カセットテープ
私は家で原稿書きをする時は、たいていBGM(注1)を流している。
最近ではローリング・ストーンズの全盛期(60年代後半〜70年代半ば)のアルバムが多いのだが、それらをCDではなく、mp3プレイヤーに外付けのスピーカーを付けて聴くことがもっぱらである。
私のリスナー歴は50年をゆうに超えるので、音楽を何のメディアで聴くかというのは、ちょっとした歴史になる。
物心ついた頃、私の家には3種類のオーディオ機器があった。
もちろん、わが親どもが買ったものである。
ひとつめは、アンサンブルステレオと呼ばれた一体型のステレオ。
コロムビア製でレコードプレイヤーとAM・短波・FMラジオが搭載されているタイプだ。
録音機能はない。
ふたつめはナショナル(注2)のAMラジオ。
これは据え置き型。
なぜか上部に蓋が付いていて、タバコとかアクセサリーが入る仕様だった。
みっつめは、オープンリール型のテープレコーダー。
これもナショナル製だったかな。
このみっつは、親が買ったものの、彼らは日常あまり音楽を聴かないものだから、買って4、5年後からはほとんど私のおもちゃと化していた。
小学校の高学年になると私はそれまで聴いていたグループサウンズや加山雄三などの日本の音楽に物足りなさを感じるようになり、AMの深夜放送でジャズやロックやソウルを聴き始めた。
それでも、それらの放送を録音して何度も繰り返し聴くということは、ほとんどなかった。
オープンリール製のテープレコーダーが、あまりに使い勝手が悪かったからだ。
1本のテープをケースに入れてしまうと、その体積はCDケースの3倍くらいになる。
そんなかさばるもので、テープのコレクションを作ろうとしたら、いくらスペースがあっても足りない。
だから、録音に対するモティベーションはまったくわかなかったのだ。
が、中学校に入学したあたりから、その状況も大きく変わった。
カセットテープ、正確に言えば「コンパクト・カセット(テープ)」が、私の音楽メディアの中心となったからである。
カセットテープ(以下カセットと略)は、オランダのフィリップス社が開発した規格で、60年代後半から世界中に爆発的に広まった。
音質的にはオープンリールにだいぶん劣るので、業務用録音には向かなかったが、エンドユーザーにはその使い勝手の良さから瞬く間に普及し、オープンリールレコーダーを持たないユーザーをも巻き込んだ。
オーディオの「大衆化」の立役者となったのだ。
もし、カセットの誕生がなければ、オーディオはごく一部の人々のオタクな趣味のままだったかもしれない、とさえ思う。
私は中学入学の時にお祝いを兼ねて、語学学習機器としてソフト付きのカセットレコーダーを買ってもらった。
語学ソフトは旺文社、ハードウェアはコロムビア製。
LL(ランゲージ・ラボラトリー)と銘打たれたそのシステムを使って熱心に英会話を学んだものだったが、それ以上に熱中したのが、ミュージックカセットを買ってきてロックを聴く、ということだった。
親としては学習機材を与えたつもりだったろうが、実は本人的にはそういう趣味としてのユースのほうに力点があったのである。
初めて自分の小遣いで買ったカセットのロック・アルバムは、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの「バイユー・カントリー」と「コスモズ・ファクトリー」、そして「レッド・ツェッペリン登場」だった。
それらを何度となく聴いたものである。
だが市販のミュージックカセットは1本だいたい2千円。
高価なので、中学生にはおいそれと手が出ない。
そこでカセットレコーダーで高音質のFMを録音するという手を取るようになる。
いわゆるエアチェックだ。
中学から大学までは、買ったカセットやLPよりも、このエアチェックした音源が圧倒的に多かった。
まぁ、カネはないがヒマだったのである。
大学を卒えて就職してからは、ラジオを聴いたり、エアチェックをしたりする時間はまったく無くなる。
そのかわり金銭的余裕が出来たので、ミュージックカセットを買うようになった。
就職して5、6年後までは市販のミュージックカセットばかり買っていた記憶がある。
和ものでは山下達郎、村田和人、濱田金吾、飯島真理、大貫妙子、松田聖子など。
洋ものではホール・アンド・オーツ、アース・ウィンド・アンド・ファイア、ポリスなど。
しかし、カセットとの長い蜜月も、終焉を迎えつつあった。
CDが普及して価格も下がり、特にプレイヤーが値ごろになって来たことから、さすがに切り替えどきかなと考え、80年代後半、ナショナルの携帯用CDプレイヤーを購入したのだ。
割引きのつてがあったので、3万円台だった。
それ以降はミュージックカセットを買うことは、ごく稀になった。
