第16話 五人目の部員
転校生とのやり取りのあとも、四人で入部できそうな生徒を探したが結局見つからず。
あっという間に放課後になった。
部活動生は部活に励み、その他の生徒は帰路に就いている頃だろう。
悠は今日も部活に誘われたが、用事があると言って断ってきたらしい。
青春部に入ったことで、これまでより部活に助っ人として行く機会は減るだろうな。
「はい、各自成果報告どうぞ」
俺、悠、サクの三人は放課後に部室へと集まり、今日の成果を報告し合うこととなった。
ちなみに香月先輩は俺達が来た頃には、すでに部室で寛いでいた。
授業をサボってずっとここにいるのだろう。
「俺は特になし」
「俺も特になかったな」
「あたしも特にないかな。部活やってる一年生にも聞いてみたんだけどな〜……」
「私も特にないかな〜」
四人全員が成果報告をする。
期待はしていなかったが、これはのんびりしている暇はない。
「香月先輩はともかく、サクと悠ですら何も成果がないのか……」
「私、遠回しに戦力外通告されてない?」
「大丈夫です。元々戦力になると思っていませんから」
「それはそれで酷いよ〜」
香月先輩は少し悲しそうな表情をしていた。
見てくれは非常に良いのだが、この性格のせいで残念な美人にしか見えなくなってしまった。
サクと似たような人だな……。
「それで、どうすんだ?」
サクがテーブルの上に置かれたお菓子を食べながら言った。
既に俺より部室を満喫してる。
「もう部活動生くらいしかいないだろうし、今日は部室でのんびりしとく?」
「本当はのんびりしてる暇なんてないんだけどな……。手がかりが何もないし仕方ないか」
既に寛いでいたサクと香月先輩に続いて、俺と悠もソファに座る。
「そう言えば、梓ちゃんはそうなんだ? まだ誘ってないだろ」
「確かにまだ誘ってないけど、誘ったところで梓は入らないだろ」
サクが言うように、梓にこのことは話していない。
部活にも委員会にも所属してない生徒ということで頭に浮かびはしたものの、入部の候補には入れなかった。
それは、簡単に解決できない悩みや後悔を持っている。という入部条件を満たしているかどうかわからなかったから。
それに、あいつは他人が苦手な節がある。無理矢理入部させてしまうのも手だが、そんなことをしたら嫌われてしまう。
一向に何も情報が出てこないまま、のんびりだらだらしていると、俺のスマホからメッセージアプリの通知音が鳴った。
スマホを取り出し、メッセージアプリを開くと、御子柴さんからメッセージが来ていた。
「あたしら以外にも登録してんだ。意外」
「俺を何だと思ってんだ?」
「ボッチ一歩手前の人」
「ひでぇ……」
御子柴さんを登録する前は、家族の他にサク、悠、楠くらいしかなかったから、あながち間違っていないのが悲しい。
御子柴さんからは、「先輩の探している生徒を見つけました!」とのメッセージが来ていた。
昨日の放課後に話したばかりだというのに、恐るべき速さだ。
「……五人目の部員確保できそうです」
「まじか」
「いえーい!」
「遠野くん、私は信じてたよ!」
俺が五人目の部員確保を告げると、三人は歓喜した。
だがこれは俺の手柄と言うべきなのだろうか。ほとんど御子柴さんの手柄だ。
メッセージアプリには続いて、「先輩、今何処にいますか?」と送られてきた。
それには旧生徒会室と答え、校門から校舎を見て右にある建物だと教えた。
この説明で来れなかったらどうしようなどと思いつつ、数十分後に部室のドアが外から開かれた。
「あ、先輩! カワイイカワイイ僕のお目見えですよ!」
そう言って入ってきたのは御子柴さんだった。
中にいる四人が御子柴さんのほうを一斉に向いたというのに、声音一つ変えずに俺に言うとは大したメンタルだ。
普通の人だったら恥ずかしすぎて、穴があったら入りたくなるほどだ。
「遠野くん、その子誰?」
香月先輩が御子柴さんのほうに目を向けながら俺に聞く。
「一年の御子柴奏ちゃんです」
御子柴さんに部屋に上がるよう促す。
じろじろと見られている御子柴さんは、少し緊張しながらも、俺の近くに寄ってきた。
「奏ちゃんか〜。可愛い〜」
香月先輩が御子柴さんに抱きつく。
「ぼ、僕がカワイイのは当たり前ですからっ」
そういう御子柴さんの顔は赤く染まっていた。
「奏ちゃんの肌すべすべで気持ちいい〜。いい匂い〜」
香月先輩は遠慮なしに後ろから抱きつき、肌をスリスリと擦り付ける。鼻先を御子柴さんの首筋に押し当て、息を吸っていた。
身長差のせいか、完全に御子柴さんが襲われているようにしか見えない。というより襲われていた。
「ちょっ、何ですかこの人。先輩助け――ひゃんっ!」
「幸、サク、お前らは目瞑っとけ……」
そう言う悠は手で目を隠しているが、指と指の隙間からちょくちょく覗いていた。
男の俺がやったら、即セクハラという行為を香月先輩が御子柴さんに対して思いっきりやっている。
御子柴さんの胸まで手を持っていき、その慎ましい胸を揉むような仕草をする。
そして、指先で御子柴さんの全身を堪能していた。
「すぅ〜。あぁ〜、奏ちゃん最高〜。大好き〜」
「あっ、それ以上はダメですっ! 僕の貞操が! 僕の貞操が〜!」
ついに香月先輩の指先が御子柴さんの腰あたりまで来ると、御子柴さんが全力で抵抗する。
必死になって体をくねくねと動かすが、香月先輩からは逃れられない。
そこには百合百合しい雰囲気が漂い、時折御子柴さんの色っぽい声が聞こえる。
