくらい、彼は実力があった。
そんなKと、実力不足もいいところのオレがなぜか一時期組んでいたのだから、世の中何が起きるかわからない。まあ、Kは中学以来のレギュラー・バンドと縁を切らずにいたから、今の高校の連中とはお遊び程度でいいやと思っていたんだろう。
高校1年の文化祭を前に、オレたちは臨時編成のユニットを組み、少しだけ練習した。
とりあえず文化祭の間だけだからと親を説き伏せ、工員のオニーチャンに頼みこんで、昔の愛器、テレキャスターを一時的に借りることに成功した。
そうやって、ジョン・レノンの曲をレパートリーの中心にすえ、エレキ・ギターとグランド・ピアノだけの奇妙なユニットは文化祭のライブをなんとか終えたのであった。
もちろん、そのテレキャスターとは文化祭後、今生の別れを告げることになった。
<SGとの日々>
G・オサリバンの曲のように、Alone Again、またエレキなしの孤独な日々が続いていた。
高校2年になってからは、オレはピンに戻ったが、KそしてKのバンド仲間とジャムる機会があった。やつのバンドはギタリストが交替し、Sという男が加入したのだが、Sが新しいギターを買うために今のSGモデルを手放したいという話をきいたので、オレはそれにのることにした。
定価三万のグレコSG、ワインレッドでもちろん当時のことだからデタッチャブル・ネックのやつだが、二万で譲り受けることになった。いいお客さんや。
そのSGを弾きだすと、前のテレがいかにちゃちな音しか出なかったのか、よくわかった。ハンバッキング・ピックアップは、太くてコシのある音がした。ウーマン・トーンも楽勝で出た。
このSGで、いろんなギタリストのコピーをした。エリック・クラプトン、リッチー・ブラックモア、ジミー・ペイジ、ロリー・ギャラガー。あいかわらず、腕は今ひとつだったが。
高二の文化祭にも、下田逸郎(東京キッドの音楽担当のひとである)の曲を弾き語りで歌った以外に、そのSGで臨時編成のトリオ演奏をやった。曲は、ヤードバーズの「ナッズ・アー・ブルー」というか、原曲の「ダスト・マイ・ブルーム」に、適当な自作の英語詞をつけたブルースだった。やはり、オレにとっては、何かやるとすれば、ブルースなのであった。
高校最後の年の文化祭、オレはTというキーボードの男その他と組んで、エルトン・ジョンの曲をやることになった。
ところが、野外ステージでやるというのに、Tはキーボードを持っていない。考えあぐねて、オレはSGを代償にキーボードを借りることを思いついた。コミュニティ・ペーパーに告知を出した。1週間キーボードを貸出すだけでギターがもらえるわけだから、悪い話ではない。すぐに希望者があらわれた。
ライブは決してうまくいったとはいえなかったが、どうにか終了した。
約束通り、キーボードを貸してくれた大学生に、オレは1年半オレの恋人であったSGを手渡し、別れを告げたのであった。
<つづく>
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