第11話 青春部
「じゃあまず、青春部の入部条件を説明しま〜す。パチパチパチ〜」
香月先輩が拍手をする。
ソファに座っている俺も拍手をしろと目で訴えられ、渋々拍手をする。
「といっても、遠野くんに質問した内容とほぼ同じだね」
香月先輩がホワイトボードに入部条件と思われる内容を書いていく。
「その一、委員会や部活動に所属していないこと。クラブなんかの校外活動や、バイトとかもしてないほうが望ましいかな」
「つまり、俺みたいに何もしてない人間がいいと?」
「そうだね〜」
そこはできれば否定して欲しかった。
何もしていないのは事実だから、言い訳のしようもないけど。
「その二、青春をしていないこと」
「それ、基準とかあるんですか?」
「ん〜特にないかな。私の裁量次第だね」
「じゃあ、その人に彼女がいる場合は?」
「入部できません」
それもそうか。
彼女がいて青春してないわけないもんな。
ていうことは香月先輩ってまさかフリーなのか?
男子からの告白を全て断っていると聞いてはいたが、彼氏のかの字もないのは意外だ。
「その三、簡単に解決できない悩みや後悔があること」
この三つ目が一番よくわからない。
俺のような変人を集めるためとはいえ、もっと他にありそうな気もするが。
それに、一つ目と二つ目に比べて曖昧すぎるような……。
「以上三つが青春部の入部条件です。三つ目については、悩みや後悔の内容は問わないし、話したくなかったら話さなくていいよ」
「悩みや後悔を持ってるってどうやって確認するんですか?」
「そこは私の目と感を信じなさい」
香月先輩は腰に手を当て、胸を張る。
果たしてそれは信じてもいいものなのだろうか。
でも、数多くの生徒の中から、入部条件を満たしている俺を入部させたことを考えると、信じてしまいそうだ。
香月先輩を見ていると、どうしたのといった風にこちらを見つめてきた。
この人、適当にやっているように見えて、実は色々と考えているのか?
「入部条件についてはわかった?」
「まあ、なんとなくですが」
「じゃあ、次は部則だね」
香月先輩はホワイトボードに書いた内容を消し、再びホワイトボードに書き込んでいく。
「部則その一、青春部で青春を謳歌しよう」
「青春部で、ですか」
「青春部はここに集まった人達で、青春をしようっていうのが目的の部活だからね。ここ以外で青春をするのは控えてほしいかな」
「なるほど」
あの入部条件だし、この部に入るような人間ならこの部則を破ることはなさそうだけど。
「部則その二、会議は部員全員が参加し、多数決で決めること」
普通……なのか?
いきなり会議という言葉が出てきてよくわからないが、そこまで変というわけでもないか。
「会議って何をするんですか?」
「自分のやりたいことがあった場合、それを発議することで会議を開き、多数決で決めることができるの」
それは会議と言っていいのだろうか。
「発議する内容も、常識の範囲内なら基本的に制限はないよ」
「つまり、何でもいいということですか?」
「うん。だから、みんなが賛成すれば可愛い詩央ちゃんの胸も揉めちゃったりするよ」
「マジっすか!」
そんなことを言われてしまっては、意識せざるを得ない。
俺の視線は、自然と香月先輩の胸に吸い寄せられていった。
だというのに、香月先輩は笑みを浮かべたままだ。
俺がここに来たときもそうだが、この人は警戒心がなさ過ぎるのではないだろうか。逆に心配だ。
「部則その二についてはわかった?」
「はい」
変な部活だと思っていたが、良いところもあるじゃないか。
「部則その三、部での決まり事は絶対である」
「……ということは、会議で決まったことは必ず守らないといけないと?」
「その通り。もし嫌なことが会議で可決されたとしても、必ず実行しないといけないよ」
「まじっすか……」
良い面があれば悪い面があるのも当たり前か。
「もし決まり事を破ったらどうなりますか?」
「当事者を除いた部員で会議をして、違反者に与える罰を決定します」
ほうほう。聞いている限りでは、普通に面白そうだ。
「意外に面白そうですね」
「でしょでしょ」
俺がそう言うと、香月先輩は嬉しそうに笑う。
「部則その四、部員とのコミュニケーションを大切にすること」
「なんか一番普通ですね」
「意外だった?」
「いえ、全然いいと思いますよ」
同じ部なのに会話がないとか悲しいもんな。
