第108話 邂逅 その2

 世界が凍りつき、時間が止まったかのような静寂が舞い降りる。

 誰もが声を発する事も、呼吸さえも忘れたようにただその一点を……


 見る者全てを魅了する麗しき美女を……つまりは私を静かに見つめる!

 ぶっちゃけ、かなり慣れたとは言え人に見られるのはまだ苦手なんだけど……まぁ、私くらいの美女がいたら我を忘れて見惚れちゃうのも仕方ないか。


 そもそも精神生命体である悪魔は、精神生命体でない者や精神干渉に耐性の無い存在の魂を魅了し惹きつける。

 並の悪魔なら意図して対象を魅了する必要があるけど……


 原初たる私レベルになるとその場にいるだけで人々を魅了するっ!

 ふふふ、我ながら自分自身の溢れんばかりの魅力が恐ろしいわ!!


『楽しそうなところ悪いけど、もう少し力を抑えないと彼等死んじゃうよ?』


 おっと、私とした事がお恥ずかしい。

 別に強い事を見せつけて自慢したかったとか、強者である事を仄めかす謎の美女カッコいいとか。

 そんな思惑は一切無いけど……ふっ、久方ぶりの懐かしき大陸に少し興奮してしまっ……


『シルヴィアにあれだけ厳重に注意されてたのにね』


 シルヴィアの注意……は、ははは、大丈夫。

 うん、ちょっとだけ人間達を威圧して殺しかけちゃったとしてもバレなかったら問題なし!


 まぁ、もう既にバレてる気がしないでも無いけど……殺しかけちゃっただけで殺しては無い訳だし。

 うんうん、何も問題ないな。

 はい! 私は何にも悪くない!!


「し、失礼ですが、貴女は一体……」


 そう言えば、まだ自己紹介をしてなかったか。

 さっきチラッと見た限りでは、この場で一番強いのは幼女に寄り添われてる女性。


 危険だと判断したら何もせずに即時帰って来るように言われてるけど……

 やっぱり力を隠してる強者もいないし、問題ないかな。


「今は貴方達と敵対するつもりはない、そう警戒しないで欲しい」


「これは、とんだ失礼を。

 皆んな下がって」


「し、しかし」


「この場で一番の実力者。

 Aランク冒険者でもあるエリーですら圧倒される程の方です。

 戦っても我々に勝機は無い」


「っ、かしこまりました……」


 へぇ、幼いのに随分と達観してる。

 これでまだ5歳。

 まぁ、立場が立場だし、厳しい教育を受けてるんだろうけど……


「私の名はフィル。

 こちらは幼馴染のアリシアです」


「お初にお目にかかります。

 アリシアと申します」


 家名は名乗らないのは当然として、偽名を名乗らなかったのは彼なりの誠意とみるべきか。

 まぁ、フィル少年の方は愛称だけど、それもこの状況で身分を考えたら当然かな。


 身分を明かす事で優位に立てる事もあるだろうけど。

 今対峙しているのは武力では敵わず、身分を明かしたところでそれが通用するかもわからない。


 こんな状況で身分を明かすのはリスクが大きいと、本当に5歳児とは思えないわ。

 隣のアリシアって娘も早熟そうだけど……フィル少年、流石はあの2人の子供ってわけか。


「セラフィル・エル・アルタイル第一王子。

 そして婚約者であるアリシア・ヘルヴィール公爵令嬢」


「「「「「「っ!?」」」」」」


 王族らしく柔らかな笑みを浮かべていたフィル少年こと、セラフィル王子が目を見開き。

 全員が息を呑み、その顔が驚愕に染まる。


 ふふふ! もっと驚くがいい。

 解析鑑定にステータススキルに加えて魂はもちろん思考を覗ける私に偽名なんて通用しないのだよっ!


 しかし、先行して単独で色々と調査してくれたシルヴィアから、クソ勇者とアバズレビッチ聖女に子供がいるって聞いて見に来てみたのはいいけど……


 ちょっとでも悪どい事に手を染めてたら両親共々叩き潰そうと思ってたのに。

 力と権力に溺れる事もなく。

 聡明で努力も怠らない、当然悪事になんて手を出して無いめっちゃ良い子じゃん。


 それどころか、今回母親……つまりはアバズレ聖女のわがままで強行されたアクムス王国への家族旅行について。

 王族としてそんな馬鹿げた事をしでかした両親を止められなかった事をかなり真剣に悩んですらいる。


 と言うかあのアバズレ聖女。

 完璧な御令嬢とすら呼ばれた私を殺してまでクズ勇者と結婚して王妃になったのに、王族が一家揃って海外旅行って……


「本当に貴女は一体……」


 おっと、そうだった。

 私も名乗った方が良いんだろうけど……シルヴィアの話によると、今の名前はやっぱり公爵令嬢だった時と同じらしい。


 クソ勇者共の前で名乗って、驚愕に染まる顔を見る前に名乗っちゃう訳にもいかないし。

 仕方ない、こうなったら……


「ふふふ、私はしがないただの悪魔。

 名乗る程の者では無い」


 ふっ! 決まったな。

 私が殺された後この世界にも少しずつ悪魔が現れるようになったし、これだけなら何も問題無い。

 これぞ、最高の謎の強者演出!!


「セラフィル王子。

 私は勇者と聖女の子供である貴方を見定めに来たのだが……ふふふ、合格だ。

 貴方には見所がある」


 よし、良い感じに皆んな困惑してくれてるようだし。

 言う事だけ言って、とっとと帰ってスイーツでも食べよう!


「そんな貴方に一つ忠告をしてあげよう。

 もうすぐこの地は騒がしくなる、その前にこの地から立ち去るが良い」


 あぁ、疲れた。

 帰ってスイーツを食べたら、お風呂に入ってモフモフに包まれてもう寝ようかな?


「ま、待って下さい!

 それは一体どう言う……」


「あぁ、そうだ。

 セラフィル王子、私に……悪魔について知りたいのなら国に帰ったら一度貴方が生まれた5年前の事を調べてみると良い」


 背中越しにチラッと視線を向けて言い放ち、闇に溶け込むように転移で去る。

 ふっ、決まったな。

 我ながらカッコ良すぎるわ! 後で皆んなに褒めてもらわないと!!

 

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