8.一緒に食べよう

 それからは代わり映えしない日々が続いた。

 俺は外に出ず、家でぐだぐだと時間を過ごした。話し相手が居る分、以前よりは充実した時間を過ごしている気にはなっていたが、ナツミは酷く退屈だった事だろう。

 ナツミが来てから四、五日経ったある日、俺は外出する事に思い至った。

『ナツミは移動速度的に自転車について来れるのか』

 最早当たり前になったパソコンによる筆談。ナツミは頷いて答える。

「はい、時速六十キロくらいまでなら追えます。その速度を超えても十メートルも離れれば、私はあなたの移動地点に現れます」

『瞬間移動みたいな?』

「はい」

 成程成程、じゃあ俺がチャリに乗っても問題無い訳だ。

『ちょっと外に行こうと思うんだけど、良いか』

「私がここに来てから初めてですね。勿論構いませんよ」

 返答を聞いて、パソコンをスリープモードにして着替える。財布やケータイを鞄に突っ込み、暑くなりきらない内の午前十時少し前、俺は自転車に乗って出かけた。

 向かう先はケーキ屋だ。少しお高いが家からそう遠くない事もあって、家族の誕生日など、年に数回買いに来ている店だった。

 そこでチーズケーキを二個とアップルパイを二個買って帰宅する。気温は大分上がっていた。

 皆仕事でこの日家には祖母しか居らず、その祖母は俺が出かける前は経を上げていたが、今は自室でテレビを見ている様だった。なので俺は普通にナツミに話しかけた。

「眠る事が可能なら、食べる事も可能なんじゃないか」

 この家に来てから、ナツミは何も口にしていない。

「……ええ、まあ、可能ではありますが」

「ここのケーキ、美味いんだ。特にアップルパイは最高」

 台所に向かい、箱を調理台に一先ず置いて、やかんで湯を沸かす。沸くのを待つ間にグラスを二つ用意した。そして保温ポットにある朝母が沸かして行った湯でティーポットを温める。

「……あの、それはつまり、同じケーキを二個ずつ買ったのは、私の分と云う事ですか」

「そ」

 頷いていたらやかんがピーッと鳴いた。一分程沸かしっぱなしにして、ティーポットの湯を捨てティーバッグを入れてから勢い良く湯を注ぐ。そしてすかさず蓋をした。

 ナツミは戸惑った様子で俺の側に浮いている。

「ですが、私は食事を必要としません。栄養になりません。血肉になりません。つまり――丸っきり、無駄になります」

「これは食事じゃなくて娯楽だよ。友達と一緒に美味しい物を食べる。それのどこに無駄がある」

「……友達?」

「みたいなもんだろ。何日もずっと一緒に居るんだし、友達以上かもな」

「友達……」

 グラスに氷を目一杯入れ、ティーポットから紅茶を注ぐ。それを二回やって、アイスティーを二つ作った。それを持って居間に行きテーブルに向かい合わせに置く。

 台所に戻って中くらいの皿を二枚取り出し、箱の中のアップルパイとチーズケーキを出して置く。フォークを二つ出して皿に添え、それを持って改めて居間に戻った。

「はい、お待たせ」

 グラスの横に皿を一つずつ。俺はソファとテーブルの間に腰を下ろし、ナツミには向かいに座る様促した。ナツミは大人しくそれに従う。

「頂きます」

「……頂きます」

 俺が手を合わせると、ナツミもそれを真似し、俺がケーキを口に運ぶと、ナツミも怖々とそれを真似た。そして、

「――美味しい」

「だろ」

 ナツミにも味覚があるのだと分かって、俺は何だか嬉しくなった。

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