まるで男の俺とサクがその場に居ることを忘れ、二人の世界に入っているようで――。
「うぅ……しぇ、しぇぱぁい……た、たひゅけてぇ……」
「――――はっ!?」
俺は御子柴さんが涙目で助けを求められ、正気に戻る。
足はガクガクと震え、口からは涎が垂れ、もう力がほとんど入っていないように感じる。
俺は急いで御子柴さんと香月先輩を引き離す。
「しぇ、しぇんぱい……ありゅがとうごひゃいまひゅ……」
御子柴さんは床にぺたりと座り込む。
俺が助けた頃にはトロンと虚ろな目をしており、体をビクビクと震わせ、呂律が回っていなかった。まるで激しい運動をしたあとのように体は火照っており、着ている服も乱れている。
「む〜、女の子同士の間に男の子が入っちゃいけないんだよ〜」
「でしたら相手に了承を得てくださいよ……」
「え〜、遠野くんのけちんぼ」
香月先輩は俺に文句を言う。けど肌はつやつやしていた。恐ろしい。
サクは目を反らし、悠は未だに手で目を隠していた。
* * *
それから数十分後――。
「改めてまして……御子柴奏です。奏で構いません」
御子柴さんは改まって俺達四人に自己紹介をした。
「ごめんな。香月先輩がいきなり……」
あの後、香月先輩には説教とお菓子没収の罰が下った。
香月先輩は必死に釈明していたが、そこで俺が発議し、三対一で賛成多数によって罰が決定した。
「えぇ、全く驚きましたよ。変な撮影でも始まったのかと思いました」
少し怒っている。そりゃそうだ。
「って御子柴さん一人?」
「そうですよ」
「俺の探してる生徒を連れて来たんじゃ?」
もしかして逃げられたとか?
でもそれだと先に連絡をくれそうだが……。
「目の前にいるじゃないですか。カワイイカワイイ先輩の探してる生徒が」
御子柴さんが自分に指を差して言った。
「……もしかして御子柴さん?」
「はい、もしかしなくてもそうです。あと奏ちゃんと呼んでください」
「おっと、そうだった」
まさか俺が相談した本人が、俺達の探し求めていた生徒だったとは。予想もしなかった。
「それで、何で僕みたいな生徒を探してるんですか?」
「あぁ、それはな……」
「青春部に入って欲しいんだ〜。ちなみに、私が部長だよ」
俺の言葉を遮って、香月先輩が言う。
あとは部長の私に任せなさいという眼で俺を見る。
だがさっきの出来事もあってか、御子柴さんは少し身を引いていた。
トラウマになってないといいんだが……。
「青春部って何をするんですか?」
目の前にいる香月先輩ではなく、その後ろにいる俺に聞く。
「青春をする部だ」
「そのままですね」
俺と御子柴さんの間にいる香月先輩は、相手にされないことに悲しんでいた。自業自得だ。
「実は青春部は部員が四人で、一人足りないんだ。そこで、奏ちゃんに青春部に入って欲しいんだ」
御子柴さんは驚きも混じっているが、何となく予想していたというような表情をしている。
「でも……」
香月先輩をチラチラと見ながら、迷っているようだった。
香月先輩があんなことをしなければもっとスムーズに事が進んでいたかもしれない。
「ほ、ほら。青春部に入ればこの部室でのんびりできるし、お菓子も食べ放題だよ!」
香月先輩は御子柴さんを入部させようと、必死にアピールをする。しかし効果は全くない。
「僕、お菓子で釣られるほどチョロくないです」
御子柴さんのその言葉に、つい悠を見てしまった。
「……なんだよっ。あたしはチョロくねー!」
「はいはい」
でもお菓子に釣られて入部すると言ってしまったのはどこの誰やら。
御子柴さんは悠のように甘くはなかった。
う〜ん……これは香月先輩が何を言っても無駄な気がする。
といっても、青春部のアピールなんてそんなものだし、俺にはお願いすることしかできそうにないよな……。
「お願いだ。探しても御子柴さんくらいしかいないんだ」
御子柴さんに頭を下げて懇願する。
「せ、先輩の頼みなら仕方ないですね」
「引き受けてくれるのか!?」
「カワイイ僕を頼りたくなるのもわかりますからね。それに、頼られて悪い気はしませんから」
俺に頼られて余程嬉しかったのか、顔をニヤつかせながら承諾してくれた。まじ感謝。
「チョロいな」
「チョロいじゃん」
「なるほどね〜」
他の三人は妙な納得の仕方をしていた。
「じゃあ香月先輩、この部についての説明をお願いできますか?」
「先輩じゃ駄目なんですか?」
香月先輩を警戒しながら、御子柴さんが言う。
うーん……俺もこの部については完全に理解できてないから、部の説明は香月先輩が一番の適任だしな。
「奏ちゃん、ごめん。でもこの部を一番理解してるのはあの人なんだ」
「むぅ……それなら仕方ないですね……」
俺が説明できるならしてあげたいが、無理だからなぁ。御子柴さんには我慢してもらうしかないだろう。
「じゃあ、説明するから適当に座ってね〜」
香月先輩は俺やサクのときと同じように、部屋の隅にあるホワイトボードを持ってきた。
その間に、部員名簿のところに御子柴さんに名前を書いてもらった。
これで五人。あとは顧問になってくれる先生を探すだけだ。
御子柴さんは俺の隣に座って、ちょっとだけ体をこちらに倒してきた。もう心臓バクバク。
御子柴さんって人との距離が近いよな……。一体何人の男子を勘違いさせてきたんだろう。
そんなことを思いながら、香月先輩の説明を改めて聞くことにした。
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