9.いつ死ねるのか
それからまた変わらない日々が続く。ある時俺は、自分で作ったカルボナーラをナツミと分け合いながら訊いてみた。
「なあ、俺は本当に死ぬのか。もう一週間以上だぞ」
もっと早く終わるのだと思っていた。肉体から魂を取り出す為に側に居るのだから、こんなに長い期間一緒に過ごす事になるとは全く思ってもいなかったのだ。
「死ぬ事は確かです。いつかは云えませんが」
「ふうん」
空になった食器を片付ける。ついでに、居間と台所の境に置いてある体重計に乗ってみた。……減っている。
ここ数ヶ月増える一方だった体重が、明らかに減っていた。多少なら誤差の範囲だと思うが、そう云えばナツミが来てから徐々に減っていた様に思う。
側に浮くナツミを見る。ナツミは不思議そうに瞬きをしながら俺を見返していた。
これは、まさか、憑りつかれて、憑り殺されそうになっているのでは。
いや、いや、まさかな。
内心にて首を振って否定する。だが、天使に会った者の七割は病んでしまったと云う話と、その時天使が死因なのではないかと考えた事を思い出してしまった。
シンクに食器を置いて蛇口の水をかける。ちらりとまたナツミを見る。そうして、こいつになら憑り殺されても良いかもしれないと、そう思った。
どうせ死にたかったのだ。死にたいのだ。けれど自分で自分を殺す事も出来ずに生き永らえてしまっている。死因が衰弱でも、病死でも、何でも。自殺以外で死ねるのなら良いと思った。
そうだ、俺は死にたいのだ。ここ暫く、ナツミとの会話が、食の共有が、楽しくて忘れかけていた。気が紛れていたのだ。そんな程度で忘れる死にたさだったのか。そう思うと鬱々としてくる。
「どうしたのです。水、止めないのですか」
ナツミの声にはっとする。皿の上のカルボナーラソースは、もう跡形も無くなっていた。
慌てて水を止めて、パソコンの前へ戻る。ナツミは居間でテレビの前に座り、俺がながら見している番組を集中して見ようとしていた。
俺はメモ帳を立ち上げ、ここ数日書いていなかったナツミとの記録を書こうとした。書こうとして、漫画や、テレビや、俺の趣味の話ばかりしていて、わざわざ書き起こす様な事でもないと気付いた。一先ず今日の事を記してみる。死にたさを忘れていた件を書く。
その合間にナツミを見ては、憑り殺すのなら早くしてくれないかな、と思った。
と、ここまで書いてしまえば今はもう書く事が無い。
俺はケータイで天気予報を確認した。今日はあまり気温が上がらないらしい。午前中の内ならそう暑くないだろう。判断して、俺は着替える事にした。
「出かけるんですか」
脱衣所から出て来た俺に気付いたナツミに、うんと頷く。テレビ番組は丁度終わった所だった。消す。
「……ナツミ?」
玄関で靴を履き終わった時に、側にナツミが居ない事に気付いた。居間を覗き込むと俯いた彼女が居る。どうしたのだろう。
ナツミは俺の視線に気付くと顔を上げ、淡く微笑んで
「何でもありません」
と云って、ふよふよと側に寄って来た。俺はこの事をケータイのメモに残して、あとでパソコンのメモ帳に記して保存する事にした。
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