第2話 私立風袮学園

 一人で先に昇降口に到着し、上履きに履き替える。その後、二人も昇降口に到着した。

 予鈴の鳴る十分前くらいだからか生徒が多い。それでも三人で話しながら歩ける程度ではある。


「幸〜、機嫌直せって。ほらほら、今ならあたしのおぱーい触り放題だぞ〜」


 悠は自分の手でおぱーいを下から持ち上げて強調させる。

 だが悲しきかな。ぺったんこを強調したところで結局はぺったんこなのだ。


「おめーなんだその目は。喧嘩売ってんの?」


 暫しの間悠の胸を見ていると睨まれた。成長しない胸のこと気にしてるんだろうか。


 でもジョークとはいえ、あまり生徒が多い場所で言わないでほしい。周りの視線が痛い。

 他の男子からしたら羨ましいだろうが、これは長い付き合いだからこそ言えるジョークだ。

 本気にしておぱーいを触ろうものなら、悠が満足するまで謝らないと口を聞いてくれなくなってしまう。


「もう機嫌直してるから。ここでそういうことは言わないの」

「へいへ〜い」

「お前らは相変わらずだなぁ」


 と三人で笑いながら話をする。

 うむ、いつもと同じ平和な日常だ。

 そう思った矢先、平和な会話が突如として消え去った。


「そこの先輩方、ちょっと待ってください」


 一人の女子生徒が俺達にそう声を掛けてきた。

 俺達は足を止め女子生徒を見る。

 見覚えのない顔だ。先輩と呼んできたし、一年生なのだろう。


「げっ」


 悠が女子生徒を見て声を出す。


「どうした? 何か不味いのか?」

「あの腕章見てみろよ」


 サクにそう言われ、女子生徒制服の袖に目をやる。というか腕章ってことは……。


「……監理委員会か」


 監理委員会――それは生徒の学校生活を取り締まる。謂わば風紀委員会のようなものだ。

 規則違反者や著しく風紀を乱す者は見つかり次第、監理委員によって連行され、事実だと判明すれば罰則が与えられる。

 各部活動の監理も行っており、各部活の部費は監理委員会によって決定される。

 部の活動内容やその実態によっては部費が減ったり、最悪の場合廃部になることだってある。

 まさに学園の部活の生死を握っていると言ってもいいだろう。

 だから部に所属してるやつらは監理委員に媚びようとすることだって珍しくない。媚びて成功したやつは見たことないが。


「先輩方、校内での不純異性行為は禁止です」

「さっきの会話はただのジョークだって。目くじらを立てるほどのことじゃないだろ?」

「だとしても、このような公の場で風紀を乱すような発言は控えてください」

「幸、いいって。あたしが悪かったよ。今後は気をつける」


 女子生徒に反論しようとすると、悠に遮られた。

 口調は落ち着いているようだが、監理委員とは関わりたくないという気持ちは見て取れる。

 悠はいろんな部に助っ人として行くから当たり前ではある。

 まぁ監理委員と関わりたくないのは悠だけじゃない。大半の生徒が監理委員を嫌っているからな。俺だってその一人だ。


「反省するんで今回のことは見逃してください」


 悠に続いてサクがそう言った。


「分かればいいんです」


 そう言うと女子生徒はこの場から去っていった。


「相変わらず監理委員会は頭の固いやつばっかだな」


 監理委員の女子生徒が居なくなったことを確認すると、サクが愚痴をこぼした。


「しかもさっきの子、一年生っしょ? 入学して早々監理委員会に入るなんて。とんだ変わり者もいるんだなぁ〜」

「周りから嫌われる監理委員会なんて変わり者じゃなきゃそもそも入んないだろ」


 サクの言う通り、監理委員会に入るということは、クラスメイトどころか大半の学園の生徒に嫌われにいくようなものだ。


 ここ私立風袮学園は「自由」を謳っており、中等部と高等部が存在するエスカレーター式だが、外部生も広く受け入れている。

 校則もそこまで厳しくなく、成績さえ悪くなければ授業中寝ていても大丈夫なのだが……。

