ことわざ

ことわざ、そして故事成句こそは人類の叡智であり、行動規範であるとつくづく思う。


たとえば「李下に冠を正さず」。


これは正式には後半に「瓜田に履を納れず」が続くのだが、ともに意味するところは同じである。


まともな人間は、人から不正を疑われるような、紛らわしい行動「自体」を慎まねばならないということ。


たとえ本当に不正行為でなくても、である。


この言葉を知って、その意味するところをきちんと理解していれば、起きるわけがない話が今の世の中には多すぎる。


前首相とその妻が絡んでいる(とされている)モリ・カケ問題などは、その最たるものだ。


あれはいまだにうやむやになっているが、そもそもそういう嫌疑をかけられるような行動を彼らがとった時点で「アウト」なのだ。


いやしくも人の上に立つ者、ましてやそれが一国の宰相ともなれば、不正を疑われるような行動を一切してはならない。


ところがむしろ「自分は偉いから何をしても許されるのだ」という彼の驕り高ぶりが見え見えではないか。


最後は裁判でシロクロつけて勝てばいいという話ではない。


疑いをかけられた時点、告発された時点で、そのひとの不徳のいたすところなのである。


大いに恥ずべきところなのである。


この故事成句の由来となったいにしえの中国の政治も、賄賂や横領などの不正が横行していたから、このようなたとえで政治家や社会の上に立つ者の行動を戒めたのだろう。


だが何百年たっても、人間というものの本質は変わらないと見えて、いまだに前首相のような「バレなければいいだろう」的な行動を取る政治家が後を断たない。


だからこそ、故事成句やことわざは永遠に有効であり有用なのだ。


ところが、こういうことを学校ではきちんと教えてくれない。


私個人の経験では、漢文の授業で少しサワリに触れる程度だった記憶がある。


私は個人的な意見として、某与党がいつも必要性を主張しているようなアナクロな道徳科ではなく、ことわざ、故事成句、慣用句の類を学ぶ教科こそ学校教育にはあるべきだと思っている。


そして、ただそれらを知識として教えるだけでなく、どのような場合にその言葉が当てはまるのか、生徒に考えさせるのである。


先ほどの「李下に冠を正さず」を一例にとって、ちょっとくだけたというか、下世話な解答をあげてみよう。


ここに仲があまりよろしくなく、別居状態に入っているひと組の夫婦がいるとする。


その夫のほうがもし「カミさんがいないといろいろ不便だ。日々の世話をしてくれる女性が必要だ」と考えて、そういうお世話係の女性を招き入れて、自分ひとりの家に住まわせたとしよう。


ここで重要なのは、「通い」ではなく「住み込み」という点だ。


お世話係の女性は、24時間その家にいる。


来客の応対なども、すべて彼女が行う。


その実態を見て、彼女のことを「二号さん」(死語)だと思わない他人はいないと思う。


さらに古い言葉を使うなら「蓄妾ちくしょう」かな。


その夫本人は「わたしとその女性との間に肉体関係はない。ゆえに愛人を住まわせていると見られるのは心外だ」などと口を尖らせて言うだろうが、そんな「事実」など、この場合は関係ないのだ。


疑わしいことをやっている、それ自体でアウトなのだ。


タネを明かすと、これは実話である。


その男性は、自分の専門分野には異常に詳しく、仕事には練達しているものの、いわゆる社会的な常識、文系的な教養には乏しいひとだった。


ロミオのカップリング相手がジュリエットであることすら知らなかった。


そんなひとだから、漢文の教養にはもちろん無縁であった。


もしその男が「李下に冠を正さず」という言葉とその意味するところを知ってさえいれば、世間の人々からそういう不名誉な評判を立てられることはなかったはずなのだが。


先人の言葉は日々の実生活の中で「ああこのケースが、それに該当するのだな」という気づきを得て、初めて生きて来る。


それをその「ことわざ科(仮称)」で、教えていくのだ。実例を考えていくケーススタディによって。


そういう教科の講師だったら、十分引き受けられる自信が私にはある。


言葉の知識の量というよりも、実人生のドロドロ、グチャグチャをひと一倍見聞きしているという点において、だけどね(笑)。


小説執筆においても、ことわざは大いなるインスピレーションの源なのだ。


古より伝えられ残ってきた言葉にこそ、永遠不滅の真実がある。


ことわざ舐めんな、である。(この項・了)

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