第403話 それでも…… その3
その後、リナが中心となって行った調査で判明した事は、恐らく彼女は産まれた時から悪魔に取り憑かれていたと言う事。
そして彼女と悪魔の魂は時間をかけてゆっくりと混じり合って行き……
魔王との戦いなどでの心労。
婚約を破棄された事による私への怒り、リナへの嫉妬と憎悪によって彼女の魂は完全に負の感情を糧とする悪魔の魂に塗り潰されてしまった。
もはや彼女の意志は存在せず、そこにあるのは宿主である彼女を身体を使い公爵家の力を利用して暗躍していた事をリナに暴かれ。
リナに対して憎悪の念を抱く醜い悪魔のみ。
当時は悪魔からリナを守らなければならないと言う事で頭が一杯だった。
悪魔となってリナに危害を加え、傷付けた彼女に嫌悪すら抱いた。
でも、今見せられている魔神レフィーの記憶……魔神レフィーが言う通りだ。
私のせいで彼女は悪魔となって……
「ぇ?」
バチィィィッ!!
薄暗い地下牢に音が鳴り響く。
突然地下牢に入れられて気を失っていた所に踏み込んできた男達によって頭上で両手を鎖で繋がれ……
『言えっ! お前の知っている事を全て吐けっ!!』
何とか足が届くと高さで立たされた彼女へと容赦なく、幾度も鞭が振り下ろされる。
気失う毎に水へと頭を押さえつけられて無理やり覚醒させられる。
『手間取らせやがって……仕方ない、明日からは拷問官を呼んで本格的な拷問を始めるぞ』
『『『『はっ!!』』』』
蔑んだ目で全身血だらけの彼女を一瞥した騎士が部下達にそう告げた帰って行く。
何を言っても聞き入れてもらえない。
激痛に悲鳴を上げれば煩いと暴力を振るわれる。
あの殿方達は何故こんな事をするのだろう?
何故私はこんな目に遭わなければならないのだろう?
ジクジクと凄まじい激痛に、絶望と恐怖に、彼女の血が地面へと落ちて弾ける音だけが響く地下牢で涙が彼女の頬を伝う。
「……んだ」
その日からも毎日続く拷問。
殴る蹴るの暴力、鞭打ちは当たり前のように行われ。
椅子に固定されて爪をゆっくりと一枚一枚剥がされては回復魔法で元に戻され、また剥がされる。
吐けっ!! と、怒鳴りながらハサミで指を切り落とされる。
歯を抜かれては回復、目を潰されては回復、眼球を抉り取られては回復。
剣で腕を、足を、四肢を切断されては回復。
拷問を受けては回復させられ、また拷問受ける。
そんな日々が続き……
ガンっ!!
拷問を受けて、回復だけはさせられて地下牢に放置されていた夜。
檻を蹴る音に肩が跳ねる。
そして狂う程の恐怖と共に視線を向けると……
『あまりコレはやりたく無かったが……』
『仕方ない。
これも悪魔の心を折るためだ』
2人の拷問官がそんな会話を交わし、ソレが牢の中に放たれた。
『ギィ!?』
血走った目で辺りを見渡す緑の肌をした醜い化け物。
ゴブリンが身動きも取る事ができず、地面に倒れ伏す彼女へと視線を向け……
『ギィィー!』
ニタリ、と笑みを浮かべた。
『いや』
喉から引き攣った言葉が溢れる。
『こ、来ないで……』
重い身体を、激痛で痛む身体を引き摺ってゴブリンから距離を取ろうとするも殆ど動かない身体でゴブリンから逃げ切れるハズも無く……
『いやぁぁ! や、やめっ……!』
ゴブリンに恥辱され、泣き叫ぶ彼女を拷問官達がニヤニヤしながら見下ろして嘲笑う。
「なんだ……」
その日以降、死なないようにと細心の注意を払いながら行われる数々の拷問。
下男から始まり、使用人に商人、拷問官に、騎士達に、貴族達に恥辱される日々が。
魔王との戦いで疲弊したストレスの吐口にされる、公爵令嬢としての尊厳など……1人の人としての尊厳など何処にもない性奴隷のような日々が延々と続き……
鞭で打たれようと。
爪を剥がされようと。
殴る蹴るの暴行を受けようと。
回復出来るからと、指や手足を切断されようと。
辱めを受けようと。
