Sunday Frivolous Talk(日曜閑話)
さとみ・はやお
親ががり
「親ががり」という言葉がある。
これに関連する言葉として「親の
いずれにせよ、死語と言って差し支えない「昭和以前の言葉」だろう。
その昔、義務教育より上の、中・高等教育を受けられるのは、全体から見れば一、二割程度のごく少数派だった。
戦後まもない日本では、義務教育の範疇となった新制の中学を卒業すれば、なにがしかの仕事に就職するのがマジョリティだった。
が、戦後日本の経済復興、高度成長にともない、親の世代にも資金力が出来てきて、自分が受けられなかった中・高度教育を子供に受けさせることが、親たちの目指すところ、いわばステイタス・シンボルとなっていった。
子供の側と言えば、自分の親が「せめて高校くらい出ておけ」あるいは「できれば大学も出てほしい」と言うから、つまり親の側のリクエストにより上級の学校に進学するのが一般的になってくる。
本人はなぜ高校まで行くべきか、大学も出るべきかなどろくに考えず、「親が金を出してくれるから行く」というわけだ。
本来、義務教育以降の教育は、よほど裕福な階層の子弟でない限り、自分が受けたいと希望して受けるものであり、その学費も自分で稼ぐなり、誰か援助者を得て初めて受けられたものだったが、戦後日本においては「親によって与えられるもの」になった。
そこで、かつて自分が苦学して学校を
私事で言うなら、私の父方の家系はおおむね昔ながらのかたちで「自ら希望し、自分で学費を稼ぐなどして」高等教育を受けて来たという経緯がある。
曽祖父は地方の師範学校を出て、旧制小学校の教師となったが、師範学校自体が将来公立学校の教師になることを前提にして安い学費で教育を受けられる、というシステムなのだ。
卒業後自衛官になることが前提での、格安な防衛大学校の学費、みたいなものである。
その息子である祖父も、最初はノンキャリで地方の役所に勤めたのだが、一念発起して上京、昼間勤めをしながら私大の夜間部で学び、中央官庁にキャリア組で就職している。
父は、その父親が旧植民地の上級官僚として羽振りのよかった頃はまさに親ががりで旧制中学・高校と進み、大学まで進学したのだが、敗戦で父親が貧乏役人に戻ったとたんに学費や生活費の支給を打ち切られ、やむをえず2年間代用教員の仕事で貯金してから復学し、新制の大学を卒業したという経緯がある。
だから僕も大学に通っていた頃、父に何度か言われたものだ。
「親ががりで大学を出ることを、さも当然の権利だと思わないで欲しい」
「お前は(わたしや父に比べると)とても幸運なのだ」と言いたかったのだろう。
僕はといえば、口に出しこそしなかったが『そうは言っても、僕の周囲の連中で、自分で大学の学費を稼いでいるなんてヤツ、いねーよ』と心の中では舌を出していたという記憶がある。
僕もその後そこそこ歳をとってみて、今ではさすがにそんな不遜な考えを持つことはない。
高等教育は、親の思惑によって受けるべきものではない。
それが自分の将来にとって必要であるかどうかを判断した上で、自分自身の意志で受けるべきものである。
となれば、その費用もまた、自分が稼ぐなり、親から借りるなりして捻出するべきなのである。
「T大に子供全員を合格させた母親の手記」みたいな本がよくベストセラーになる。
要するに子供をうまくその気にさせて、有名大学合格というターゲットに向かわせる「餌付け」方法を伝授しているのだと思う。
だが、「本来、自分の進路は自分で決めなくてどうすんだよ、子供たち!」という思いが、僕にはある。
子供は、親のプライドを満たすためのアクセサリーなどではない。
親を喜ばせるために、子供が存在しているわけではない。
50年近く昔、某有名大学の入学式に、入学生ほぼ全員の母親がみな着物姿で参列している写真を見ていたく戦慄を覚えたものだが、今それをどれほどの人間が感じられるだろう。
もはや、誰もおかしいとは思っていないのかもしれない。
いま僕が「LOVE & LEARN ー教えてモブ先生ー」という小説を書いているのも、そういった世間の風潮、親が大学へのレッドカーペットを全部敷いてやる、戦後の日本社会に対する疑問によるところが大きい。
いわばこの作品は、父の繰り言のたまものなのかもしれない。(この項・了)
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