第10話 青春部の部員の正体

 放課後。

 学園に鳴り響く鐘の音が、一日の終わりを告げた。


「ここ……だよな……」


 手に持った紙とにらめっこしながら、そう呟く。

 俺は今、学園内でも人気のない、旧生徒会室がある建物の前に来ている。

 現在は使われておらず、ここに訪れる生徒もほとんどいない。

 学園内でも立派な建物だというのに、放置されているというのは勿体ない。

 一応校舎からも廊下で繋がっているが、その廊下の扉もずっと鍵が掛かったままだ。

 そのため、仕方なく外から入ることにした。


 いつもなら悠達と一緒に帰るのだが、今日は用事があると言って断ってきた。

 二日連続で悠達と帰らないのも、我ながら珍しい。


 入口の扉を開け、中へと入る。鍵は掛かっていなかった。

 放置されている割にはきちんと掃除もされていて、物も整理されている。


 使われていないはずの建物が整理されているってことは、誰かがこの建物を使っている可能性が高い。

 ここが青春部の場所なのは間違いなさそうだ。

 しかし、一階に人のいる気配はない。二階にいるのだろうか?


 この建物に入ったのは初めてで、中がよくわからない。

 二階へと続く階段をなんとか見つけ、ぎしぎしと音を立てながら上がる。

 階段を上りきるとまたドアがあった。

 そのドアをゆっくり開けると、目を疑うような光景が広がっていた。


 柔らかそうなソファがテーブルを挟んで二つ置かれており、その上には柔らかそうなクッションが置いてある。

 床に敷かれたカーペットはふかふかで、とても学園内とは思えない。

 その上、クーラーまできちんと完備されている。

 廊下側のドアの反対には窓の前に高級そうな大きい机が置かれている。


「ここが……旧生徒会室……!」


 足元には靴が一足あり、俺も靴を脱いで部屋に上がる。

 部屋の内装に見惚れながらソファのところまで行くと、この学園の女子生徒が一人ソファに寝転んでいた。

 猫耳がついているパーカーを着ていてわかりにくいが、高等部の制服を着ている。

 この人が青春部の部員なのだろうか?

