第12話 後輩の外部入学生

「やべっ。教室にスマホ忘れてる……」


 旧生徒会室を出たあと、スマホを取り出そうと鞄の中を探ったが、見つからなかった。

 多分、机の中に入れたままだろう。

 今の時間はどこの教室も開いていない。

 職員室に教室の鍵を取りに行くしかないな。


 俺は踵を返して、昇降口まで行く。

 誰も居ない静かな校舎に、バタンとロッカーを閉めた音が響いた。

 日はまだ明るく照っており、窓から差し込む日射しが眩しい。


「失礼します」


 ドアをノックして、職員室に入る。

 中には月嶋先生一人だけだった。

 まだ部活動も活発にしている時間帯だから、そちらに行っている先生が多いのだろう。


「お、遠野。まだ帰ってなかったのか」

「えぇまあ、色々とありまして……」


 香月先輩のこともあるから、青春部のことは伏せていたほうがいいだろう。

 何より、俺が部活に行っていることのほうがおかしいと思われるだろう。


「それより、教室の鍵を借りたいんですけど……」

「……ほれ」

「っとと」


 白衣のポケットから鍵を取り出し、俺に投げ渡す。


「忘れずに返しに来いよ」

「わかってますよ」


 鍵を手に持って、職員室を出る。

 教室が遠い。

 朝起きるのが遅い生徒への嫌がらせかよ。

 などとどうでも良いことを考えていると、教室に着いた。

 急いでいるときは長いと感じても、考え事をしながら歩いていると短く感じてしまうものだ。


 教室の鍵を開けて中に入る。

 自分の机まで行き、スマホを探す。


「……やっぱりあったか」


 机の中からスマホを取り、鞄の中に入れる。

 他に忘れ物もないだろう。


 教室の鍵を閉め、長い廊下を歩いていく。


「きゃっ!」


 小さな悲鳴が階段の上から聞こえた。

 何事かと思って階段を見上げると、目の前にプリントとノートの雨ができ、女の子が降ってきた。


「うおおおおおおおおお!?」


 女子生徒が抱えていたであろうプリントは不規則に宙を舞い、肝心の女子生徒は俺の上に落ちてきた。


「いったぁ……」


 俺に覆い被さっている女子生徒が起き上がる。


「あの……取り敢えず退いてくれない?」

「え……あ、ごめんなさい!」


 女子生徒は俺に謝りながら、俺の上から退いてくれた。

 俺も仰向けになっている体を起こす。

 ぶつかったときの痛みはあるが、普通に立てるし、特に怪我もしていない。


 それより、女子生徒のほうだ。

 階段から転げ落ちてきたから、怪我でもしていそうだが……。


「大丈夫か?」


 廊下に座り込んでいる女子生徒に手を伸ばす。


「だ、大丈夫です」


 女子生徒は俺の手を掴み、立ち上がる。

 見たところ怪我はなさそうだ。

 俺がいい感じのクッションにでもなったか?


 立ち上がった女子生徒は廊下に散らばったプリントとノートをせっせと集め始める。

 ノートはともかく、プリントは結構な量があり、一人で集めるのは大変そうだ。

 床に散らばったプリントを集めてあげるか。


 一旦鞄を廊下の隅に置き、プリントを一枚一枚集める。


「これは僕がするので別に……」

「困ったときはお互い様だ」

「……そうですか。ありがとうございます」

「おう」


 それにしても見ない顔だ。

 身長は梓より少し高いくらいで、かなり子柄だ。

 上の階から降りてきてたし、一年生だろうか?

 でも何でこんな時間まで残っていたのだろうか。

 ……まあいいか。

 考えたところでわからないものはわからない。


「あの……どうかしましたか?」

「あ、いや。何でもない」


 女子生徒を見すぎてしまったらしい。

 教室にスマホを忘れるなんてことをしなければ、こんなことに巻き込まれずにすんだのかもしれない。

 ……そうしたら、この子が怪我をしてたかもしれないけど。


「まあ、カワイイ僕に見惚れてしまうのは仕方ないですよね」

「そうだな」


 ……ん? 今何て言った?

 今、自分のことをカワイイって言ったか?


