5.ナツミ
「食事を必要としないなら、睡眠も必要としないのか」
「本来は必要ではありません」
天使の云い方に引っかかりを覚え、眉を顰める。
「本来は?」
「ヒトと同じ時間を生きる間は、我々も睡眠をとります。夜の退屈と孤独は精神衛生上良くありませんから」
とらなくても死にませんが、と天使は云う。
「不思議な存在だな」
「我々からしたら、人間こそ不思議な存在です」
「でも、生き物は程度の差こそあれ皆基本的には眠るぞ」
「我々はそもそも生き物ではありませんから」
「それはどう云う――」
「秘密です。我々の事を深く知るのは、人間には良くありません」
俺はそう云われて黙り込んだ。
だが、睡眠をとる事が可能で、精神活動もあるのなら、生き物ではない、なんて事あり得るのだろうか。それともやはり、俺の妄想の産物なのだろうか。
「分からん。分からん事は考えないのが一番だ」
首を左右に振りつつそう呟くと、天使は美しく微笑んだ。
「あなたは比較的賢い部類の人間ですね」
「……それ、褒めてる?」
「一応」
「何だかなあ」
だが、どうせいつか人は死ぬのだ。そして俺は……医者にしか云った事が無いが、死にたがりなのだ。希死念慮と云うモノにいつも苛まれている。だから、死と云う終わりが辛うじてでも見えた事は、俺にとってはこの上無い救いだったのだ。
死にたいのなら死ねば良いのかもしれない。しかし俺は、死にたいと思う一方で、死を忌避しても居た。医者からも「死ぬのだけは駄目だよ」と云われいてた。だからいつも自殺企図までで自分を止めていた。メンがヘラった人間は約束を重んじる傾向にあるのだ(個人の感想です)。
それはさながら、出口の分からない迷路で延々と彷徨う様なモノだった。だからこうして、例え妄想かもしれなくても天使(の様な存在)から「死」を告げられた事は、漸く迷路に出口がある事を知らされた様なものなのだ。
「さて、俺はまた仏間でパソコンに向かうけどお前はどうする」
「仏間と云う事は家族がいらっしゃるのでしょう。会話も出来ませんし、私はこちらに居ます」
「そうか。……お前、と呼ぶのも何だな。名前は無いのか」
「個体識別番号ならあります」
「味気無いなあ。……ちなみに何番?」
「J-00723です」
「じぇいぜろぜろななにーさん……七、二、三……ナツミでいっか。全然ナツミっぽくない容姿だけど」
金髪碧眼、胸は見た感じD、ウエストは綺麗にくびれ、身長は俺よりちょっと高くて百七十無いくらい。睫毛ふぁっさーの美女が、ナツミって。せめて外国人っぽい名前の方が良いんじゃなかろうかとも思うが、発想が貧困なのと外国人の名前に関する知識が無いのとで思い付かないのだ。許せ。
天使を見ると、きょとんとしていた。
「それが、私の名前ですか」
「嫌なら自分で考えてくれ」
「いえ……いいえ。嬉しいです」
微笑む天使改めナツミは、例え様も無く美しかった。
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