第6話

 5分ごとにやってくる「変身」には、3日もあれば慣れてしまった。それよりも、あの雛酉さんが僕の彼女だという事実のほうがいつまでたっても慣れない。あこがれの美少女が、おじさんを成仏させるための条件とはいえ、僕の彼女になるなんて。授業中に僕が雛酉さんのほうをみると、流れるような黒髪の奥にある瞳と目が合ってしまった。すぐに僕らは恥ずかしそうに目をそらす。なんだこれ、安っぽい青春ドラマみたいじゃないか。


 僕はまわりを見回して、このもやもやした気持ちを抑えようとした。周りの奴らは僕と雛酉さんの関係に気づいていないだろうな。もしバレて冷やかされたりでもしたら、もう僕は学校に来られなくなる。


 幸い、僕らの関係には誰も気づいていないようだった。チャイムが鳴ると、雛酉さんからメッセージがきていた。




『今日、一緒に帰らない?』




 すぐに僕は隣を見る。雛酉さんはうつむいていて表情はわからないが、耳が真っ赤だ。昨日までモブキャラだった僕にこんな青春がきていいのだろうか。




※※※




 いいわけがない。夕日の沈む街角。僕と雛酉さんは手をつなぐか、つながないかギリギリの距離をたもちながら下校していた。傍から見れば、初々しいカップルにしか見えない。しかし今僕の目には、恥ずかしそうに両手をすり合わせる和男さん(雛酉さん)の姿がみえている。




「ご、ごめんね。あと5分だけ待って」




 世界一長い五分間がはじまった。僕は手汗をズボンで拭いながら、和男さんの姿から雛酉さんに変わるのを待った。なるべく隣をみないように。ごつごつした男らしい手を見てしまわないように。




「うん。大丈夫」




と言ってはみたが、正直僕の精神は崩壊寸前だった。さっきから5分ごとに手をつないで、はなしてを繰り返している。雛酉さん(和男さんの姿)の時間があまりに長く感じられて仕方がない。これからずっとこのままなのか。雛酉さんの全てを受け入れなくては、雛酉さんの彼氏として失格ではないか。




「やっぱごめん。雛酉さん、手をつなごう」


「えっ?」




 僕は強引に雛酉さんの右手をさらった。これは美少女の手ではない、おじさんの手だ。でも雛酉さんの手には違いない。




「僕はこの手も好きだ。どんな姿になっても雛酉さんが好きなんだ」




 照れくささはもうどこかへいってしまった。雛酉さん(和男さん)は嬉し涙をこらえるような表情をした。




「羽生くん、ありがとう」




 夕日につつまれるなか、雛酉さんから光がはなたれる。そうして雛酉さんは美少女にもどる。このままあと5分。美少女の雛酉さんを堪能しよう。そして5分後、おじさんの雛酉さんも愛でよう。もし和男さんが成仏しなくても、雛酉さんを幸せにできるのは僕しかいない。


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5分ごとに××になる雛酉さん!? 藤 夏燦 @FujiKazan

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