そりゃ体調が悪かったけどさ

『聞いて! 僕、ヒーローになったかもしれない!』


 爛々と瞳を輝かせながら僕が言う。

 その場にいた友人の一人から『どういうことだ?』と尋ねられると、それを待っていたと嬉しそうに語り始める。


『この前のことなんだけど世界が一瞬止まったんだ! でもその中でね、僕だけが動けたんだよ。もうこれは僕に特別な力が宿って、ヒーローになれって言ってるに違いない!』


 純真無垢にそう信じて疑っていなかった。アニメの影響を受けていたのもあるが、他人にはない特別な力とはイコール良いものだと思っていた。

 だから、友達の言は僕に衝撃を与えた。


『はあ? 何言ってんだお前』

『……え?』

『だから、何ふざけたこと言ってんだよ』

『それな。そんなことある訳ない』

『そ、そうだよね。僕も最初はそうだと思ったんだ。でもね、もう何回も経験して――』

『じゃあ今目の前でやってみてよ』

『…………できない』

『なんで? やっぱり嘘ついてたのか?』

『違う! でも、できないんだ。時止まりは突然に起こるから、そのときじゃないと』

『ほら嘘だ』

『嘘じゃない!』


 僕は怒鳴った。そのことにその場は静かになり、誰かが呟く。


『こいつ、頭おかしいよ』


 そこからは連鎖だった。


『夢と混ざってんじゃないの?』『現実の境目がないってこと?』『えーと、つまり?』『馬鹿だってこと』『確かに』『急に起こるしな』『嘘ついていた方が悪いのに』『逆ギレだ』『ヒーローだって。アホだなあ』『アニメの見すぎ』『ほんとそれ』



