第15話 変わる運命

 目の前に突如現れたブラックグリズリーの姿を見て言葉を失った。


 なんで……だよ……。物語では一体だけだっただろっ


 先ほどの喜びが嘘のようだ。今あるのは絶望感だ。目の前の状況を受け入れることが出来ない。

 二体目がいるなんて聞いていないぞっ


 体を強く打ち付けたせいで上手く動かない。それに一体目のブラックグリズリーを倒すために使った罠はもうない。何もない状態であんな巨大な魔物に勝てる訳がない。


 クソッ!

 悔しさのあまり強く拳を握り、地面へと打ち付ける。

 その時だった。エリンが俺の前に、ブラックグリズリーと向き合うように立つ。その手には俺が持って来た剣が握られている。


「おい、何やっているんだよ!? 逃げろっ」


「アレスを置いて逃げられないよ」


「俺のことは良いから早く逃げてくれっ」


「大丈夫。アレスのことは私が守るって言ったでしょ」


 エリンの声は驚くほど落ち着いていた。


「頼む! 逃げてくれ。……頼むよ……」


 俺はエリンを死なせないためにここまで頑張って来たのだ。これじゃあ、俺が転生前に読んだ物語と同じじゃないか。

 俺がやったことは無意味だったのか? エリンが死ぬのは変えられない運命なのか?


 全身を無力感が支配する。

 頼む……俺を置いて逃げてくれ。


「アレス」


 エリンの方を見上げる。


「助けに来てくれてありがとう。今度は私の番」


 エリンが剣を構える。いくらなんでも子供が勝てる相手じゃない。


「私が時間を作るからその間に逃げて」


 そう言ってブラックグリズリーに向かって駆け出した。


 ふざけんなっ。助けるって決めただろ。死ぬな。エリン、死なないでくれ!!


 ふと、違和感を感じた。

 エリンの方を見れば、一瞬体が淡い光に包まれたような気がした。


 エリンが消えた。

 いや、違う。エリンはすでにブラックグリズリーの懐に入り込んでいる。一瞬見失うほどのスピードで一気に距離を詰めたのだ。

 エリンの振るった剣がブラックグリズリーの腕を切り飛ばした。


「グァァァァァァァァァァァァアアアア」


 大きな叫び声がこの場を包み込んだ。

 エリンは距離を取るともう一度斬りかかる。

 ブラックグリズリーの体に新たな傷が生まれる。


 エリンの攻撃は止まらなかった。そこから流れるようにブラックグリズリーに斬りかかる。その度に新たな傷が生まれていく。

 俺は自分の置かれている状態、痛みそれらを全て忘れて、目の前の出来事を食い入るように見つめる。


 すげぇ、なんて強さだ……


 ブラックグリズリーは何もすることが出来ず丸くなっている。

 このまま倒せるんじゃないか? そんな考えが浮かぶ。



 エリンが止めを刺すために大きく振りかぶり、剣を振り下ろした。

 その剣はブラックグリズリーの肉を切り裂く前に、爪によって弾かれた。


「なっ!?」


 その一瞬を逃さず、エリンに向け凶悪な爪を振り下ろす。躱すことが出来ず後方へ吹き飛ばされた。


「エリン!」


 俺の近くに折れた刀身が飛んでくる。

 ギリギリで剣で防ぐことが出来たようだが、剣が根元から折れてしまっている。これでは使い物にならない。

 傷だらけのブラックグリズリーがゆっくりとエリンに迫る。

 このままだとエリンが殺される。

 助けようとするが、体がいうことを聞かない。


 エリンとブラックグリズリーの距離がどんどん縮まっていく。エリンも吹き飛ばされた衝撃で動くことができていない。


 何も出来ず見ていたらあの物語と同じじゃねぇか。

 歯を食いしばり無理やり体を動かす。震える足を気合いで黙らせる。


「はぁ、はぁ」


 こんなところで諦めてたまるかっ、これまでやって来たことが全て無駄になる。

 折れた刀身を力強く掴む。刃が肉に食い込み、血が流れる。


「うぉぉぉぉおおお」


 叫び声を上げ走り出す。その時、体が不思議な感覚に包まれたような気がした。


 視界が広くなった。体の痛みも感じない。

 体が軽い、今ならなんでもできるような感覚だ。


 チャンスは一度だけだ。この折れた刀身をブラックグリズリーの首に突き刺してとどめを刺す。

 まるで狙った場所だけが光に照らされ、はっきりと見えるような不思議な感覚だ。


 一直線に走り、刀身を首目掛けて突き出した。

 刀身が深々と刺さる。肉を切り裂くような嫌な感じが伝わってくるようだ。

 俺の手も大きく切れ血が流れ出る。


「ガァァァァァッ」


 断末魔の叫び声を上げ暴れる。俺は動くことが出来ず吹き飛ばされた。


 エリンがダメージを与えていたこともあり、すぐに糸の切れた人形のように倒れ、地面を揺らした。

 しばらく動くことが出来ず、ただ目の前の光景を見ることしかできなかった。


「アレスっ」


 エリンが倒れ込むように俺に抱きついてくる。


「よかった! もうだめかと思ったよ……うぅ……」


 緊張が解けたのだろう。俺だって力が抜けて動けそうにない。


「エリンが無事でよかったよ」


「わだじぃ、あでずが死んじゃうのかとおぼって……」


「たしかに死ぬかと思ったな」


「ばかぁ」


 エリンの抱き締める力が強くなる。


「二人とも生きているんだからもう泣くなよ」


「ゔぅ……」


 エリンの背中に手を回し、そっと抱き締める。


「さぁ、帰ろう」


「……うん」


 俺たちは二人ともボロボロだ。お互い肩を貸し合いながら歩いていく。


「お母さんたちに怒られちゃうね」


「そうだな」


「怒られる時は二人で怒られようね」


「あぁ」


「剣も折れちゃったから謝らないとね」


「それも二人で謝りに行こう」


「ふふ、そうだね」


 若干の沈黙が流れる。


「ねぇ、アレス」


「なんだ?」


「助けてくれてありがと」


「……気にするな、俺も助けられた」


 俺たちは一歩一歩ゆっくりと村に向かって歩く。

 今回の事で気になることがある。エリンの強さや、あの時感じた違和感。

 それに色々と状況を整理したいし、これからのことも考えたい。

 だが、今はエリンが生きていることを喜ぼう。一つ理不尽な運命をぶち壊してやったのだ。


 今回の事は、俺だけの力で上手く行ったわけではない。アルデさんが訓練をつけてくれた事や、エリンがいたからだ。

 これから起きる悲惨な出来事も俺一人では乗り越えられなくても、エリンやその他のたくさんの人たちの力を借りれば、乗り越えることだってできるかもしれない。

 希望はある。その希望をつかめるように、俺は足掻き続けよう。 

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