そんな友情なら、いらない?

最初に断っておくと、きょうの話は100パーセントの実話である。


そしてこの一文を、題材として書かれた本人が絶対読まないという保証はない。


ただ、その男は私のペンネームもおそらく知らないだろうし、後でも触れるように、彼は私の書いているものに興味を持ってここまで読みに来るとは絶対に﹅﹅﹅思えないタイプなので、おそらく何の問題も起きないであろう。


いや、万が一、読んだとしても構わないとさえ、私は思っている。


そして、この記事を少しは反省の材料にしてもらいたいとまで思っている。



その男と私は、まぁいちおうは「友人」と言えるのだろうな。


なにせ40年以上関わりあっていて、何十回となく会っており、さらには彼の(最初の)結婚の披露パーティの司会役まで務めさせられたのだから。


でも、今となっては「友人」関係を返上しても構わない、という気分ではある。


彼とは大学入学時に、教養のクラスが同じということで知り合った。


専攻に進んでも、同じ科になった。


つまり、大学4年間はベタで関わりあうことになってしまった。


彼は地方の公立高校出身だった。


その高校では極めつけの秀才のひとりだったのだろう、とても自信家だった。


「謙譲の美徳」ということばなど彼の辞書にはなく、自分が誰よりも優秀であると信じて全く疑わない、そんな男だった。


承認欲求がひと一倍強く、他人をマウントしなくてはいられない、そんなヤツだった。


東京のトップ進学校出身のクラスメートさえも、小馬鹿にするようなところがあった。


そういうかなりクセのある男ではあったが、特にハンサムでもないし、キザっぽいところも無かったから、私はさほど嫌いではなかった(当初は)。



もちろん、たまに不愉快なことを私に言うこともあった。


彼の関わっている同人誌になにか書くよう求められて私が書いた、ビリー・ジョエルのコンサートレビューをけなされたりとか、専攻の学科連中と行った合宿で、入浴している時に「腹が出ている」と言われたりとか、である。(もっとも今は、かつて痩せ型だった彼もしっかりお腹が出てしまい、むしろ私の方がスリムになっているぐらいなのだが)。


しかし、その程度のことなら一時的にムカッと来るぐらいで、根本的に彼のことを嫌いになりはしなかった。


「強気で口が悪いのは、ヤツのキャラ」と割り切って付き合っていたからだ。


大学を卒業し、彼はとある大手の印刷会社に、私は出版社に就職した。


広い意味では「同業者」になったのである。


そうして、細々とではあるが友達付き合いも続いた。


その後彼は、4、5年もすると印刷会社を辞めた。


強気な性格の彼は「会社に見切りをつけて、コピーライターになることにした」と言った。


転職することに微塵みじんも不安を感じていない彼に、私は驚いた。


約40年前の就職氷河期に、文学部と言う最も就職に不利な学部からメジャーな会社に入れただけでも相当ラッキーなのに、それを惜しげもなく手放すとは。


なんという命知らず。


相当な自信家か、そうでなければ相当世間知らずの愚か者だ。


たぶん、彼はその両方だったのだろう。


私はといえば、勤めている出版社の人事政策にかなり不満を抱いていたものの、辞めた時に待ち受けているであろう生活苦を考えると、とても簡単に辞める気にはならなかった。


彼のほうは、転職したコピーライターの仕事がラッキーにも(彼自身の意識では順当に)軌道に乗り、大学で同じ専攻だった女性と結婚した。


私も彼女と知らぬ仲ではなかったので、結婚披露パーティの司会役までやらされる羽目になったというわけだ。


その後、彼の大学時代の友人(同時に私の友人でもある)が当時の成長産業、ゲーム業界でそこそこ稼いでいた縁から、彼もコピーライターの枠を越えて、ゲームやCGなどにも手を染めるようになる。


1990年代、一時期はバブリーに荒稼ぎして、ふたりは毎晩のように六本木で豪遊していた。


私も何回か一緒したものだ。


だがそのうち、彼からの連絡がぱったりと途絶えた。


数年間、何の連絡も無かった。


そして、再び連絡が来た時に、彼はこう言った。


「かみさんとは別れた。


自分の会社も閉じた」


ゲームバブルも終わり、会社も立ち行かなくなったのだ。


「金の切れ目が、縁の切れ目」で、奥さんとも離婚したのだろう、私はそう察して深い事情を尋ねることは控えたのだった。


健康も害していたようで、いつになく精彩を欠いていた彼を見て、「ようやく人生の壁を知ったようだな、この男も」と私は感じた。


経営者から一介のライター(兼いろいろ)に戻った彼はその後、ほどなく再婚する。


最初の結婚であれほど痛手を負ったのに、懲りないヤツだなぁと私は思ったが、彼にはどうしても伴侶が必要なのだった。


自分のことを手放しで「すごい、素晴らしい、最高」と賞揚してくれるパートナーが。


彼は最初の結婚時、2度目の結婚時を問わず、こう言って自慢したものだ。


「俺のほうが、かみさんよりはるかに料理がうまい」


もちろん、それ以外のあらゆる知的分野で奥さんより優れているのは大前提で、そういう本来は「女性の領分」である料理にまで女性以上の才能を発揮しているのだと言いたいわけである。


