第1話 一日の始まり

 春は一年の始まりであり、学生にとっても環境の変化が多い多忙な時期だ。

 ある者は新しく学校へ入学し、ある者はクラス替えに一喜一憂する。特に多くの新入生は新たな出会いに胸を膨らませていることだろう。

 だが暮らしに変化が訪れる者もいれば、変わらない者がいるのも必然で。俺、遠野とおの幸久ゆきひさもその一人だ。

 二年生になったことでクラス替えがあったものの、数少ない友人は変わらず同じクラスとなった。入学式から二週間経った現在も変わらない日常を送っている。


 まぁ部活動にも委員会にも所属せず、校外活動も一切していないため先輩や後輩と関わる機会がない。それどころか他クラスとも関わりが少ないのだから当然だろう。

 だが、そのことが理由で寂しいと思ったことはない。

 今はただ何もせず。のんびりと生きているほうが俺には合っている。


 暫く歩くと学園が見えてきた。周りには同じ学園に通うの生徒の姿が増え、クラスメイトも何人か見える。

 校門の前では何人かの生徒が、別方向から来た友人と挨拶を交わしていた。


「ゆ〜き〜」


 校門をくぐり学園内に入ろうとした直後、俺の名前を呼ぶ声が聞こえ足を止めた。

 聞き慣れた声に振り返ると、長い金髪を揺らしながら駆け足で来る友人の姿があった。そして、その後ろにもう一人の友人がついてきていた。


「よっ」

「よーっす」

「よう」


 俺の数少ない友人であり幼馴染の海堂かいどう佐久間さくま朝比奈あさひなゆうと挨拶を交わす。

 足を止めて二人を待ったあと、三人並んで校門をくぐる。


「……やっぱり未だに慣れないな」

「まぁまぁ、去年と同じようにそのうち落ち着くって」


 今、俺たちは周りの女子の視線を集めまくっている。その視線は俺や悠じゃなく、全てサク……海堂佐久間に向けられているものだ。

 何せこいつは見てくれだけはいい。平均的な容姿よりは上だと自負している俺が霞んで見えるほどだ。


「何を話してるんだ?」


 悠と何を話していたか気になったのか、サクが俺に聞く。


「どうやったらお前がモテなくなるか」

「いやいやお前、何平然と嘘をついてんだ。ただ周りの視線が気になるなーって話してただけだよ」


 俺の冗談を言うと、悠がすぐに訂正する。

 冗談で言ったことだが、俺はそう思っていないわけではない。

 生まれてこの方女子から一度も告白されたことのない俺としては、女子にモテまくるこいつを羨ましいと思うこともある。

 先日も高等部の一年生に告白されたが断ったらしい。まぁでもこいつの恋愛対象を知っている俺からしたら、後輩が不憫でならない。


「それよりサクはどうなん? もう入学式から二週間経ったけど」


 悠がサクにそう聞く。

 どうというのは『良い女の子は見つけたか』という意味だろう。


「今年も駄目だった。可愛い女の子はいるけど、俺の理想の子は見かけなかったな」

「そりゃ可愛い子はいるだろうけどよ……。おめーの言う背の低いがまじで低すぎるんだよ。身長百四十前後の子なんて高等部どころか中等部にもいるかどうか怪しいっての」

「そうなのか? 俺からしてみればみんなの背が高いんだが。悠も五年前の姿ならなぁ」

「うわぁ……」


 サクのその発言には、流石の悠も引いていた。

 見てくれはいいサクだが、この小さい子好きのせいで今まで彼女ができたことはない。

 上級生下級生問わず告白されるが、その全てを断っているという。


 小さい子が好きなのは間違いないが、ロリコンとは少し違い、背が低い年下なら一つ年下でも構わないらしい。

 そのことは既に二年生の間では広まっており、同級生から告白されることはなくなってしまった。

 一年生からの告白も断ったらしいし、一年生の間で広まるのも時間の問題だろう。


 悠はわざとらしくサクから距離を空け、俺のほうに体を寄せる。

 目の前に舞うさらさらの髪から、女の子特有の甘い匂いが漂い、鼻を刺激する。


 基本的に口調も中身も男っぽい。いい女子なのだが……。

 容姿は金髪で一見ギャルっぽく、体も女の子らしく育っているので、こうも体が近いと異性として意識せざるを得ない。


 近い近い! 頼むからもう少し離れてくれ!

 ……なんて言えるはずもなく、我慢するしかない。


 すると、悠は俺の様子が変なことに気づいたのか、悪戯な笑みを浮かべて体をさらに寄せてきた。


「あれ〜? 幸、どうしたの〜? ま・さ・か、あたしに欲情しちゃった〜?」


 悠はさらに俺を煽ってくる。まるでイタズラに成功した子供のようだ。


「きゃ〜! あたしの貞操が幸に奪われる〜!」


 わざとらしく声のトーンを上げてそう言う。

 体をくねくねと捻る度に、それに合わせて慎ましい二つの小山が小さく揺れ……ない。

 けど目のやり場に困るから体を捻るのをやめてほしい。


「そんなもの何処かに捨てちまえ」

「ひでぇ! 幸はあたしが見知らぬヤリチンのチャラい男にヤリ捨てされてもいいって言うのか!」


 頬をぷくっと膨らませ、プンスカ怒っているようだった。

 俺達は幼馴染ということもあり、悠は女子でありながらこういうエロい話をすることにもあまり抵抗がない。

 他の男子にエロい話を振られるとすごい勢いで引いてしまうが。それだけ俺達の仲が良いということだろう。


「安心しろ。お前が男に引っかかることはない」

「それ褒めてんの? 貶してんの?」

「両方」

「そこは褒めてるって言えよ!?」


 悠は男っぽいところもあるが、見た目だけならまさに女の子って感じだし、正直言って可愛い。

 他人のことはよく見てるし、物事ははっきり言う性格だから悪い男に引っかかるなんてことないとは思うが……。


「……まぁそのときは守ってやるよ」


 すると悠とサクの目が点になった。

 まるで信じられないものを目の当たりにしているかのように体を震わせる。


「「ゆ、幸が……」」

「……何だよ」

「「幸がデレた!?」」


 二人は大声でそう言った。

 悠は俺に体が触れてるくらい近いんだから、大声を出すのは勘弁してほしい。


「サク、今の聞いてたか」

「あぁ、ばっちり聞いていたさ」


 悠は俺から離れ、何故か二人とも哀れみの籠もった目で俺を見ていた。


「幸、遂に頭もおかしくなっちまったか……」


 まるで頭以外は元々おかしかったような言い草だ。俺は最初っからどこもおかしくない。


「大丈夫だ。俺はどんな幸でもずっと親友だからな」

「そんな慰めいらねぇ!」


 ここに俺の味方はいないらしい。


「もういい、俺は教室に行く」


 そう言って教室へと向かう。


「あ、拗ねた」

「拗ねてないわい!」

「はいはい分かったから。置いていくなよ」


 予鈴までにはまだ余裕があり、話しながら教室に向かっても大丈夫そうだ。

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