 思いっきり顔を見てしまっているが、いいのだろうか。


「すぴー」


 何やら気持ち良さそうに寝ている。

 誰も来ないと知っているからか、かなり無防備だ。

 さっきから近くで顔を覗いているが起きる気配はない。

 つんつんと顔を少し突いてみると、唸り声を上げて起き上がった。


「うぅん……」


 目を擦りながら開けると、俺と目が合った。

 すると目をパチクリさせて、顔を赤らめる。


「えっと……。や、優しくお願いします……」

「……え?」


 思っても見なかった言葉に、俺は一瞬思考を停止させる。

 そして、俺がその言葉の意味を理解する前に、女子生徒が慌てて訂正する。


「ご、ごめんなさい! 今のなしで!」

「え? あの……、はい」


 女子生徒は体を起こしたかと思いきや、またしてもソファに寝転ぶ。

 長い髪は先のほうをシュシュで束ねられており、ピンクの髪は揺れる度に甘い匂いが漂ってきそうだ。


「大きな声出してごめんね」

「いえ、全然大丈夫ですよ」

「それで、ここに何の用かな。二年B組の遠野幸久くん」


 ゆっくりと俺の名前を言われ、一瞬ドキッとする。

 落ち着け、ここは冷静に話そう。


「俺のことを知ってるんですね。香月詩央先輩」


 俺はこの人のことを知っている。というより、知らない学園生はいない。

 俺は楠の新聞を読んで知った。


 学園入学以来、常にテストの成績は学年トップを維持し、学力において右に出る者はいない。

 しかし同時に、ほとんどの授業に出席せず、三年を四回も留年している。

 学園始まって以来の才女であり、問題児であることも知られている。


 同じ学園生でも美少女というより、美人という印象が強く。

 同じ学園生では見ることのない豊満な胸もさることながら、この容姿端麗さから男子からの人気は計り知れない。

 そして……、滅茶苦茶色っぽい。


「ふふっ。そっちも私のこと知ってるんだ」

「流石に知ってますよ」

「そうなんだー。嬉しいなー」


 香月先輩は嬉しそうに笑う。

 噂でしか知らなかったから、実際に見るのは初めてだ。

 思っていたより良い人そうで、とても問題児だとは思えない。


「ここって青春部……で合ってますか?」

「あれ? 男の子なのに知ってるんだー」

「合ってるんですね」


 香月先輩は意外そうに言うだけで、大して驚いてはいない様子だ。


「顔、隠さなくていいんですか?」

「君は私のことを他の誰かにバラす?」

「……いえ」

「ならこのままで」


 それでいいのか。

 口約束なんてそこまで信用できるものでもないだろうに。


「それで、何の相談かな?」

「相談じゃないんですけど……」

「じゃあ、可愛い可愛い詩央ちゃんに告白?」

「それも違います」


 今のはきっと冗談だろう。


「この紙を見て気になって来たんです」


 俺はそう言って青春部の勧誘用紙を渡す。

 香月先輩は少し驚いた様子で紙を受け取った。


「これ、失くしたと思ってたけど、遠野くんが拾ってたんだ〜」

「昨日、校門前で拾いまして」

「うんうん。それで気になって来たんだ〜」

「そんなところです」


 まさか香月先輩がしているとは思ってなかったけど。


「キミ、委員会にも部活にも所属してないよね?」

「えぇ、そうですけど」

「じゃあ、青春してる?」

「一般的に見ればしてないと思いますが……」


 いきなり質問をしてきた。どういう意図だろう?


「じゃあ……」


 次はどんな質問をしてくるか身構える。


「キミは、簡単に解決できない悩みや後悔がありますか?」


 その言葉に、俺は一瞬ドキッとする。

 この人は俺のことをどこまで知っているのだろうか。

 いや、知らないはず。知っているわけがない。

 あのことは、一部の人間しか知らないはずなのだから。


「あります」

「回答ありがと」


 先輩はそう言うと、目の前にあるノートに何かを書き始める。

 書き終わったかと思うと、ソファから立ち上がり、俺の前に来る。


「おめでとう! 今日から君は青春部の部員です!」


 そう高らかに宣言された。

 手を前に差し出され、握手を求めてくる。


「ドンドンパフパフ〜」


 そこ自分で言っちゃうのね。


「俺、入部するなんて一言も言ってないですけど」

「え〜入部してくれないの〜?」


 香月先輩は目の前でしゃがみ、上目遣いで訴えてきた。

 緩く締められた胸元は、制服の間から谷間が見えそうだ。


「でももう部員名簿に名前書いちゃったし〜」

「……は?」


 そんな色仕掛けには屈しない! と思った矢先にそんなことを言われ、間抜けな声を出してしまった。

 部員名簿って……。

 俺がこの部屋に入ってからさっきまでの記憶を辿る。

 すると、俺が質問に答えた直前に何かを書いていたことを思い出す。


「これかぁ!」


 机の上に置いてある一冊のノートに手を伸ばし、掴み取った。

 ページを捲っていくと、「部員名簿」と綺麗な字で書かれたページを開いた。


 そこには、香月詩央という先輩の名前。

 そして、遠野幸久という俺の名前が書かれていた。


「お、俺の学園生活が……」


 不可抗力とはいえ、部に入ってしまうとは……不覚!

 さらば俺の日常。ようこそ、俺の新たな日常。


「ちょっと、そこまで悲しむ!? 失礼じゃないかな〜」


 香月先輩が驚きながらも、少し悲しんでいるようだった。

 ま、まあ自分の部に入った人にそんなこと言われたら悲しくなるのも無理はないか。

 俺は泣きたいけど。


「なってしまったものは仕方ないですよね……」

「うんうん。仕方ないよね〜」

「原因はあなたですけどね!」


 まじで説教でもしてやろうかと思ってしまった。


「ところでこの部って何するんですか? 生徒の相談に乗るだけですか?」

「青春をすること……だよ」

「青春……ですか」

「そう、青春」


 青春と言われても、今まで興味がなかったものだから、どんなことか想像があまりできない。


「みんなで遊んだり〜、海に行ったり〜、温泉に行ったり」

「遊んでるだけじゃないですか」

「わかってないね〜。それこそが青春なんだよ」

「……よくわかりませんね」


 まず青春とはなんだろう。

 具体的な定義はなく、人によって様々な気がするが。


「あとは〜、異性と付き合ったり?」

「恋愛……ですか」


 確かに、青春と言われて思い浮かぶ中に、異性と付き合ったりすることもあるけど……。


「そもそもこの部って何なんですか? 募集してる生徒の条件もよくわからないですし……」

「ん〜。キミみたいな変人ばかりが集まって青春をする。それって最高に楽しそうじゃない?」

「楽しそう……ですか」


 笑顔でそう言った先輩は何処か楽しそうで、まるで子供のようだった。

 俺が変人……なのかどうかはわからないが、この人が変人なのは間違いない。


 俺は一瞬、その姿に真白の姿を重ねてしまった。


「そういえばこの部の入部条件と部則について説明してなかったね。どうする? 明日でもいいけど」

「今からで大丈夫です」

「りょうかーい」


 楽しそうにしながら、部屋の端っこにあったホワイトボードをこっちまで持ってきた。

 もしかしたら、ここでもう一度。あのころのように楽しい日常を過ごせるのかもしれない。

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