 さっきのように監理委員会の存在によって、学園での普段の生活態度も気をつけなければならないこともある。

 学園の謳う自由と厳しい監理委員会のちぐはぐさから、監理委員が嫌われてしまうのも自然なことだろう。

 自由にはある程度の規則が必要ってのはわかるんだが……。

 俺にとって幸いなのは、クラスメイトに監理委員はいないことだろう。


「反論したくなる気持ちも分かるけどさ、幸はあのくらい我慢するようにしたほうが身のためだぞ」

「監理委員に目をつけられたが最後、学園での自由はなくなっちまうぞ」

「それはわかってるんだけどな……」


 二人とも俺を心配してくれているのだろうか。

 まぁ俺も監理委員に目をつけられるのは御免だ。

 校則の緩さもこの学園に入学した理由の一つだからな。それを自ら手放したりはしたくない。


 教室の前まで歩き、悠が教室のドアを開ける。


「おいっす!」


 いつものように悠がクラスメイトに挨拶をする。それにクラスメイトが挨拶を返す。

 悠の元気な挨拶を聞くと、一日が始まったと感じられる。


「お、三バカさん。ういっす」


 クラスメイトの楠茉莉が手をブンブンと振りながら挨拶をしてきた。

 机の上には立派なカメラが置かれている。


「まっつー、おすおす」

「よう」

「よっ」


 三人でいつもの挨拶を返す。

 悠は挨拶を交わし、楠に抱きついて胸に顔を埋める。


「相変わらずふわふわだな〜」


 そう言った悠は、とても幸せそうな顔を浮かべていた。あの胸じゃ自給自足もできないからな。仕方がない。


「楠、俺も頼む」

「お、遠野もか? いいぜ、どんと来い!」


 楠が俺に対して身構える。

 うむ、ノリを良く分かってらっしゃる。

 悠やサクほどではないが、流石中等部からの付き合いだ。

 まぁ同級生の大半が中等部からの顔見知りだけど。ただ結局俺が仲良くなったのは楠しかいない。


「いいわけあるか!」

「あたっ」


 楠に近づいて体を倒そうとすると、悠に頭を軽く叩かれた。

 双方同意なのに……。


「あはは。遠野、ドンマイ」


 他人事じゃないんだぞ楠さんや。


「ま、正妻に止められたんじゃ仕方ないよね」

「おうおう、まっつーは物分りがいいなー。って誰が正妻じゃい!」


 悠がノリツッコミをする。最近はより一層ツッコミに磨きがかかってる気がする。


「というかあたしと幸が夫婦だったらサクは何になるんだよ」

「んー……」


 楠に見つめられたサクがポーズを決める。

 その度に周りの女子がサクに見惚れていた。

 こいつの恋愛対象を知っていても見惚れてしまうのか。何て羨ましいんだ。


「小舅?」

「何で俺だけ格が下なんだよ!?」

「まぁまぁ、気にしない気にしない」


 楠はサクの肩を手でポンポンと叩いて慰める。

 四人で仲良く騒いでいると、突然後ろから誰かに頭を叩かれた。


「ほれ四バカども、そろそろチャイム鳴るから席に座れ」


 いつの間にか後ろに担任の月嶋先生が立っていた。

 右手に持っている出席簿でさっき俺を叩いたのだろう。


「月嶋先生、おはよー」

「おはよーっす」

「おはよう。お前たちは朝から元気だな」


 月嶋先生は生徒と挨拶を交わす。相変わらず覇気がなく眠たそうだ。


「先生は相変わらず元気がないっすね」

「遠野か、お前もいずれ分かるようになるさ」


 月嶋先生は何処か懐かしむような目で言った。

 嫌だなぁ。一生分かりたくないなぁ……。


 そんなやり取りを交わしているとチャイムが鳴った。


「とにかく、朝のホームルーム始めるぞ」


 教室のあちこちで「はーい」と返事が聞こえ、椅子を引く音が響く。


「幸、席行こっ」

「そうだな」


 悠にそう言われ自分の席に座る。

 クラスメイト全員が座ると日直が号令をした。

 今日も今日とて平和な一日が始まる。

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