「どうかな? 似合うかな?」


「ぅ、うん! とっても似合うよ!」


「どうして言いよどむかなぁ」


「……そ、っちのほうが似合うかなぁって」


「やっぱりぃ!? 私もどっちにするか悩んでてさぁ!」


 これ見よがしに壁にかけていた服を指差すと分かり易いほど簡単に話はそらされた。決めたら誰の意見も聞かないほど猪なくせに、決めるまでに時間がかかるのは姉の悪い癖だ。


「んー……、でもこっちのほうが好きかな」


「あの人の好みはお姉ちゃんのほうが詳しいと思うし」


 あの人のことをお姉ちゃんと話したくはない。

 詞お兄ちゃんが死んで、弱ったお姉ちゃんをだまし取った人。自分の兄が死んだというのに、チャンスだと考えて行動するような人。


 でも、彼の話にあたしは乗っかった。


「じゃあ、こっちにしよ!」


 選んだのは、真っ白いワンピース。

 お姉ちゃんらしい。いや、高校生くらいからのお姉ちゃんらしいチョイスだった。


「そういうのが好きなんだ」


 確かに如何にも女の子な衣装だし、ああいう性格悪い人は好きなのかも。


「え? さぁ、どうだろう。でも、きっと好きだよ」


「うん?」


 お姉ちゃんの返事はどこか変だったけど、幸せそうな顔を見たら聞き返すことも出来なかった。


 詞お兄ちゃんが死んだあとのお姉ちゃんはひどかった。

 生きる気力がないっていうのがああいうことだと理解した。最初は腫物扱いをしていたお母さんも、段々とイライラするようになっていって、結局最後までお姉ちゃんに付き合ったのはあたしとあの人だけ。


 お母さんを責める気はない。最初から腫物扱いだったことも含めて言いたいことはあるけれど、それが悪いことだとは思わない。

 きっと、誰も悪い人はいない。悲しいことがあるだけなんだ。


 あの日から。

 あの人がお姉ちゃんを騙して偽物の手紙を読ませた日から、お姉ちゃんはどんどんと元気になっていった。


 行かなくなった大学にも行って、辞めてしまったバイトの代わりを探し始めて。そして、あの人と付き合いだした。


 騙している。

 でも、あたしとあの人が言わなければバレることはない嘘。


 仮に、元気になったお姉ちゃんが手紙のことに気付いても、いまはあの人が居る。言う通り、きっと支えてくれるだろう。


「お姉ちゃんが元気になって……、詞お兄ちゃんも天国で喜んでいるね」


 いつもなら言わない言葉。

 決してお姉ちゃんの前で出さない人名を出してしまったのは、本当にうっかりで。騙している罪悪感から逃げたかっただけかもしれない。


「天国になんか居ないよ」


 だから。

 首をかしげたお姉ちゃんに違和感を覚えてしまった。


「お姉ちゃん?」


 禅問答をしたいわけではない。天国を信じているとかいないとかをとやかく言う気はない、だってあたしは日本人だから。

 でも、お姉ちゃんの反応はどこか。どこかおかしくて。



 違う。

 思い出として心の中に居るわ。


 そんな小説のような話じゃない。


 だって、笑うお姉ちゃんの瞳は。


「詞はね。私しか読まないメールとかだと、葵ちゃんって書くの。小さい頃みたいに」


「ぇ」


「だから、あれは奏が書いたものよね」


「そッ!!」


 バレていた。

 バレないはずがないと言っていたのに。バレずに騙せたと思っていたのに。


「分からなかったんだ。葵ちゃんの部分以外、本当に詞だったから」


 じゃあ、どうしてお姉ちゃんは元気になったの。

 嘘だと分かっていて、どうして。


「じゃあ、奏でも良いよね」


 どうして。


「私は詞の手が好き」


 笑っているの。


「私は詞の声が好き。私は詞の瞳が好き。見た目は奏と詞は瓜二つで、ずっと中身は似ているだけだと思っていたけれど、詞の通りになることも出来るなら。それはもう彼が詞だということよ」


 明日のデートに着ていく白いワンピース。

 奏お兄ちゃんが好きかは分からない。でも、詞お兄ちゃんの好みであるのは間違いない。だって。高校生になってお姉ちゃんが詞お兄ちゃんにアタックするようになってから着始めたものだから。

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