第二章
第16話 お礼
森の一件からすでに一夜明けている。
森を出た俺たちは、父さんや母さん、アルデさんが居たことに驚いた。まさに俺たちを助けに行こうと森に入ろうとしていたところだった。
話によると、デル達が村の傭兵であるアルデさんに助けを求めたらしい。デル達から話を聞いたアルデさんは急いで村に出かける用意をし、さらに俺とエリンの両親に俺たちの状況を伝えたらしい。
アルデさんから話を聞いた親達は居てもたっても居られず森の近くまで来たそうだ。
森を出て父さんや母さんを見たとき、顔が青ざめていたのを今でもよく覚えている。
かなり心配をかけてしまった。
急いで村に戻ると、俺とエリンはすぐに手当てを受けた。アルデさんが持っていた薬をもらい、包帯で怪我した部分を覆った。
思ったよりも大きな怪我はなかった。強いて言うなら、手の怪我が一番大きいかもしれない。剥き出しの刀身を握ってブラックグリズリーに突き刺した時、俺の手もかなり切れた。その時は無我夢中で痛みなんて感じなかったが、実際はかなり深くまで切れており、骨まで達していた。
治療を受けた後、すぐに寝てしまった。自分でも気づかないうちに、かなりの疲労があったようだ。
今朝目を覚ました俺たちを待っていたのはお説教だった。
俺の母さんとエリンのお母さんからそれぞれ怒られたので、俺とエリンはかなり長い時間正座をさせられていた。
かなり心配をかけてしまったので甘んじて受けた。
そして少し意外だったのが、デル達がエリンに謝りに来たことだ。エリンは気にする必要はないと言っていたが、俺は正直許す気にはなれない。エリンを危険に晒したのには変わりないのだ。
まぁ、エリンが許したのに俺が色々言うのも変なので黙っている。
俺とエリンは怪我が治るまでは絶対安静を言い渡され、今は家から出ることも出来ていない。俺たちがまた何かやらかさないための監視もあるだろう。
それにしても、あの時の森での出来事を思い出してみると気になることばかりだ。
あの時のエリンの強さの原因はおそらく加護だ。
エリンは加護を持っている。今の俺には『分かる』
何故だか分からないが、あの時違和感を感じた時から、加護の気配を感じ取れるようになっていた。
恐らくこれは、高位の聖職者が加護を感じ取ることができるのと同じものだろう。
本来高位の聖職者のみが感じることのできる加護を、何故俺が感じ取ることが出来るようになったかのかは分からない。
今言えることは、加護を感じ取れると言うこと、そしてエリンからは加護の気配があると言うことだ。
たしかにエリンの身体能力はかなりのものだった。最初から加護を持っていたのだろう。
窮地に立たされたことによって、加護の力が覚醒したと言うことなのだろうか? 分からないな……
あの森の一件から、加護を感じ取れるようになったこと以外に変わった事がもう一つある。
俺にも加護があると言う事だ。
おそらくブラックグリズリーにとどめを刺そうとした時だ。あの時、体が軽くなり視界も広くなったように感じた。
追い詰められて極限状態になって引き起こされた現象かと思っていたが、実際は加護による影響だろう。
俺自身から加護の気配を感じる。
まぁ、今は考えすぎても何も答えは出ないだろう。色々試すにしても、家から出るお許しを得なくては行けないのだ。
エリンを救うことができたのでまずはひと段落だろう。
何故だか分からないが、作品の中では一体しか出てこなかったブラックグリズリーが今回は二体だった。そのせいで危うく死にかけたのだ。
救おうとして足掻いた結果、より危険な状況に陥ってしまった。不思議だ……
もしかしたらこれから起きる悲惨な出来事も、作品のものより酷いかもしれないのか……
そう思った途端に、背中に嫌な汗が吹き出たような気がした。
これからより一層頑張らないといけないのか……
「アレス? どうしたの?」
そんなことを考えていると、いつの間にか部屋に入ってきたエリンが俺の顔を覗き込んで来た。
「いつ来たんだ?」
「さっき来たばかりだよ。部屋の扉をノックしても返事がなかったから……」
いや、いつもならノックなんてしないで入ってくるだろ。
「それで? 俺に何か用があったんじゃないか?」
「え!?」
なぜか驚いたような声を上げる。
「違うのか?」
「えーと、そうなんだけど……」
歯切れが悪い。視線をふらふらと彷徨わせている。
いつもと違うエリンの様子にどうしたらいいのか分からない。しばらく待っていると、意を決したようにこちらを見る。
「あのね、昨日のお礼をちゃんと言おうと思って来たの」
お礼? すでに昨日言われてた。あらためて言う必要なんてないのに。
「昨日は助けてくれてありがとう。アレスが来てくれたから私は生きてるの。だから何かアレスにしてあげたくて……」
もじもじと言いづらそうしている。
「ママに相談して教えてもらったことがあるの」
「? う、うん?」
エリンの顔だけじゃなく耳まで赤い。
「そこから動かないでね」
そう言ってエリンが近づいてくる。そのまま、エリンの唇が俺の頬に触れる。柔らかい感触を頬に感じた。
「ッ!?」
いきなりのことで脳の処理が追いつかない。体が硬直して動かない。
「わ、わたし帰るね」
ものすごい勢いで部屋から出て行った。さすが加護持ちは違うな。
そっとエリンの唇が触れた部分に手を当てる。今でも感触が残っている気がする。顔が熱い。
俺は何も言うことができず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
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