が、それでもカセットとのお付き合いは細く長く続いた。
レンタル屋で借りて来たCDを、カセットにダビングするというかたちで。
そして、過去のカセットを聴き直すというかたちにおいても。
70年台に買ったソフト、あるいはエアチェックしたものはさすがに音質的にきついものがあったが、80年代に買ったソフトはまだ十分聴けた。
だから、カセットとの付き合いはまだしばらく続くとばかり思っていた。
しかし、2000年代に近づくと予期せぬ変化が訪れる。
MD(ミニ・ディスク)の登場である。
明らかにカセットより高音質、かつ小型軽量の録音メディアが登場し、私も「これからはMDだ。カセットじゃない」と目移りしてしまったのである。
実際、2000年前後を境に、CDダビングによるカセットの数は激減している。
そうして、しばらくはMDにCDをダビングしていたのだが……。
数年後のある時、同じ会社の新しもの好きな後輩に言われた。
「これからはmp3プレイヤーの時代っすよ、センパイ」
そしてiPodの初代機をちらつかせたのだった。
そう、2001年以降、MDさえもさらに乗り越えた究極のコンパクトオーディオの時代が押し寄せようとしていたのだ。
私は後輩にそう言われたものの、さすがにMDを捨てる気にはならず、その後しばらく使っていたのだが、いま思えば単なる「意地」だったなという気がする。
結局、世の中の流れはよりコンパクトでモーター駆動によらない(従って長寿命の)再生機器を求める方向に、突き進んでいった。
数年後には私も白旗を上げ、mp3プレイヤーを購入した。
中国製のバッタモンだったが。
以来使い続け、今は3台目(3代目?)を毎日稼働させている。
そして約20年前からカセットは、私の音楽生活の表舞台から完全に去ってしまったのである。
とはいえ、15年以上かけて買い続けたミュージックカセットは、結構な本数となっていた。
試聴盤やダビング、エアチェックものなども含めると、その数、ざっと500本以上!
これら全てを捨ててしまうのは、どう考えてもしのびない。
苦労して音楽を作り上げた過去のミュージシャンたちにも、呪われそうだ。
これまで使ってきたカセットレコーダーあるいはデッキは、全てモーター部に寿命が来て使えなくなっている。
このままではあんまりなので、せめて1回は聴き直して「テープ供養」としようと、先日、新しいラジカセを買い直した。
オーム電機製のやつである。
それを使って、少しずつ、過去買ってきたカセットを聴き直しているのだが……。
想像した以上に、音質があかんかった。
ちゃんと聞こえるのはベースラインくらいで、他のパートはモヤがかかったような音質だったりする。
もう、AMラジオ以下。
音楽として楽しめるレベルではない。
それも50年前のツェッペリンならまだしも、30年前の松田聖子、いやいや20年前にCDからダビングしたSMAPまでそんなありさまなのである。
つまり、テープから磁気データが相当飛んでしまっている。
嗚呼……。
カセットという音楽メディアは、どうやらその構造ゆえに長期間のうちには音質の劣化は避けられないもののようなのである。
こうなったら、しかたない。
テープで持っていた音源のうち、本当に再聴に値するものはCDで買い直すか、あるいはユーチューブで聴くかしようと考えている。
まずは、松田聖子のシングル全曲集をアマゾンでポチろうかなと考えている私だ。
私の音楽人生において、もっとも身近な存在であったカセットテープ。
深い感謝の念とともに、その臨終を見とってやりたいと思っている。
*注1:バック・グラウンド・ミュージックの略。
注2:現在のパナソニック。
〈追記〉(2021.7.1)
最近、親の家に行く機会があり、その時にそこにあったCDカセットレコーダーで、自分が40年以上前にエアチェックしたテープを何本かプレイバックしてみた。
さぞかしヒドい音で再生されるだろうと思っていたら、なんと、録音当時とほとんど変わらない音質で聴けたのである。
これにはビックリ。すべてのカセットテープが、経年と共に音質が劣化していたわけではなかったのだ。
つまり、ハードウェアによっては、テープの質の劣化をほとんど感じさせないくらい、まともな音質で再生出来るということだ。
現在自分が所有しているレコーダーは、およそ高級品とは言えない廉価品だったので、ガッカリするような音しか出なかったわけだ。
それを知ってからは、かつて膨大なテープ群にもまだまだ出番があるのだと、気を取り直している。
うっかり全部処分したりしなくて、本当によかった(笑)。(この項・了)
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