奏
「最低」
居るのは分かっていたけれど、随分と近くに居たものだ。
「冷蔵庫に温かいまま入れると痛むぞ」
「余熱が取れたら入れてなんて今のお姉ちゃんに言えるわけないでしょ」
「すぐ俺が来るのに?」
疑問詞を組み込んだ言葉に返ってきたのは、小石だった。
「上手くいったよ」
勝気な瞳が似ている。けれど、似ているだけの顔。
双子だった俺とは違う。血のつながりを感じる。それだけの顔。
「お姉ちゃんは……、あんたのものじゃない」
「今はな」
何を言われようとも、この作戦を知って止めなかった君に俺をとやかく言う資格はない。あったとしても、聞く気もない。
子供の頃は姿も中身も瓜二つだった俺たちが、成長するに連れて瓜二つなのは姿だけになっていく。中身も似ているとよく言われはするが、それは似ているであって瓜二つではない。
だから、
兄貴に彼女が出来る度に、出来るように手を回した度に。諦めようとする葵の背中を何度も押したのに。結局あいつらは付き合った。
ようやくだ。ようやく、兄貴が死んで俺にもチャンスが回ってきたんだ。
「詞さんのフリをして手紙を書くなんて」
「親父たちにだってバレない自信があるね」
唯一の問題は、葵だけ。
でも、弱ってしまったあいつはもう俺と兄貴の区別がつかなくなっていたから。腹の立つことだけど、利用できるなら利用する。飲み込むものを飲み込んで、欲しいものが手に入るならなおさらだ。
「あとでバレたら」
「それまでに俺があいつを支える。何度も話して、君だって納得したことだろう?」
大好きなお姉ちゃんを助けるために、君は俺の手を取った。
「バラすならどうぞ? でもその時は、それからのことを考えてからにしてほしいね」
「……ッ」
情けないだけの話だ。
俺と
適当に兄貴のフリをして書いた手紙のくだらないどこにでもあるチープな内容であいつが救われた。それだけの話。
でも、良いんだ。
やっと。
葵が手に入るのだから。
我慢し続けた。
好きなものも我慢して、それでも三人で居ることを固執したのは、そうしなければ葵と一緒に居れなかったから。
俺たちは三人じゃない。葵と詞。そこに奏が居るだけ。二人と一人だ。
ようやく。
二人だ。
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