第137話 潜入

「おいおい、マジかよ……」


 目の前に広がる光景に思わず唖然と声が漏れる。

 悪魔王国ナイトメアの名を聞くようになったのは一月程前からであり。

 事実、アクムス王国を下して国交を樹立したのも一月程前のハズなのだが……


「冒険者ギルドよりもデカイじゃねぇか! 本当にこれが悪魔王国の大使館なのかよ……?」


「何だ? あんたフェニルに来るのは初めてなのか?」


「まぁな、それでお前は?」


「ん? 俺はここで連れと待ち合わせしてるだけの、ただのお忍び貴族さ。

 ここで名乗らない事は……まぁ、察してくれ」


 そう言って軽く肩をすくめる青年に、ガスターは苦笑いを浮かべながら青年の隣に並び立つ。


「お貴族様が護衛も無しにこんな場所にいてもいいのか?」


「それなら問題ない。

 今この大使館の前で問題を起こすようなバカはこの王都にはいないさ」


「ってぇと、やっぱりここが悪魔王国の?」


「あぁ、ここが魔国の大使館で間違いないよ。

 たった一夜の内に完成していた事もあって今じゃあこの通り、王都フェニルの観光名所の1つだ。

 まぁ、新国王をはじめ極一部の人しか足を踏み入れた事は無いけどな」


 僅かにスッと真剣味を宿したガスターの視線に、ただの貴族嫡男が気付けるハズもなく。

 その身に真偽を見抜くスキルを掛けられているとも知らずに、青年は多くの人で混み合っている周囲を軽く見渡しながら淡々と告げる。


「一夜でだと?」


「そう、一夜で。

 もともとこの場所には幾つかの商会の本部があったんだが、何やら前王とその派閥の貴族達と結託して色々やっていたみたいでな……」


 視線で続きを促すガスターに、青年は『仕方無い』と肩をすくめて見せる。


「前王が失脚すると即座に元々この場所にはあった商会は取り潰され。

 丁度大使館を建設するために土地を探していた悪魔王国に敗戦処理の一環として悪魔王国に割譲されたんだが……」


 そこで言葉を切った青年は頬を掻きながら苦笑いを浮かべる。


「まさか、次の日には既に元々あったハズの商館が初めから無かったかのように綺麗に消え去り。

 この光景になっているなんてね……」


「と、言われてもなぁ……」


「ま、気持ちはわかるよ? 俺も未だに信じ難いしな。

 しかし、これは紛れもない事実だよ……っと、どうやら連れが来たようだ。

 俺はこれで失礼するけど、まぁアクムス王国が世界に誇る王都フェニルを楽しんでくれよ?」


「あぁ、そうさせてもらうとするわ。

 助かったぜ、ありがとうな」


 遠くから駆け足気味に駆け寄って来た如何にもお忍びで王都を散策している御令嬢と言った感じの少女と合流し、背中越しに手を振りながら去っていく青年を見送り。

 ガスターは改めて周囲の街並みを見渡す。


「どうやら、ここが悪魔王国の大使館ってのは本当らしいが。

 邪悪な悪魔がよくもここまで溶け込んだもんだなぁ……」


 何の危機感もなく楽しげな。

 活気に溢れた王都フェニルの街並みを見ながら若干呆れたような苦笑いが浮かぶが、すぐさまニヤリと戦意に満ちた笑みに変わる。


「まぁ上手く騙せたとほくそ笑んでる悪魔共の化けの皮を、人々の前で剥がして本性を暴露してやるってのも面白ぇか」


 ノア達にもこれから敵地に潜入するって事は連絡済み。

 まぁ、万が一にもねぇだろうが、もしヤバイ事態に陥ったとしてもアレを使えば脱出は可能。


「さぁ、行くか。

 クックック、待っていやがれよ悪魔共……この俺が直々に見定めた上で完膚なきまでに潰してやる」


 救世の六英雄の名に相応しく、世界でもトップクラスの隠密スキルを発動し。

 賑わうアクムス王国が王都フェニルの人々の意識から外れたガスターは悪魔王国ナイトメアの大使館に足を踏み入れた。

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