第三者から見ると、どうでもいいバカみたいな自慢なのだが、本人は大真面目にそう主張する。


私は「はぁ、さようですか」と答えるしかない。


再婚してからの彼は(以前もその傾向は多少あったが)自分または身内の自慢話が頻繁に出るようになった。


自分の親戚が創った会社が、いま国内ナンバーツーのあの自動車会社だという自慢に始まって、彼の地元では「名家」なのであろう実家の自慢、そしてもちろん自分の仕事のスキル自慢、さらにはプロモーションビデオを手がけた縁で知り合った有名ミュージシャン(バブル期にメジャーヒットを飛ばしていた)との交友関係の自慢、そんな愚にもつかない話ばかりするヤツになってしまった。


今の自分のステイタスには不満足なので、レトロスペクティブな方向の自慢に自然と向かうのであった。


自慢話とともに、鼻につくようになったのが、女性紹介という名の「親切の押し売り」だ。


自分が再婚すると心にゆとりが出来たのか、10年あまりの結婚生活にピリオドを打ってひとり身に戻った私に「結婚はいいぞ、もう一度結婚しろ」とばかり、こちらは頼みもしないのに知り合いの女性を紹介してくる。


それも互いの相性をよくよく考えた結果とはとても思えない「余り者同士、くっつけてしまえ」的なイージーさで勧めてくるので、とてもまともに取りあう気が起こらない。


2度くらいは「とりあえず会うだけ」という感じで話に乗っかってみたが、彼のあまりの恩着せがましい口ぶりに私がキレて、結局話を白紙にしてしまった。


以来、その手の話はすべて最初から断るようにしている。


一度か二度、彼がポロッと言ったことばに、彼の私に対する根本的な姿勢があらわれているので、挙げておこう。


「◯◯(私の本名)は友達が少ないからな」


「友達の少ない◯◯と付き合う俺は、貴重な存在なんだから」


そういう「付き合ってやってる﹅﹅﹅﹅」みたいな「上から目線」を向けられた日には、やってられません。


お情けで付き合って「いただこう」などと、誰が思うものか。


互いに対等でない友人関係とか、ありえない。


「もう、彼にこちらから近づくのはヤメにしよう」


そう考えるようになって3、4年が経過した。


彼から「近くに寄るついでがあるから」という連絡があったので一度、私の勤めていた会社(今は定年退職)の近くでお茶を飲んだのが最後かな。


2年ほど前のことだ。


その時も、彼は一方的に自分の話しかしなかった。


私のことなど、尋ねようともしない。


私は確信した。


この男は、自分のことにしか興味がない。


自分のことしか、愛していない。


世の中には自分より優れている人がいるなんて、かけらも思っちゃいない。



「自分以外のすべての人間は、自分を褒め称えるため『だけ』に存在する。


友達とは、好き勝手にじぶん自慢をすることが許される相手のことである」


そんな身勝手な考えを持つ彼ではあるが、私はまだ完全に彼と絶縁できたわけではない。


こちらは意図的に連絡を絶っていても、そのうち彼が再びこういう風に言ってくるだろうことを私は知っているのだ。


「ごめんね、コロナとかいろいろあって、かまってあげられなくて﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅


つまり、彼は「たまには◯◯をかまう」ことを私の数少ない友人としての責務であると意識しているのだ。


私があれだけ彼に文句を言ったり、キレたりしたにもかかわらず、だ。


そこがまぁ、彼の持つ唯一の美徳というか、可愛らしいところだと言えそうだ。


本人はまったく意識していないだろうが(笑)。


私には正直言って、そういう「かまってあげないと」という感覚はない。


彼といつ、今生の別れになっても淋しくはない。


あのうざったい、話を聞くたびにウンザリする男に、自分から連絡して会うなんてことは、これからもないだろう。


その事実を知った時、彼はどう思うのだろうか。


激怒して「きみとは絶交だ!」というのだろうか。


それとも「まぁそう言うな、長い付き合いなんだし」と言うのだろうか。


気になるところではある。(この項・了)

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