第15話 転校生
「――というわけで楠、この入部条件に合う生徒を知らないか」
俺達三人は部室を出たあと、教室にいた楠に事情を説明した。
そして現在、楠の周りを三人で囲うように座っている。
「知らないかって言われても……心当たりはないなー」
「本当に知らないか? 頼む、俺達は楠だけが頼りなんだよ」
「そんなこと言われても知らないものは知らないって」
楠が知らないとなると、完全にお手上げだ。
可能性があるとしたら、楠もまだ調べきれてない新入生くらいだろう。
「じゃあ、新聞の記事にでもして周知させる? あたしも青春部については前々から記事にしたかったしねー」
「それは……部長に聞かないと駄目な気がするな……」
金曜日の会議で処罰を決めるということは、青春部は監理委員会、生徒会、教師には知られているだろう。
監理委員会に知られてしまった以上、周知させても良さそうだがなぁ。
全員が考えあぐねていると、悠が何かを思いついたようにポンッと手を叩いた。
「あの噂の転校生はどう? この学校に来たばかりだから、部活動にも委員会にも入ってねーだろうし」
「そっか! その手があった!」
悠と楠は二人で納得しているが、俺とサクは何のことかさっぱりで、首を傾げる。
「ちょいちょい、二人とも私の新聞見てないのー?」
「朝時間がなかったからな……」
「普通に忘れてたわ」
俺とサクは口を揃えて言う。
「私泣いていい?」
楠は少し悲しげな表情をしていた。
その楠を悠が優しく頭を撫でて慰めていた。
あの新聞を見てる生徒ってそこまでいないような……。
「それで、その転校生って何処にいるんだ?」
「確かF組だったはず。折角だし私もついていっていい?」
「変な真似はするなよ」
そんなこんなで俺達は教室を出る。
F組の教室は二年の教室の中で、一番端に位置している。昇降口に近い階段から最も遠い。
まだ、比較的昇降口に近いB組で本当に良かったと思う。
廊下には昼食を食べ終わった生徒が、違うクラスの友人と話すために固まっている。
控えめに言って邪魔なのだが、それは四人固まって歩いている俺達も同じだろう。
F組の教室の前まで来た俺達は、窓から教室の中を覗き込む。
ゲームをしている生徒、友人と騒いでいる生徒、本を読んでいる生徒。様々な生徒で賑やかだ。
「えーっと……」
楠が教室を眺めて転校生を探す。
俺とサクは顔も名前も知らないので、じっとしているしかない。
「あっ、いたいた。確かあの子だね」
楠は教室の端にいる、一人の生徒に指を差した。
転校生は一人で静かに読書をしており、耳につけたイヤホンのコードは机の中から伸びていた。
腰の辺りまで伸びている薄紫色の髪は、窓から吹く風にゆらゆらと揺られ、それが腰の辺りまで続いている。
一言で言って美少女だ。
「あれが転校生か」
「滅茶苦茶美少女じゃねぇか」
だがその転校生の周りに他の生徒はいない。
転校初日だというのに、一体何があったのだろうか。
あの容姿なら、男子が群がっていてもおかしくないというのに。
「楠、あの転校生の名前知ってるのか?」
「顔しか知らないよ。転校生の情報も昨日入手したばかりだからね。だから、今日名前を調べようと思っていたところさ」
楠は隠し持っていたカメラを取り出し、転校生に向けてパシャリと写真を一枚撮った。
もちろん承諾など得ているはずがない。明らかに盗撮だ。
「おい……」
「てへっ」
うぜぇ……。
まあ、こいつはこれが平常運転だからなぁ。
「何人も行くと転校生が怖がるかもしれないし、俺だけ話しに行ってみるよ」
「おう、わかった」
「あたしらはここで待ってるぞ」
俺は一人でF組の教室に入り、転校生の方へと行く。
さて……どう話しかけようか。
よくよく考えれば、俺から親しくない同級生とかに話しかけたことってないよな……。
「なぁ、ちょっと話があるんだがいいか?」
転校生にそう話しかけるが反応はない。聞こえていないのだろうか?
「転校生、話があるんだが……」
もう一度話しかけると本をパタリと閉じ、イヤホンを耳から外して顔を上げた。
「いい加減諦めてください。一体何なんですか」
転校生はそう言って俺の顔を見ると、パチパチと瞬きをする。
「……貴方、このクラスじゃないですよね」
「B組の遠野幸久だ。転校生のお前にちょっと話があってな」
そう言うと、転校生は俺の顔を覗き込んでくる。何かついているのだろうか?
