第四章

第45話 神域

 神域――


 この世界にはそう呼ばれる、神々が住う領域がある。

 ここはその一つだ。風神の加護を与える神がこの場所を支配している。


 そこにはに一人の女神がいた。緑色の髪をもつその女神は、まるで美を体現したような美しさを持っている。

 その女神こそが風神と呼ばれる神だ。名はアルウィーナ。


 ゆっくりと風を纏いながら目的へと歩みを進める。

 たどり着いた先には一人の女神の姿がある。翡翠色の髪を持ち、まるで芸術品のような美しさをもつ容姿は、まさに人間が想像する美しき女神の姿だ。

 規則正しい寝息を立てて寝ている姿でさえ絵になる程だ。


「アウラ起きなさい。アウラ」


 呼びかけるが起きる気配がまるでない。


「はぁ、仕方がないですね」


 ため息と共に指を鳴らす。パチンと心地よい音が響くと同時に、風が舞い上がる。

 アルウィーナの意思に従って動く風は、アウラを包み込むと、激しく揺さぶる。


「な、なに!? あわわわっ」


 激しく風に揉まれ、奇妙な呻き声を上げる。

 アルウィーナはアウラの目が覚めたことを確認すると、もう一度指を鳴らす。すると風が収まり、アウラふわりと地面に着地した。


「おはようございます」


「ア、アルウィーナ様……お、おはようございます?」


「もうお昼ですよ」


「すみません」


「最近のあなたの気の緩みは目に余ります」


 アウラの周辺には沢山の本が転がっている。

 彼女は読書が好きだ。ずっと読んであるせいで寝不足になっている。


「貴女はいずれ風神の名を継ぐ者なのです。そんな貴女がこんな状態では、私も安心して貴女に役目を任せられません」


 何も言い返すことができず俯く。自分でも良くないと言う自覚があるのだ。


「貴女は優秀です」


「え?」


 アルウィーナからの突然の賛辞に目を丸くする。


「貴女の力は他の子たちに比べると、明らかにレベルが違います。それに頭もいい。知識でも他の子たちを凌駕しているでしょう」


「あ、ありがとうございます」


「私は貴女に期待しているのです。だからこそ今の状況を看過する事は出来ません」


「うっ……」


「それに、貴女には一つだけ欠点があります」


「欠点……」


「貴女は加護を与える存在である人のことを知らないのです」


「えっ……でも私は……」


 周囲の本に目を向ける。そこにあるのは全て人間の手によって作られたものだ。物語から、歴史に関する本まで幅広い。人間のことについてなら知っていることも多いと思う。

 アルウィーナはまるでアウラの心を見透かすように目を伏せ首輪を振る


「それは知識として知っているだけです。本当の意味で人間のことを理解しているとは言えません」


 言葉には強い思いが乗っていた。


「私たちが加護を与える対象である人のことよく知らなければいけません。取り返しのつかない事態を引き起こしかねないのです」


 その表情は悲しげだ。

 アルウィーナは、かつて加護を与えた人間のことを思い出しているに違いない。

 その者は多くのものを殺して回り、悲しみを沢山生み出したのだ。その責任は加護を与えた自分にあると考えている。だからこそ、その過ちを繰り返さないために……


「貴女には人のことをもっと知ってもらいます」


「かなりの量の本は読んだと思います」


「本から得られるものなどごく一部です」


 アウラは嫌な予感がし嫌な汗をかく。


「貴女には下界に降りて、人間と時間を共にしてもらいます」


「へ? ……じょ、冗談ですよね?」


 アルウィーナその問いに笑顔で返す。冗談などではないことを悟ったアウラは焦り出す。


「ま、待ってください!」


「いいえ、待ちません」


 の言葉と同時にアウラの足元に巨大な魔法陣が出現し、浮遊感に襲われる。


「い、今!? 今からですか!?」


「早いに越した事はありません」


 突然の出来事に理解が追いつかず、口をパクパクさせている。


「ちなみに、下界に降りたら神の力のほとんどは使えなくなりますからね」


 なんでもないように言う。


「え!?」


「人のことを学んだと思ったら私が帰還を許可します。頑張ってくださいね」


「そ、そんな!? アルウィーナさまぁーー」


 アウラは神域から姿を消した。


「貴女の成長を心から期待していますよ」 


 そこにはまさに女神のような慈悲深い笑みを浮かべるアルウィーナの姿があった。


 ◆◆◆◆


 意識が覚醒し、ゆっくりと体を動かす。驚くほど体が重い。


 アウラは起き上がると周囲を確認する。

 木々が生い茂り人の気配は全くない。だが、風を伝って魔物の匂いが流れてくる。


「アルウィーナ様ったら酷いわ」


 神域に戻るためには、アウラの言う通り人間について学ばなければならない。

 どう考えてもこんな森の中に人がいるわけがない。まずは街を目指さなくては、人を学ぼうにも学べない。


「どうせなら街の近くに降ろして欲しかったわ」


 渋々アウラが歩き始めたところで森が騒がしくなる。

 その時だった。巨大な黒い塊がアウラに襲いかかる。


 焦ることなく腕を振り下ろすと、風の刃が出現し魔物を真っ二つにする。

 血の匂いが充満する。


「神の力が使えなくても問題ないかもしれないわね」


 神域から下界に落とされ、ゆったりとした生活を失ったが、今状況に少しだけワクワクしていた。

 足取り軽く、街を目指して進んでいく。

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