それに、ギスギスした雰囲気になってしまうのも避けたい。
「要するに仲良くしろということですよね?」
「それもあるけど……。部則その四は、遠野くんが思っている以上に大切なことなんだよ?」
「どういうことですか?」
「青春部には会議というものがあるわけだけど、その会議は誰でも発議することができる。だから、もし遠野くんが誰ともコミュニケーションを取ってない状態で発議したら……?」
どうなるかな。と俺に聞くように、香月先輩は俺の瞳を覗き込んでくる。
「……賛成が貰いにくくなる」
「正解! ご褒美に飴ちゃんあげる」
部屋にある戸棚から飴を、香月先輩が一つ取り出し、投げ渡される。りんご味の飴だ。
香月先輩が開けた戸棚の中には、飴以外のお菓子も沢山入れられていた。
完全に私有化されている。本当に何でもありだな。この人は。
「じゃあこれが最後。部則その五、悩みや後悔を残してはならない」
「……入部条件その三に該当していたこともですか?」
「そうだよ」
「この部則も……絶対に守らないといけないんですよね」
俺の後悔は、簡単に解決できないなんてものじゃない。
今となっては、解決することすらできなくなってしまったものだ。
この部則の違反による罰は、甘んじて受け入れるしか俺には道がないだろう。
「部則その五に関しては、部則というより、目標……っていう感じかな。絶対に守らないといけないってわけじゃないよ。流石に部活のためだけに留年させるっていうのは可哀想でしょ?」
「まあ、確かに」
もし留年しろなんて言われたら、今すぐにでも退部する自信がある。
「だから、部活その五だけは違反しても特に罰はないよ。まあ、私はずっと守ってるけどね」
「……先輩が三回も留年してる理由って――」
この部則を守っているから。そうとしか考えられなかった。
香月先輩の成績なら、授業に出席すれば問題なく卒業を迎えられるはず。
なのに、この人は誰に何を言われようと頑なに出席しようとしない。
この人にとって、この部は一体何なのだろうか。
「遠野くんも気づいたかな? 私はずーっと悩みまたは後悔を抱えてるってことだよ」
「先輩の――」
――悩みまたは後悔って何ですか。
そう続けようとしてやめた。
俺はあると言っただけで内容も言っていないのに、香月先輩のことを聞こうというのは、厚かましいだろう。
「……やっぱり何でもないです」
そう言ってごまかした。
香月先輩は不思議そうな目で俺を見つめるが、特に何も言ってこなかった。
「どう? 面白そうでしょ。青春部」
「変な部活だなとは」
面白いかどうかは、正直なところわからない。
俺の思っていた部活と全く違う。しかも、香月先輩という変人付きだ。
「むっ……。じゃあ、絶対に面白かったって言わせてみせるから」
「そうなるといいですね」
「もう、そうやって他人事みたいに言って……」
香月先輩は呆れたように息を吐いた。
この人にだけは呆れられたくなかった……。
「……部員って二人だけですよね? 何をするんですか?」
「まずは、あと三人部員を集めないといけないね」
それなら悠とサクを誘えば、あと一人だな。
「二人は多分確保できますよ」
「ならあと一人だね」
問題はその、あと一人だ。
入部条件に合っている生徒なんて、俺の知る限りではいないぞ。
「どうやって探すんですか……」
「地道に聞いて回るしかないね」
「ですよね……」
だが生徒一人一人に「簡単に解決できない悩みとか後悔ない?」と聞くわけにもいかないだろう。
そんな質問をしているなんて、ただの変人でしかない。
俺でもそんな質問をしているやつには、関わりたくない。
それなら、そういう生徒を知ってそうな人物に聞くほうがいいだろう。
最初に頼るとしたら楠だが、青春部の入部条件を満たす生徒なんて流石に知らないだろう。
なんと言っても特に難しい条件は、やはり三つ目だ。
もしあったとしても、見ず知らずの他人に話すとはとても思えない。
「……ひとまず明日、この部に入ってくれる二人を連れて来て、四人で考えようよ」
「……それもそうですね」
二人だけで話すより、四人で話すほうが色々と意見も出てくるだろう。
ソファの横に置いていた自分の鞄を持ち、部室を後にした。
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