「幸久……ですか。そうですか……」
「俺の名前がどうかしたか?」
「いえ、何でもありません」
「そうか?」
それにしては、俺が名前を言ってから何だか様子がおかしい気が……。まあ、気のせいだろう。
「それと『お前』はやめてください。私には柊紗依という名前があります」
紗依……?
その言葉を聞いて、少し昔を思い出した。
いや、違う。あの子はもうここにはいない。もう、俺と会う気はないはずだ。
たまたま名前が同じ人間だろう。
「じゃあ柊、お前に話が――」
「名字で呼ばないでください」
「お、おう」
名字で呼ばず名前で呼べか。
それはそれで珍しいな。普通は親しくもない相手には名前で呼ばれるほうが嫌だと思うんだが。
本人がそうしろと言うならそうするか。
「紗依に話があるんだ」
これ、何回目だろうか。
「私は誰の話も聞く気はありません。帰ってください」
まるで氷のように冷たく、薔薇のようにトゲのある言い方で俺を拒絶した。
この様子を見る限り、いくら言っても話を聞いてくれそうにない。
そういうやつには、取り敢えず勝手に話せばなんとなくでも聞いてくれる。
「お前をある部に勧誘したいんだ。青春部って言うんだが」
「ちょっ、何勝手に話を勧めてるんですか。私は部になんて入りませんよ」
「そこで、紗依に聞きたいことがあるんだ」
「ですから、私は部に入らないと……」
俺の予想通り、紗依は話を聞いている。何を言われようが、話さえ聞いてくれればいい。
「その部には簡単に解決できない悩みや後悔がないと入れないんだよ。お前は何かないか?」
俺がそう言うと、紗依からは苛立ちの感情が消えたように見えた。
代わりに、俺を見る紗依の瞳には哀れみが籠もったようだった。
「変な部ですね。ですが私は貴方達みたいに群れないと生きていけない弱い人間じゃないので。どうぞ、仲間内だけでわいわいしていてください。私を巻き込むことのないように」
「……っ」
変な部だと言われることはわかっていた。
でもそれ以上に鋭い言葉が俺に突き刺さり、俺は何も言い返せなかった。
その言葉はきっと事実だったから。
他のF組の生徒からは「またか」といったような声が聞こえてきた。
紗依が転校して早々一人だったのは、紗依本人に原因があるようだ。
「け、けど入ってみないとわからないじゃないか」
俺は感情を表に出さないように、表情を取り繕ってできるだけ笑顔で言う。
「貴方みたいにヘラヘラした人間、私嫌いです。今すぐ消えてください」
しかしそれが気に食わなかったようで、紗依に拒否されてしまった。
最初とは違って、今度こそは完全な拒否。
一切言葉を取り繕わず、本音をぶちまけ、感情剥き出しの言葉は酷く冷たかった。
紗依は再びイヤホンを耳につけ、閉じていた本を開いた。
もう俺の話を聞く気はないということだろう。これ以上は何を言っても聞いてくれそうにない。
「……お前は一生、そうやって他人と壁を作って生きていくのか」
「群れることでしか生きていけない貴方に言われたくないですね」
「勝手に言ってろ」
名前を聞いてもしかして……と思ったが、やはり俺の勘違いだったようだ。
あの子はこんなうざい子じゃなかった。もっと大人しくて、正義感のある子だった。
そうして、険悪な雰囲気のまま俺と紗依の会話は終了した。互いに第一印象は最悪だ。
正直、もう関わりたくない。あいつに関わるだけでストレスが溜まりそうだ。
本を読む紗依から目を外し、俺は教室を出た。
「お、おい。幸、待てよ!」
B組の教室へと帰る俺を、三人が追いかけてくる。
外からでも会話は聞こえていたのだろう。サクと悠は何とも言えない表情をしている。
「あいつは無理だ。他を当たろう」
「もう諦めんの?」
「悠、あいつと俺の会話は聞いてただろ?」
「うんまあ……確かに言い方はきつかったけど……」
「言い方は? 冗談じゃない。性格もきついだろ。あいつが入部なんてしたらこっちがしんどいわ」
折角のオアシスに危険生物を打ち込むようなものだ。そうなったら、もうそこはオアシスではない。
「遠野をそこまで機嫌を悪くするなんて、あの転校生ただ者じゃないね」
ただ一人、楠は楽しそうにしていた。
新聞部は何処か頭のネジでも外れてるのか……。
だがお陰で少し気持ちが楽になった。
「じゃあ他にいないか探すか」
「そうすっか〜」
「おう」
気持ちを切り替えて、俺達は再度入部できそうな生徒を探し始めた。
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