第9話 お風呂

 たくさん寝たおかげで筋肉痛はだいぶ楽になった。まだ少し痛いが動くことはできる。

 8歳の体の回復力はすごいな。


 訓練のための身支度を終えた俺はアルデさんの元に来ていた。


「もう体は平気なのか?」


「はい、もう動けます」


「それは良かったな。それにしても、嬢ちゃんはなんともないのに、坊主は一日中筋肉痛で寝てたなんて情けないな」


 アルデさんがニヤニヤとこちらを見てくる。

 ぐうの音も出ない。おまけにお世話までされたのだ。


「訓練を始めるぞ。今日も前回と同じだ。行ってこい」



 走り始めは少し痛かったが、だんだん痛みを感じなくなった。

 ぐるぐると村の中を走っていると、村の人から声をかけられることがあった。子供が遊びもせず村の中を走り回っていたら不思議に思うだろう。

 もしかしたら、エリンは遊んでいるつもりなのかもしれないが……


 走り終えると今度は筋トレを始める。相変わらずエリンは余裕そうだ。互いにサポートしながら腹筋や背筋、腕立てを終わらせる。

 全部が終わったときには二人とも汗でびしょびしょだ。

 なんとなく前回よりも楽に感じることが出来た。



 家に帰ると母さんが風呂の支度をしておいてくれた。


「汗かいたままだと風邪ひいちゃうから、さっさとお風呂に入っちゃいなさい。エリンちゃんもついでに一緒に入る?」


 ……え? 今よりも小さい頃は一緒にお風呂に入ることもあったけど、次第にその回数は減ってきた。

最後に一緒に入ったのも結構前だった気がする。さすがにエリンも嫌だろう。


「いいんですか? 入ります!」


「ちょっと待て」


「どうしたの?」


「一緒に入るんだぞ、嫌じゃないのか?」


 エリンは不思議そうに首を傾げている。


「なんで? この前まで一緒に入ってたじゃん」


「そうだけど……」


「汗で気持ち悪いから早くお風呂に入ろうよ」


 エリンは全く抵抗がないようだ。信頼してくれているということなのだろうか? でも一応男だし……うーん。


「俺は、後で入るよ」


「何言ってるの、そのままでいたら風邪ひいちゃうよ。ほら! 早く」


 エリンは俺の腕を掴むのぐいぐいと引っ張る。


「自分で歩けるからそんなに引っ張るなよ」


 まぁ、エリンが気にしていないから別にいいか。俺だけが気にしても馬鹿みたいだし。

 服を脱いで風呂に入ろうとした俺はあることに気づいて、エリンから咄嗟に視線を外した。


「どうしたの?」


「い、いや、なんでもない」


 びっくりした。前回一緒に入ったときは気づかなかったが、今は見て分かるほど胸が膨らみ始めている。


「ほら、早く入ろうよ」


 どうしよう……一度気づいてしまうと、どうしても視線がそっちに行ってしまいそうになる。

 鉄の意思で必死に見ないようにする。


 ……うん、将来的にかなり大きくなると思う。


 いや、違うんだ! 勝手に視線が引きつけられちゃうだけなんだって! 男の子だから!


 体を洗って湯船に浸かろう。そしてさっさと出てしまおう。

 一心不乱に髪の毛と体を洗い湯船に浸かる。

 エリンも同じタイミングで湯船につかり出した。

 よし、湯船にも浸かったしさっさと出よう。

 立ち上がろうとするとエリンに腕を掴まれた。


「なんだよ」


「全然あったまってないよ。ちゃんとお湯につからないと風邪ひいちゃうよ」


 なんで母親みたいなこと言うんだよ。

 じっとこちらを見つめるエリンの目はちゃんと浸かるまで離さないと言っているようだ。

 俺は諦め湯船に浸かり直す。


「あったかくて気持ちいいね」


「……ソウダネ」

 意識を逸らさなくてはっ、こういう時は円周率を数えるに限る


 3.14159265358979323846264338327950288……


 これ以上は無理だ。

かなり覚えていたことに若干の感動を覚える。すごいな俺……

 中学生の頃に意味もなく円周率を覚えるのが流行った時期があった。

あれから結構時間が経っているが覚えているものだなぁ

 もう一回だっ、頭の中を円周率でいっぱいにしないと。

 何度も繰り返しているうちに、なんだか頭がぼーっとしてきた。視界がぐるぐると回る。

 これやばいかも

 そう思ったときには遅く、俺の意識は次第に薄れて行った。


「アレス!? どうしたの? 大丈夫!? アレスっ」


 ◆◆◆◆


 目を覚ますと視界には、自分の部屋の天井が広がっていた。


「あ、起きた。大丈夫?」


 そうか、俺はのぼせたのか……


「いきなり倒れるから心配したんだよ。それに運ぶの大変だったんだからね」


「ありがとう」


 外はすっかり暗くなっている。結構寝ていたようだ。訓練で疲れていたという理由もあるかもしれない。


「もう暗くなっているけど帰らなくていいのか?」


「おばさんに、泊まってたらって言われたから泊まることにしたの」


 俺たちはよくお互いの家に泊まりあっていた。

そのほとんどは、遊び疲れて寝てしまったという理由だが。親同士が仲がいいとこう言ったとき有り難い。


「起きたならちょっと詰めてよ」


 そういうと、俺のベッドの中に潜り込んでくる。


「おい」


 ベッドが一つしかないから、いつもエリンと一緒に同じベッドで寝ていた。


「なんか、ちょっと狭いね」


 エリンの顔がすぐ近くにある。エリンの目はとても綺麗だ。


「おやすみ」


 エリンは目を閉じる。すぐにエリンは寝てしまった。

 こういった無防備な姿を見せてくれるのは嬉しいが、変な男に捕まってしまわないかと、幼馴染みとして少し心配になる。

 色々と言ってやりたいが、それはもう少し先でいいだろう。

 まぶたが重くなってきた。俺ももう寝よう。

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