4.死因の七割は天使説
「ああ、食った食った」
呟きながら階段を上がる。食後すぐ動くのは億劫だったが、天使を待たせているのだ。俺の妄想かもしれないが、あんな美女を待たせてのんびりパソコンをしている訳にもいくまい。
戸を開けると既に陽が沈み暗くなった室内で、天使の輪が薄らと光っていた。
天使がこちらを向く。
「お帰りなさい。すき焼きは美味しかったですか」
後ろ手に戸を閉めて、壁のスイッチで照明を点ける。天使は眩しそうに目を細めていた。
「ただいま。大満足だわ。ところでお前は腹減らないの」
「我々は食事を必要としません」
「ふうん」
布団の枕元で膝を抱える彼女から少し距離を取り、布団の足元に胡坐をかく。
「で、俺はいつどうして死ぬかも分からないまま、お前がずっと側に居ると」
「ご理解頂けた様で何よりです」
「ご理解はしたけど納得も許可もしてないけどな」
「そんな!」
天使はショックを受けた様子だ。目を丸くして、かと思えば眉をハの字にして恨めし気に俺を見る。
「側に居るなと云う事ですか」
「拒否出来るのか」
問うと、天使は伏し目がちにして首を左右に振った。
「そもそも離れられないのです。私はもうあなたに紐付けられました。十メートルも離れられません」
「……お前も災難だな」
「これが仕事ですから」
「ふうん……」
天使は布団の上に正座で座り直し、土下座する様に頭を下げた。
「そう云う訳で、これから暫く、宜しくお願い致します」
「……まあ、少なくとも家の中に居れば別の場所に居ても大丈夫って事だよな」
「はい」
天使は頭を下げたまま頷く。
「て事は、俺のプライバシーは最低限守られるって事だ」
「ええ」
また天使は頭を下げたまま頷く。
俺は後頭部をぽりぽり掻いて、大きな溜息を吐いてから、
「分かった。分かったから頭を上げてくれ」
と云った。すると天使はばっと顔を上げて俺の方に身を乗り出し、顔を近付けて来た。
「良かった……暫くの間同居状態になる相手と険悪にはなりたくありません。あなたが友好的な人で良かった」
「……ちなみに、過去にどんな人が居た?」
「私を幻覚と決め付けて話もしてくれずどんどん病んでしまった人が七割、」
死因は自殺か?
「私を天使と崇めたのが二割、」
まあその見た目だからな。
「私を死神と罵ったのが一割、」
死ぬから迎えに来たと云われればな。
「あなたの様な対応は正直云って初めてです。まさか私や自分の死より、食欲を優先するなんて」
「生憎まだ生きてるもんでな。腹が減るんだよ」
「七割の人が食欲を失くしていたのに……」
やっぱり死因:お前なんじゃねえの。
「まあ、それが俺の特殊な面、って事なんじゃねえの」
天使は目をぱちくりとさせ、それから薄っすらと微笑んだ。
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