第6話 桜咲く公園で
「はー疲れた」
最初は三十分くらいだけ付き合うつもりだったが、白熱しているうちに二時間も経っていた。
なんて恐ろしい時間泥棒なのだろうか。ゲームというものは。
「梓、先に風呂入って来い」
「へーい」
梓は気怠げに返事をし、とてとてと脱衣所に向かった。
さて、いつもの場所に行くか。
ハンガーに掛けてあるコートを羽織り、懐中電灯を持って玄関に行く。
春になって暖かくなってきたとはいえ、夜はまだ冷える。
「また……、あそこに行くのか」
靴を履いていると梓が後ろに立っていた。
「……あぁ」
いつもは何も言わずにいてくれるのだが、今日はどうしたのだろうか。
「幸久も分かってるんじゃないのか。もう再会することはないって……」
梓の言った言葉に、俺は苛立ちを覚える。
掴んだドアノブを、無意識に強く握りしめていた。
「……お前には関係ないだろ」
俺の放った一言に、梓はビクッと体を震わせる。目には涙を滲ませ、怖がっているようだった。
梓は俺を心配して言ってくれてると理解しているはずなのに、感情を抑えきれず、強い口調で梓に苛立ちをぶつけてしまった。
そして、言葉を交わさず俺は家を出た。
コートに入れた家の鍵を取り出し、鍵を閉める。
妹を泣かせてしまったという罪悪感の中、重い足取りで目的の場所へと向かう。
暫く歩くと、広く浅い水路が見えてきた。
その水路に沿って歩いていき、崩れた橋の前で足を止める。
「確かこの辺だよな……」
道の脇に生い茂っている草木を掻き分け、草を踏んで出来た道を奥へ奥へと突き進む。
ある程度進むと草があまり生えておらず、狭い道になっている場所に出た。
後ろを振り返ると、さっき目にした崩れた橋がある。
道には街灯が一つもなく、暗闇がずっと続いている。
手に持った懐中電灯を点け、道を照らしながら先に進んでいく。
聞こえるのは俺が地面を歩く足音だけで、少々不気味だ。
この先には、この地域でもあまり知られていない公園がある。
伸び放題の草木を見れば分かるが、この道も長い間手入れはされていない。
それもそのはずで、あの崩れた橋は俺が子供の頃からずっと崩れているままで、普通はこっち側に来れないからだ。
俺がさっき通った道は子供の頃見つけた場所で、橋を使うことなく公園に行くことができる。一部の人間だけが知っている抜け道だ。
忘れ去られた公園だが、中央にある街灯は未だ夜の公園を明るく照らし続けている。
手入れがされず、錆びついてしまった遊具は今にも壊れそうだ。
俺は公園に着くなりベンチに横たわり、満開に咲く頭上の桜をじっと眺める。
「――きれいだ」
率直な感想が自然と口から溢れた。
この公園に訪れると昔のことを思い出す。
毎日バカやって、最高に楽しかったあの頃を。
* * *
「よーっし。じゃあ今から俺達の組織名を決めるぞ!」
鉄棒に座った藍色の髪の青年が俺達にそう言った。
俺、悠、佐久間の三人はその青年に目を向ける。
「真白ー、何で名前を決める必要があるんだよ」
「あぁ? それはな……」
鉄棒に座っている青年、真白は大きく息を吸う。
俺達は続きの言葉を固唾を呑んで見守る。
「カッコいいからだ!」
とびっきりの笑顔で、真白は答えた。
「あ、やっぱり真白は真白だ」
もっとまともなことを言うと期待した俺達がバカだったらしい。
「つーわけで組織名を考えてきた」
「真白のくせに準備がいいな」
「あっははははは。悠、俺だって日々成長してんだ。いつまでも昔の俺とは違うんだぜ」
「つっても俺達が知り合ったのって最近じゃん」
「細かいことは気にすんな!」
真白は鉄棒から飛び降り、細い木の棒を拾う。
「俺達の組織名は”L.F.B.S”だ」
真白はそう言いながら地面に四文字のアルファベットを書いた。
「えるえふびーえす?」
「”Like a flying bird in the sky”この英単語の頭文字を取って”L.F.B.S”だ」
「真白ー、どういう意味だよー。幸はわかるのかー?」
佐久間に聞かれた俺は首を横に振る。もちろん、悠も分からないようだ。
まあ、俺達は小学生なのだから英語なんて習ってないし、分からなくて当然だ。
大人のくせに、やることなすこと俺達子供と同じレベルの真白だが、変に頭が良いところがムカつく。
「日本語に訳すと”空を飛ぶ鳥のように”って言葉になる」
「「「?」」」
俺達はその言葉の意味が分からず、三人とも首を傾げる。
俺は空を飛び回っている鳥たちを見る。しかし、真白の言った言葉の意味は分からない。
「真白ー、どういうことだよー」
「お前たちもいずれこの言葉の意味が分かるときが来るさ」
「何だよー、教えてくれたっていいだろー」
「ふはははは。じゃあ、お前たちが大人になったとき教えてやるよ」
* * *
懐かしい思い出だ。
あの後、女の子がもう一人”L.F.B.S”に加わったんだっけ。
ポケットから一枚の紙を取り出す。
青春していますか?
学園で見たときから、ずっとこの一文が頭の中を渦巻いていた。
青春部は簡単に解決できない後悔や悩みを抱え、青春を送れていない。そんな人を募集しています。もし興味があれば、旧生徒会室をお尋ね下さい。
続きにはそう書かれていて、ご丁寧に正門から旧生徒会までの地図が手書きで描かれていた。可愛らしい猫のイラストまで描かれている。
「……なあ真白」
俺はもう会うことのできない人間の名前を呼ぶ。
「俺に……青春を送る資格なんてあるのか……?」
俺は真っ暗な空に向かって呟く。もちろん返事など返ってこない。
俺達の組織名”L.F.B.S”「空を飛ぶ鳥のように」の意味は未だに分からない。
仲間も救えなかった俺に。
青春なんて、送れるのだろうか……。
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