何も感じなくなった。
嘲笑う者達の言葉も。
国王である陛下の声も、王妃の声も。
牢の前で蔑んだ目で地面に横たわる彼女を見下しながら彼女の家族の事を告げる私の言葉も。
何も聞こえない。
只々、早く死にたい。
一秒でも、一瞬でも早く楽になりたいと……
「なん、なんだ? これは……」
喉を潰され、王都中を連れ回され、磔にされて断頭台に立たされる。
人々に石を投げられようと。
〝悪魔〟と蔑まれ、罵声を浴びせられようと、最早どうでも良かった。
『無様だな』
磔から降ろされ、断頭台に跪かされた彼女に私が。
蔑みと、憎悪の視線で見下しながら呟く言葉もどうでも良い。
やっと苦しみから解放される。
やっと楽に……
『見るが良い、これが貴様を庇った者共の末路だ』
私が無造作に無気力に項垂れる彼女の髪を掴み上げ、無理やり視線をソレに向けさせる。
そして彼女の目に映るのは……家族の、友人の親しかった者達の…… 苦痛と恐怖に歪んだ貌の首。
『…っあ、あ……あ!』
『────』
隣で話す私の言葉が耳に入らない。
醜い。
こんなにも醜い奴らの幸せを守ろうと、必死になって辛く厳しい教育をこなして来たの?
こんな奴らの為に皆んなは殺されたの?
ふざけるな……!!
死んだと思っていた心が、絶望に染まっていた彼女の心がドス黒い激情に染まって塗り潰されていく。
絶対に許さない。
たとえ何があったとしても──お前らの言う〝悪魔〟となって必ず報いを! 復讐してやる!!
断罪の刃が振り上げられ……その瞬間……
『ぴろん! 個体名────の願いを確認……受諾されました。
これより、記憶の整理を開始します』
「これじゃあ、まるで……」
まさか、まさか彼女は悪魔になっていなかったのか?
あの時、リナが勘違いしていただけで……彼女は……
「これがお前の……お前達の罪。
自分達の犯した、罪の自覚もなく、私に罪を償え? 悔い改めろ?
ふふっ! 厚顔無恥にも程があると、思わない?」
っ……!!
「ねぇ、恥ずかしげも無く、自分達の事を棚に上げて、罪を贖えって言ってた気分は?
悔い改めろとか、偉そうに言ってた気分は?
あはっ! やぁっと、自分達の犯した罪を、自覚した気分はどう?」
これが、私の罪……これが彼女の記憶……
「あはっはっはっ!!
ねぇ、勇者ノワール。
今、どんな気分?」
私の、私のせいであんな事に……私の……
あの時……あの時、もし私がリナの言葉だけではなく確たる証拠のためにしっかりとした調査をしていたら彼女は……魔神レフィーはあんな目に遭う事は……
「ふざけるな!」
っ!!
「この世界に召喚されて家族から、友達から、親しい者達から引き離された聖女が可哀想って言うのなら!
そのアバズレ聖女のために、家族も! 友達も! 仕えてくれていた使用人達も! 親しい者達を皆殺しにされた私は可哀想じゃ無いとっ!?」
「……」
「何でそのアバズレ聖女に向けられた気持ちを私には一欠片も向けられない?
何で王族の! クズ勇者の! クソ女神の! お前達の罪を贖うために私が! 私の親しかった者達が生贄にならなければならないっ!!」
その通り、だ。
魔神レフィーは……私達の
家族を、大切な人達を皆殺しにされた彼女は私達に復讐する権利がある。
「お前達こそ……罪を贖え」
私達は……私は彼女に償う義務がある。
「けど」
罪を償う必要がある……それでも!
無関係な人々を巻き込むわけにはいかない!!
彼女が望むなら私はどのような罰でも受け入れる……けど! これ以上罪のない人達を苦しめる彼女の……
私のせいで人間を憎悪する本当の悪魔になってしまった彼女の手を汚させるわけにはいかない。
私が……彼女をこれ程までに追い詰めてしまった私が彼女を止めて見せるっ!!
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