帝国論理

「正気なのか?」

ウルシュクはそう言うのだ。疑う余地なんてないだろうに。

「あぁ、絶対的に正気だ」

彼は私のことを友人では無く調和を乱す敵だと思っているだろう。それでも構わない。悲しいが意思に基づくものならば。

「帝国だと....ふざけるな!今ではそんな国家体制等存在しない、それが帝国の敗北の証だ」

「ナチスが政権を取った時も『この国にもう民主主義は存在しない。それが民主主義の敗北の証だ』と言っていただろうね。そういうことさ。それに帝国を追放した結果がこの世界の惨状なんじゃないか?国家は誰しも自分に合った変革を迎えるのさ」

彼は押し黙っていた。私なりに数年間考えた結果だ。簡単に否定されるようでは困る。


「だけど、帝国は争いばかり起こして弾圧をしてきたんじゃないのか?それを実現しようなんて前時代的なんじゃないか?」

「『帝国とは悪である』という理論は何とも度し難いものだ。私はパクスオトマニカもオーストラリア=ハンガリー帝国下での多民族、多宗教の調和を否定できるほど痴呆でも薄情でもない。これらの帝国を解体したことで私達がいる中東では何回にも及ぶ中東戦争が起き、バルカン半島では分割された国家は併合を禁じられ、嘗て同士だった者同士でずっと殺し合いを続けているだろう?」


彼はまた黙り込んだ。本能的には否定したいが、思いつかないのだろう。彼は思いついたかの様にこう言ってきた。

「で、でも!民族自決というものがあるんじゃないか!それは否定すべきなのかい?民族を弾圧したら駄目じゃないか!」

「民族自決?そもそも民族とは何だい?血縁か?言語か?いや違う。民族とは文化であり価値観だ。私がすべての文化を容認する価値観を持った国家を作ればそれは民族となり解決するんじゃないか?」


ウルシュクは私を説得するのを諦めたようだ。どこか吹っ切れたような顔をして彼は私に問いかける。

「君の意思は相当硬いようだね。もう諦めたよ、一つ聞かせてくれ君はどのような国家を作りたいんだい?」

「あらゆる文化を容認する、寛容で偉大な世界帝国さ。美しいモザイク画のような国家...とでも言っておこうか」

「それが君の夢なんだね?」

「そうだ、これが私の意思であり理想であり夢だ。そして、我が『帝国』の『論理』だ」


彼は後ろで手を組み私の目を真っ直ぐ見つめる。

「僕は妻子もいるし現実主義者だからその考えには乗れない。勝手にしろとしか言えない。だけど、嘗て友人であったものの責任として、君が何か間違えたり失いそうになった時には僕はきっと君を止めにやってくる。連れ戻しにくるだろう。それだけは覚えていておいてくれ。本当は君と他愛も無い話をして笑えればそれでよかったんだけどな。それが君の変わらぬ望みなら仕方がない」

そう言って彼は小さな荷物を持ちアレッポの方へ歩き出した。

「いつか、君の意思のその先で会えることを願っているよ!アーシャ君!」

そんな捨て台詞を残して。


しばらく歩くと彼は突然振り返った。

「最後に一つ!どうして君はそこまで強い意志を持てるのかい!?」

彼は遠くから叫ぶ。

「私は損な人間でね!人の笑顔が見たいのさ!それにだ!理想を抱くのは持たざるものの義務だからね!」

私はそう叫び返した。


この言葉が彼に届いたかは分からない。だが、彼の背中は軽く、嬉しそうに見えたことは間違えない。私は一人の友人を失った。それはとても寂しいものだった。


だがこれも『帝国』実現への道なのかもしれない。どこかの指導者は言った。『我々が強いのは友人がいないからである』と。私も非感情的でなければいけないのかもしれないのだ。


私は荷物をまとめ始めた。私も動き出さなくてはいけない。まずはあの帝国の末裔の元に向かおうか。ああ水があまりない。アンカラまで行くことを考えると心細い。このオアシスで汲んでから進もうか。


「水汲んでおきましたが、要りますか?」

「カディロフさんいつの間に.....先程お目覚めに?」

「いや、ずっと前からですよ。随分と高尚な理想をお持ちで....感服しました」

カディロフはそう言い頭をかく。彼が居なければ私は変われなかった。そんな彼ともここでお別れだ。彼はそもそもチェチェンの人間であるし。何かを為すということがここまで孤独なものだとは。だが、それでも私は進もう。そう決心した。


「カディロフさん、今までありがとうございました。私はどこかに行きますが、いずれまた出会えることを願っていますよ」

私が、そう言うと彼はキョトンとした顔をした。

「どうしました?」

「帝国は国民なしでは成り立ちませんよ?皇帝陛下」

と、彼ははみかんだような顔で言った。最初意味が分からなかったが、意味が分かると恥ずかしくなり、恥ずかしさを誤魔化すかの様に笑いあった。


「ははは、私が『皇帝』とは....帝国ですから当然ですがいざ言われると嬉し恥ずかしですね。そして最初の国民がチェチェンの方とは皮肉なものです」

「いいではありませんか。今日から我々は****人ですよ」

「それもそうですね、ははは」

私達は飽きる程笑いあった。オアシスの鳥も煩く鳴いていた。


私達は進み始めた。私、カディロフ、そして黒猫のムスタの3人で。幾つもの困難が待っているだろう。だが、それさえも今の私、いや私達には乗り越えられる気がするのだ。


さあ進もう、寛容で調和の取れた世界を建設するために。

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