『『『狂ってる』』』


 友達の目は真っ直ぐに僕を貫き、視界が暗転する。





「もう、違うんだよな」


 見知らぬ天井を見て、寝ぼけ眼にも独白する。


「何が?」

「っ!?」


 身を起こして声の主から下がると壁と衝突した。頭を押さえ呻いていると、思いっきり笑われる。


「何やってんの」

「だって、誰もいないと思ってたから」

「ほお。それは残念だったな。だが今の時間帯に起きたのが悪い。お寝坊さんめ」


 昨日紹介を受けた同年代の梅岡うめおか凛雄りおという男は、親しげに話しかけてくる。戸惑いながらも「今何時?」と問う。酷く空腹でもう昼にはなっていそうだ。


「九時だ」

「へえ。あんまり経ってないな」

「いいや。もう二日は寝てるぞ」

「は?」

「よっぽど疲れてたんだろうなあ」


 あっけらかんな様に、ああそうなのかって納得。するはずない。


「僕が二日も?」

「おう」

「そりゃ体調悪かったし、へとへとにはなってたけどさ。……マジ?」

「マジマジ」


 一頻り打ち拉ぎ、それから「そうだ!」とずいっと前に体を寄せる。


「あれからどうなった?」


 なんとも抽象的だが意図は伝わった。


「うーん。長くなるから、先に飯食ったら?」

「後ででいいよ。気になるんだ」

「いや、先に飯だ。大丈夫だって。急がなくっても後でちゃんと教える」


 そして、彼はさらりと言ってのける。


「だってお前は仲間になったんだからな」


 ◒



「小沢くん!」


 伊織さんは会って早々、安心したと言わんばかりの笑顔だった。直ぐに心配に切り替わり、あれやこれやと聞いてくるが具合はもう万全だ。医者のお墨付きもある。

 後で臨検調査をするようだが、それは時止まりでも動ける者全員が対象である。そう、今僕を囲む皆がそうだ。


 昨日、違った。前々日もある程度の人数にされたが、今回はより圧巻だ。何十人もいてじろじろと観察される。

 気後れしていると「何やってんだ、お前達。散れ散れ!」と呆れの混じった声が発せられる。


「隊長さん?」

「なんだ、その言い方」


 ふっと笑われ、顔色を見られながら「もう大丈夫なのか?」と問われる。


「はい。ご心配おかけしました」

「泥のように眠っていたからな。元気になったんなら安心だ。今から説明か?」

勇哉ゆうやが解放されるんなら、そうなります」


  凛雄が今だ大勢の視線があるのを迂遠にも指摘すると、隊長が一睨みして蜘蛛の子を散らすように逃げていった。



 今後の進退も兼ねた話だから、と伊織さんも加えて移動する。だから室内には僕、凛雄、伊織さん、隊長で占めている。


「勇哉は直ぐにベットに直結で今だからなあ。何から聞く? 俺らのこと? 自分の身に起きたこと? 変な動物のこと? 」

「初っぱなから効率悪そうだな……」

「仕方ないですよ、いつも俺が説明する担当じゃないですし。何から話したらいいか分からないですもん」

「じゃあ俺が説明しておくから、凛雄は訓練でもしてこい」

「え、それは駄目ですよ。俺が後でちゃんと教えるって言ったですから。……まあ、サボりたいのもあるけど」

「本音が丸聞こえだぞ、お前って奴は……」


 なんとも仲がいい遣り取りだ。伊織さんと顔を見合せると、「皆こんな感じに仲がいいよ」と教えてくれる。


「で、どうする?」

「じゃあ……時止まりについてから。お願いできるかな」

「りょーかい。てか、時止まりって言ってんのか」

「……安直過ぎるよね」

「別にからかってる訳じゃないぞ。俺らは名称なんてつけてないからな。ただ、その時止まりができる俺ら自身のことを『適合者』とは言われる」


 口内で慣れぬ言葉を反芻する。疑問がありありと表情に表れていたのだろうか。「適合者だぞ、適合者」と繰り返す。


「それはやっぱり時止まりに対する適合なの?」

「それも含まれるが、一番は認められたから、の意味合いが強いな」

「誰から?」

「地球」


 なんか壮大な話になってきた。だが、時止まりの現象からしてそもそもそうか。


「時止まりはな、適合者を見つけ出すためのもんらしいんだ。学者じゃないから詳しいことはさっぱりだが、優れた人間を見出だし、後の者はふるい落とす」

「それを行うのが、あの鯨だってこと?」

「姿を見てたんだな。あれ以外にも色々いるぞ」

「私達が見た犬とか、聞いた動物の鳴き声とかがそうなんだって。後は蛇も」


 僕は伊織さんが噛まれた腕を見る。包帯でぐるぐる巻きであるが、内実は異常ないらしい。


「じゃあ伊織さんはそのときにはまだ適合者じゃなかったから、蛇に襲われたってこと?」

「それについては特別な事例だ。別の話として長くなるから、一旦置いといてくれ」


 壊死の心配はないってことだから、僕としては苦言はない。


「じゃあ話を戻すぞ。っと、どこまで言ったんだっけか」

「適合者以外はふるい落とすところまでだよ。聞きたいんだけど、なんでそんなことするの? 地球にとって、人間が増えすぎたとか?」

「知らね。地球は言葉が通じねえもん」

「……えっと、じゃあなんで地球が根元だって分かったの?」

「件の動物とかが、なんの変哲もないところでぱっと誕生するから」


 疑問でいっぱいになった僕に隊長が補足してくれたが、凛雄の言葉通りだった。

 本当に変哲もない、例えば地面からぽこりと発生するのを確認されているらしい。つまり、生命の繋がりなく生まれた。なんだそれ。


「地球が根元ってのはなんも証拠はない。生物学の現状やどこかにとんでもない天才がいない限り、有力な説になっているだけだ」

「原因よりも今は対処で精一杯だからなあ。混乱が起こるとかどうとかで人手が全然足りないし。適合者の人数が少ないってのもあるけどさ」

「秘密結社ってこと?」

「その響き、いいね。でも残念。がっつり政府が関わってるから不採用」


 それについては直ぐに納得した。だって今いる場所は地下空間だ。広大な面積を人が暮らせるようになっていて、メンバーである適合者だけで建設したよりも現実味がある。

 コンクリートで固められた壁は真新しいとは言わないまでも、綺麗な状態であった。

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