第7話 一日の終わり

 数十分ほどして公園を後にし、橋の前まで戻ってきた。

 梓を泣かしてしまった手前、家に帰りづらい。


「……コンビニ寄るか」


 アイスでも買って謝れば許してくれるだろう。


 家から来た道を少し外れ、一番近いコンビニへと向かう。

 公園から少し離れれば、そこはもう市街地だ。

 家が立ち並び、ときどき子供の大声が外に聞こえてくる。夜中なのに賑やかだ。


 少し進むとコンビニが見えてきた。

 市街地の近くにあるので、昼間や夕方など日が出ているときは人が多いが、夜中ともなると人の姿は少ない。

 仕事から遅く帰ってきた大人がいるくらいだ。


「らっしゃーい」


 気怠げな店員の声が聞こえた。

 明るく照らされた店内に他の客はおらず、俺と店員の二人だけだ。

 カップアイスを二つ手に取り、カウンターに置く。


「もしかして真那さん?」

「あれ、幸久くん。こんばんは」


 カウンターの向こうにはサクの姉である、海堂真那がいた。

 そういえばこの時間帯は真那さんここでバイトしてるんだっけ。

 夜中は客が少ないからって理由で、わざわざこっちのコンビニでバイトしてるのは真那さんらしいと言える。


「またサクが文句言ってましたよ」

「あー……うん。今日言われた。『自分のものくらい自分で片付けろ』って」

「ははは。そりゃそうでしょうね」


 似ているようで似ていないサクの声真似に、俺は微笑した。

 性別が違うので声の音は全然違うのだが、流石姉弟というべきか。喋り方の特徴はきちんと捉えられていた。


「お酒、やめないんですか?」

「やめたいとは思うんだけどねー……。やめられないのよー」

「それはそれでどうなんですか……」


 この人はもう酒に溺れてるな。

 大学は頑張って行ってるらしいから、線引きはちゃんとできてるみたいだけど。


 ポケットから財布を取り出し、会計を済ませる。


「お酒はいいよー。将来の不安とか、嫌なことを忘れられるからねー」

「それを現実逃避って言うんですよ」


 全く……。どうしてこんな駄目な人になってしまったのだろうか。

 学園に居るときは比較的真面目だったはずなのになぁ。


「幸久くんも、お酒を飲んだらきっとハマるよ〜?」

「まだ未成年ですから」

「それは残念」


 財布をポケットに入れ、アイスの入ったレジ袋を手に持つ。


「幸久くん、おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」


 真那さんと挨拶を交わし、コンビニを出る。


 もし、酒を飲んだら……。将来の不安だけじゃなく、過去のことも忘れられるのだろうか。

 俺が酒を飲めばハマるってのはあながち間違いじゃないかもしれない。

 あんな風にはなりたくないけど。


「さて、と……」


 家に帰ってきたものの、どう謝ろうか。

 まあ、流れに任せよう。

 梓のことだ。もしかしたら機嫌も直ってるかもしれないしな。


「ただいまー」


 返事はない。

 自分の部屋にでもいるのだろうか?


 リビングへと行くが姿はない。テレビの音だけが流れている。


「また点けっぱなしか……」


 リモコンを手に取り、テレビの電源を切る。

 梓の姿がないので、買ってきたアイスを一旦冷蔵庫に入れる。


 取り敢えず風呂に入ろう。

 まだやらないといけないことがいっぱいだ。


     *     *     *


 風呂から上がり、自分の部屋で宿題を片付ける。


「よしっ、終わった」


 ノートを閉じ、軽く伸びをする。

 机の端に置かれた時計の時刻は、十一時になろうとしていた。


 梓は寝てしまっただろうか。

 結局謝られないまま、今日が終わろうとしている。


 喉が渇いたし、リビングに行ってお茶でも飲もう。

 その後は歯を磨いて寝るか。


 階段を降りてリビングに行くと、消したはずのテレビが点いていた。

 ソファには梓がいて、クッションを抱いて見ていた。


「まだ起きてたのか」

「宿題してた」

「……そうか」


 会話が途切れる。

 あんなことがあったあとだから話しかけずらい。


「……アイス食べるか?」

「食べる」


 即答だった。

 相変わらずアイスには目がないようだ。


 俺は冷蔵庫に入れておいたアイスを二つ取り出し、梓に一つ渡す。

 そして、いつものように梓の隣に座る。


 テレビには芸能人がわいわいしている番組が映され、特に面白みもない。

 芸能人が好きな人には面白いんだろうが、そういうのに興味もない俺にとってはどうでもいいと感じる内容だ。

 出ている芸能人の名前も全くわからない。


「これ面白いか?」

「面白くない。つまらん」


 どうやら俺と同じらしい。

 だが他にすることもないので、二人でテレビを見続ける。


「……さっきは悪かった。あんな言い方して」


 様子を伺いながら、梓に謝る。


「大丈夫だ。それより、幸久の過去に口を出そうとした私も悪かった」

「じゃあ、ここはお互い様ということで」


 下手に平行線にならないように、会話を終わらせる。


 テレビを見ている間に食べ終わったアイスのゴミを梓から受け取り、ゴミ箱へと持っていく。


「忘れるから、今のうちに歯磨いとけよ」

「わかってるー」


 まだテレビを見ている梓にそう言い、一足先に洗面所に行く。


 青春部か……。聞いたことのない部活だな。

 そもそもそんな部活が学園に存在しているのだろうか。

 活動内容も「青春をする」ってことしか書かれていなくて、どんなことをするとか具体的なことが書かれていない。

 はっきり言って、部の活動が全く想像できない。


 そもそも簡単に解決できない後悔や悩みを抱えてるやつらを集めて青春をするとか何を考えているのだろう。

 そんなやつら普通じゃないに決まっているというのに。

 だが、その条件に俺は当てはまっている。どうやら俺は自分で自分を普通じゃないと思っていたらしい。

 訂正、後悔や悩みを抱えることは誰にでもある。

 そう、俺は至って普通の学園生だ。


 明日、楠にでも聞いてみよう。

 あいつなら知っているかもしれない。


 洗面所を出ると、入れ違いで梓が入る。


「リビングの照明切っとくぞ」

「へーい」


 リビングに行くと、テレビが点けっぱなしのまま放置されていた。


「またか……」


 この様子だと俺が最後に部屋に行くほうがいいだろう。

 多分、洗面所の照明も消し忘れる。


 暫く待っていると、洗面所のドアが開いた。

 歯磨きは終わったらしい。


「もう部屋に行って寝ろよ」

「ん」


 寝るよう促すと、梓は素直に聞き入れ、二階に上がっていった。

 予想通り洗面所の照明は点いたままだった。


 一通り照明を消したあと、自分の部屋に入る。

 そろそろベッドに入って寝ようかと思ったとき、梓が部屋に入ってきた。


「眠れないのか?」

「幸久、私と一緒に寝ろ」


 そう言って、梓は俺より先にベッドへと潜り込んだ。

 俺のベッドなはずなのに……。


「そう不満そうにするな。幸久は私と一緒に寝られるんだ。光栄に思うがいい」

「一体何様なんだ……」

「妹様だ」


 その妹様はベッドから離れる様子がないので、仕方なく妹様のいるベッドに俺も入る。

 梓は体が小さいのだが、それでもこのベッドに二人で寝るのは少し狭い気がする。

 まあ、いいか。

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