第8話 ベッドの上の攻防

 アルデさんとの初日の訓練を終えた次の日、俺はベッドから一歩も動くことができずにいた。


「――ッ、痛いっ」


 全身筋肉痛で動くと体に激痛が走る。

 アルデさんが今日の訓練は休みにした理由がやっとわかった。筋肉痛のせいで、まともに動くことができない。


 転生前、中学生になって初めての部活動で走り込みと筋トレをした翌日は、今と同じように筋肉痛で動くのが辛かったな。

 まぁ、あの時よりも今回の方がひどい筋肉痛だけど……あのときはまだ動くことができたし。

 そんなことを考えていると、母さんの声が聞こえた。


「アレス、エリンちゃんが来たわよ!」


 するとすぐに扉が開くとエリンが部屋に入って来た。

 昨日のような動きやすい服装ではない。以前エリンがお気に入りと言っていた、明るい色をしたワンピース型の服だ。


「おはよう 大丈夫?」


 顔だけエリンの方を向いて答える。


「おはよう、大丈夫な様に見えるか?」


 おはよう、と言ってももうお昼近い。


「大変そうだね」


 俺と同じ様に訓練をしたはずのエリンはピンピンしている。意味がわからない。


「アレスがベッドから動けないで寝ているって聞いたから、お世話しに来たよ」


「助かる」


 情けないが、本当に痛いのだ。


「任せて。ご飯もう食べた?」


「いや、食べてない」


 朝から痛みと闘っていたせいで食事どころではなかった。ちょうどお腹が空いたなと思っていたところだ。


「わかった。今、おばさんから何か食べ物もらってくるから待ってて」


 そう言ってエリンは部屋から出て行った。



 しばらくしてお皿を持って戻って来た。俺の近くに腰を下ろす。

 皿の中身は昨日の夕食の残り物のおじやだ。

 ベッドから起き上がれず、食事はおじや。なんだか病人の様な気分だ。


「ふー、ふー」


 スプーンですくい、食べやすいように息を吹きかけ冷ましてくれている。


「はい、あーん」


 俺の口元にスプーンを差し出してくる。

 寝ながら食事なんて行儀が悪いが、今は仕方ない。

 俺は口を開け食べる。


「どう? 美味しい?」


「うん」


「はい、もう一口」


 お腹が空いていたのでどんどん食べれてしまう。

 それにしてもなんだか餌付けされている気分だな。エリンは楽しそうだし、たまにはいいか。


 あっという間に全部食べ切ってしまった。


「おかわりいる?」


「もうお腹いっぱいだ。ご馳走様」


「お皿、置いてくるね」


 そう言って部屋を出て行った。



 エリンが戻って来てからは、いろいろな話をした。だらだらしながら話をしていたら、思ったよりも時間が経ってしまった。


「あ、ちょっと待ってて」


 エリンは何かを思い出したように部屋から出て行った。

 しばらくして戻ってきたエリンの手には、水の入った入れ物とタオルがあった。


「動けないでしょ? 体拭いてあげる」


「いや、それはちょっと……」


「いいから早く服を脱いでっ、汗かいているでしょ」


 エリンは割と強情なので、こう言ったとは抵抗するだけ時間の無駄だ。体も痛いし。

 もぞもぞとなるべく体を動かさないように服を脱ぎ、上半身裸になる。


「痛いから優しくしてくれよ」


「わかってるよ」


 優しく体を拭いてくれる。背中、腕、そして前の方と順番に拭いていく。

 体を拭き終わるとエリンにお礼を言った。


「ありがとう、助かった」


「え? 何言ってるの? まだ終わってないでしょ?」


「は?」


「下も拭くから早く脱いで」


 下!? 下も脱ぐのか!?


「もう十分だっ」


「ほら! 早くっ」


「嫌だっ、絶対に脱がない!」


「じゃあ、私が脱がしてあげる」


 いうが早いか、俺のズボンを引っ張る。


「おい! 馬鹿、やめろっ」


 必死に抵抗するが、筋肉痛のせいで上手く力が入らない。


 くそっ、ズボンを取られた!


 エリンはそのままの勢いでパンツも脱がそうとしてくる。


「さすがにそれはダメだっ」


「脱がないと拭けないでしょ、抵抗しないで!」


 拭く!? 一体どこを拭くつもりなんだ!?

 なんとしてでもパンツだけは死守しなくては。



 長い攻防の末なんとか守りきることができた。

 危なかった。あのまま脱がされていたら、人としても男としても何かを失っていた気がする。

 エリンのせいで余計に疲れた。


 筋肉痛を和らげるのには、軽い運動をすると良いって聞いたことがあった気がする。もしかしたら良かったのかもしれない。

 まぁ、軽い運動だったかといわれると疑問だが……


 エリンも帰ったし、もう寝よう。明日には治っているといいな。治っていなかったら明日もエリンに服を剥ぎ取られるかもしれない。下手をすれば、次はパンツを守り切れない可能性だってある。

 明日には筋肉痛が治っていることを願いながら眠りについた。

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