帝国之夢

人生で一番深く、恍惚だった睡眠は後頭部への衝撃で終焉を迎えた。

「......おい..........起きろ.........かえ......ぞ」

寝惚け、頭がクラクラとしている頭にそんな言葉が入ってくる。目すら明けるのが億劫でゆっくりと起き上がっているといきなり腕を引っ張られどこかに連れて行かれようとしているのだ。薄っすらと開いた私の目は次の瞬間瞬き、これ以上ない程見開かれていた。

そこにいたのは....私を連れ去ろうとしたのは......ウルシュクだったからだ。


「帰るぞ!こんなことしてどうなるのか分かっているのか!?君を心配して言っているんだぞ!ほら早く!」

ウルシュクは華奢な腕で私を引っ張るがびくともしない。

「あくまで帰る気はないんだな......やはり少年兵をやってた人間は違うねぇ....私も兵士になって少しは鍛えられたんんだが......根本的に筋肉質だ...一度も勝てたことが無いからね、君と住んでいた頃.....で、どうやったら帰ってくれるのかい?」

彼はそう言って私の手をより強く掴み、聞いてきた。やはりあの壁ができる前とは何か違うのだ。勿論基本的には変わらない。思い出は懐かしむし、優しさもある。だが、何かが違うのだ。言うならば.....そう、何か焦っているような気がするという感じだ。それに恐れもある気もする。何と言ったて今私の腕を握っているウルシュクの手は震えているのだから。そして、彼が最も恐れているのはこれであろう。

「そうだなぁ.....私が眠っていた時、何が起こっていたか知っていただろう?それを教えてくれないか?」

私がそう言うと、彼は手を震わせ不安そうに私を見る。一体その真実の先に何があるのだろうか。私は気になってしょうがなく催促するために指を鳴らした。

「あ、まあそうだよな。言わなきゃだめだよなぁ。あまり気にしないで欲しいけど言うよ?大衆戦線がずっと協力してきた民主アラビア戦線あっただろ?あれが裏切って攻めてきたのさ。捕虜は殺され、民衆は虐殺されて僕達は終わらぬ調停に失望して、平和を望む人間だけでの国をつくろうってなったんだ。仕方ないことだと思うし、悪いことでは無いだろう?君は何もやらなかったのだから死なずに済んだけど大勢の人があの裏切りで死んだわけだし」

ウルシュクは早口でそういった。これが私が求めた真実だとはどうしても思えない。私は思い出さなくてはいけない。壁から出てきた時感じたあの高揚のデジャブを

私の大脳はオーバーヒートしそうなほど、酷使され血管がドクドクと蠢くのは容易に感じることができた。自分の中である興奮が発現してくるのを感じる。嗚呼間違えない!私は思い出したんだ。あの興奮を!喜びを!


私はこう宣言した。

「ウルシュク君、忘れていたことを教えてくれてありがとう!」

「じゃ....じゃあ帰ってきてくれるよな.....」

私は彼を人生で初めて指で差した。

「だが、一つ教えなかったことがあるだろう!」

私がそう言うと彼の顔は今にも死にそうな程青ざめていた。

「その真実とは......私が嘗て英雄であったことだ!私はもう決して忘れない。数多の人を私が救ったことを!第3防壁を数百人の兵士からたった一人で守ったことを!生まれてこの方憎しみの道具として使ってきた銃で誰かを守れた喜びを!MGM3の斉射で敵を倒し続けた万能感を決して忘れることはない!」

ウルシュクは何か錠剤を出すと私に飲ませようとしてきた。私はそれを全力で遮り続ける。

「そんな風に私を遮ろうとしても無駄だ!君も世界も私を止めることはできない!私はもう陰鬱な人間ではない。たった一つの理想に基づいて行動する一人の戦士なのだから!」

正直まだこのテンションに乗れてはいない。かなり無理をしている。だけどこう宣言したことで何か変われた気がした。私は満ち足りた表情をしていただろう。ふと足元に目を落とすとウルシュクが逃さないと言わんばかりにしがみついていた。

「お願いだ、頼むから、頼むから考え直してくれ!」

「いいや、無理だね。それはできない。多分私がこの記憶を思い出せたのは私自身が変わるのを願ったからなのだろうだからそれを無駄にはできない」

ウルシュクには恐れと不安の他に憎しみさえも芽生えていた。

「そうさ、分かっていたさ。あの時女、子供、老人も救った君は絶対にこの世界も救おうとしてしまう!干渉してしまうんだ!でももう裏切りは見たくないんだ!だから僕達は閉じこもることにした!君にもその気持ちは分かるだろう?そうだ!裏切りはは福音だったんだよ!理想を捨てて現実的になろうという。僕達はそれに従い勇気を持って決断したんだ!だから.....お願いだ.....一緒に狭くても平和な世界に暮らさないか?」

彼は涙を浮かべていた。だが、私は決めたのだ。もう後戻りはしないしできなくするのだと。

「そのような勇気は後世では蛮勇とよばれるだろうね。それに、この私の意思は不可逆的だし、本物だ。もう自分の臆病さに嘆きたくはない!これより先、私は心理的に事故を放棄するなら生物的にも自己を放棄する!自分の意思を捨てるなら死んだほうがマシだ!それに君は悲しそうだったじゃないか?私に嘘を言う時。自分を偽るのはもうやめないか?ようやく気づいたんだ、この世に私は一人しかおらず、それは何よりも尊いということに」

「でもどうやってその意思を実現するんだい?それはおそらくできないだろう?意思だけ持っていてもどうにもならないのは分かっているだろう?僕は君のことを心から思って忠告しているんだ。これは警告だ。君のその意思とやらは必ず砕かれる。その意思は現実のものにはなり得ない。ならこのままの方がいいだろう。それがきっと幸せというものだ。さあ壁の中に帰ろう、またいつの日か意思と希望は芽生えるさ、案ずることはない、きっと、きっと大丈夫なのだから」


彼はたしなめるように甘い言葉を囁く。一瞬クラっとする。だが私は確信しているのだ。彼が「意思とやら」と呼んだ理想は実現できることを。私は長年抱き続けた「夢」を告白することにした。

「ウルシュク、君は今実現できないだろう、と言ったね」

「そうだ、だから一緒に帰るべきなんだ、僕達がいるべき故郷へと!閉じこもろう!無干渉でいよう!二度と世界平和を夢見るなんて過ちを繰り返さないようにしよう!」

彼はそうまくし立てる。そう言えば何とかなるかもしれない、と思っているのだろう。だがそれは間違いなのだ。

「私には意思もそれを実現する希望もある。父と母が死んだあの日、あの星屑が落ちてから唯一望むものがあるならば.....それは......それは.....帝国という存在の中にある。私は必ずこの手で帝国を作り上げる、容赦なく、断固として」


ウルシュクはさぞかし驚いていただろう。自分の手をつねり本当にそう言ったか確かめている様に見えた。誰しもが驚いていただろう。だが、これが数多の本を読み、この世界を見渡し辿り着いた答えなのだ。これが私の「夢」であり「理想」なのだ。

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