ツキがなさすぎるだろ

 幸い今日は金曜日だった。放課後になったら直ちに学校を後にする。勿論速くなりそうな歩みはゆっくりを心掛け、目立つようなことはしない。


 向かう先は駅だ。普段利用しないので切符を買うのに戸惑ったが、そのお陰で丁度ぴったりに電車がやって来る。乗り込むと人は疎らだった。座席は空いているが、扉付近で立つ。

 最終的な目的地は海だ。なぜかと言われると僕自身でも答えられない。方向だけが決まっている中、その先に海があると知った。それからというもの、漠然と行き先が海になっている。ほんと、なんでだろう。


 下車までは二駅分だが、呑気にぼうっとはしない。窓の外を注意深く眺める。わざわざ立って電車に揺られているのはその為で、覗き込む必要がないからだ。

 そんな意気込みだが、特にこれといった異常はない。当たり前だ。僕が探し出したいのは時止まりでも動ける同胞である。通常通りの時の流れで見つけ出せるはずがない。

 だが、それを言ったら終わりだ。こうして海にまで赴く意味がない。


 頭の片隅のマイナス思考に引かれて翠黛へと向かっていく鴉に目移りしていると、反対側の色彩がパッと変わる。惹かれて見遣ると紺碧が窓を占めていた。つまり海である。



 晴天白日なのでなんとも景色がいい。駅のホームで暫く佇む。僕は知らずの内に海に魅せられていたかもしれない。幼い頃から馴染みのあるものだが、感銘している自分がいる。

 波のざわめきが心地よい。感触も味わいたくて海水に手を伸ばす。ひんやりと冷たく、肌まで透かしている。波浪が立つ度に陽が移り変わり、だが煌めきはそのままだ。


 体の重さで容易に形を変える砂浜も楽しんだところで、濡れた靴下の気持ち悪さから当初の目的を忘れていることに気付く。これじゃあ何しに来たのか分かったものではない。

 冷静さを取り戻して異常はないかだけ確認し、その場から離れる。海は魔性だ。間違いない。一人遊びに羞恥をもたず夢中になっていたのがその証左である。


「何にもないなあ」


 分かっていたことだ。体を突き動かす衝動は押さえられなかった僕はやはり無駄だったと思ってしまう。

 今朝のことは夢だったのではないかと逃避する。希望を抱かないことは楽だ。昨日までの堕落な自分が囁き、今日の行動的な自分も肯定する。


 だがしかし、諦められない。僕は海から遠ざかって見ていく。本当は時止まりを海辺にて経験してみたいが、これまで一日に二回も生じたことはなかった。ただ待つだけならば、電車賃も多少は浮くし帰宅も兼ねて回った方がいい。

 ちなみに直線でないにしろ海、自宅、学校の並び順である。一駅分は歩いて頑張った。明日は確実に筋肉痛である。


 そんな体を引き摺って、再び挑戦する。今日は完全フリーだ。巡っていないところを中心に探していく。勿論見つからない。ただ自宅周辺以外の時止まりを期待し、歩いているだけである。

 その次の日はバイトで数時間日常に消費する。余りを捜索に当てたが、筋肉痛の負担を増やしただけに終了する。もう止めたい。課題をこなすのを忘れてたことが発覚する。尚止めたかった。


 だが、それでも諦めはしない。もうやめようと思うが続ける。どうも僕は自分で思っていた以上に、時止まりに対する現状から抜け出したかったらしい。海のことといい、本当の自分を見つけ出してしまう。探しものはこれじゃあないのにな。



 そうして気付けば二週間経っていた。

 学校やバイトは一度たりとも休みはしなかったので、体が悲鳴をあげる。体調が悪く、微熱が出ている。それでも僕は町へ繰り出した。

 きっと、もうすぐ時止まりが来る。年月が過ぎるにつれ、周期は短くなっていき、ごく最近は一週間に一度は起こっていた。

 今回は長いようだが今日にも来るはずだ。確信に似た何かがある。それは当たった。


「ここで、か……」


 車内で熱い溜め息をつく。これでは人目があり動けはしないし、窓が閉じられているから音が発生したとしても聞こえづらい。

 なんて運が悪い。誰かがそうなるよう仕向けていると思える程、僕に都合が悪い状況だ。ガンガンと頭痛の鋭さが強くなる。電車の揺れも祟って具合の悪さは最高潮だった。


 迫り上がる吐き気を口元を押さえ耐える。眼だけ動かし異変を探す。何もない。それはいつも通りだ。ただそれしきのことでへこたれるな。

 扉付近の手摺で体を支えていたが、奮起虚しくしゃがむ。床の汚れを厭わず寝転がりたい気持ちになるがそれだけは駄目だ。あまりに常識外れすぎる。


 体勢を正せば多少は不調が改善するだろう。

 俯いていた顔を上げる。窓の奥、何かが動いたと気付けたのは偶然だった。

 フェンスの上に少女がいた。キョロキョロと辺りを見渡す大きな瞳と矮躯な体躯が目を引く。


 今にもフェンスから落ちてしまいそうだ。


 鈍い思考や想像していた獣姿でないから、僕は動きを停止させていた。少女と視線が一瞬合って我に返り、パクパクと口を開閉する。どうか、気付け。

 少女は一旦首を傾げてから、あっと言ったのだろうか。指差さされ、僕は縦に頭を振る。それに対し、相手はバランスを崩し慌てる。それ見たことか。


 僕は落ち着くのを待った。顔が綻ぶのが止められない。これは決して少女を笑っている訳ではない。同胞がいたことへの喜びだ。しかも言葉を交わせる人間。これはツキが向いてきたのではないか。


 何を話そう。まずは他にも同胞はいるのか、次点に時止まりという摩訶不思議な現象についてか。互いについても知り合わなければならないだろう。


 時を見計らったところで、僕はジェスチャーで次の駅で降りることを示そうとした。これで通常の流れに戻ったとしても、交流はとれるだろう。だが、こんなときでも時は無情だった。

 慣性で体が後方に倒れる。ふらついている間に少女は取り残されてしまい、見る見る姿が見えなくなった。

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