「ですよね〜。私ってカワイイですよね〜」


 なんか面倒くさそうな女子だ。


「すまん。さっきのは口が滑った」

「え〜。いいんですよ? 僕がカワイイって認めても」


 いやまあ、カワイイ……とは思うが、それを口に出してしまえば調子に乗って、更に面倒くさくなるだろう。


「ていうか、もしかして朝教室に来た先輩ですか?」

「もしかして一年C組?」

「そうですよ」


 梓のクラスメイトなのか。

 朝の一件もあるし、そのときに顔を見られたのだろう。


「よく覚えてたな」

「朝の一件はクラス内でちょっと話題になりましたからね」

「まじか……」


 よく考えなくても、そりゃそうか。

 中等部もあったとはいえ、俺は他学年とほとんど面識がないからな。

 知らない上級生が、いきなりクラスメイトを教室に放り投げていくなんて、普通はありえないだろうし。


「先輩ってなんて名前ですか?」

「二年の遠野幸久だ」

「……もしかして遠野さんのお兄さんですか?」

「おう」


 名前を言えば流石にわかるか。


「君は?」

「一年の御子柴奏です。奏でいいですよ」

「奏ちゃんか。よろしくな」

「はい」


 互いに自己紹介を終える。

 流れで自己紹介をしてしまったが、今後関わることはあまりないだろう。

 今日がたまたまだっただけだ。


「奏ちゃん、梓って学園だと普段どんな感じだ?」

「ん〜……僕はあまり話したことがないですね」

「そ、そうか」


 この子は梓から話すようなタイプではなさそうだしな。


「それでも普段の様子とかはわかるんじゃないか?」

「そうですねぇ……」


 と少し考え込む。

 俺は止まっていた手を再び動かし、プリントを集める。


「うーん……ずっと一人でいることが多いですね。誰かと話したりもしてないようですし」

「中等部のときからずっとか?」

「あー……すみません。僕、外部入学で……」

「まじか」

「まじです」


 まじだった。

 外部入学を広く受け入れてるといっても、実際に入ろうと思う学生は少なく、特にこの学園は外部入学生が珍しい。

 俺も実際に話すのは在校していて初めてだ。


「あんなにカワイイのに勿体ないです」

「確かになぁ」


 話を聞く限り、学園でも一人でいるようだ。

 放課後はすぐに家に帰ってくるし、休日もずっと家にいるから薄々気づいてはいたが、妹は友達がいないらしい。

 兄としては心配だ。


     *     *     *


 世間話をしている内に廊下に散らばったプリントとノートを集め終え、傍に積み上げる。


「先輩、ありがとうございます」

「まだ礼を言うのは早いぞ。これを職員室に持っていくんだろ?」

「いえ、そこまでしてもらうわけには……」


 プリントを半分くらい御子柴さんに渡し、残りのプリントとノートは俺が持つ。

 意外と重い。

 これは女の子一人で運ぶには負担が大きい。


「さっきみたいに転んだら危ないだろ?」

「……そういうことなら、お言葉に甘えてせさてもらいますね」


 二人で談笑しながら職員室に向かう。

 職員室には相変わらず月嶋先生一人で、プリントやノートは御子柴さんに言われた場所に置いた。

 多分、担任の机だろう。

 二人で職員室を出る。


「先輩、このあとどうするんですか?」

「帰るよ」

「じゃあ、校門の前まで一緒に行きましょう」


 二人で昇降口を出て、校門まで歩いていく。

 最初は変な子だと思ったが、話してみると意外と良い子だ。


「僕はこっちなので。では」

「あ、ちょっと待って」

「なんですか?」


 校門を出て、別れようとした御子柴さんを引き止める。

 せっかくだし、青春部の入部条件に合う生徒がいるか聞いてみよう。

 俺は一年のことを全然知らないからな。

 梓も一年だが、引き受けてくれるとは到底思えない。


「部活にも委員会にも入ってなくて、バイトとかもしてない。青春してなくて、簡単に解決できない悩みとか後悔を持ってる生徒知らないかな?」

「あはははは。何ですかそれ」


 笑われてしまった。

 まあ、俺でもいきなりこんなことを聞かれたらそうなる。

 内容自体も意味がわからないしな。いやほんと、まじで。


「とにかくそういう生徒を探してるんだ。心当たりないか?」

「うーん……すぐには無理だと思いますけど、探しておきましょうか?」

「まじか」

「先輩の頼みなら仕方ないです。カワイイ僕に免じて引き受けてあげましょう」


 いきなり態度がでかくなった気がする。

 他の人に頼んだほうがよかったか?


「あ、これ僕の連絡先です」


 御子柴さんが鞄からスマホを取り出した。


「あぁ」


 俺も鞄からスマホを取り出し、互いに連絡先を交換する。

 俺の数少ない連絡先に、御子柴さんが追加された。


「では僕は帰りますね」

「あぁ、じゃあな」


 そう言って、御子柴さんは俺とは反対の道へと消えていった。

 俺も一人街中を歩いて、家に帰った。

 その後、朝の一件のことで梓に怒られたのは言うまでもないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る