初仕事(1)

都に来て早一週間。今は特に騎士団の仕事もなく、俺はひたすら刀を打ち続けていた。


「…ふむ。大分玉鋼にも慣れてきたか。」

「出来はどうですか。」

「…まあ、及第点か。お前さんはどうやら、基本的に打ち方にムラがあるみたいだ。ほら。ここを見ろ。」

「…あ。」

「ほんの少し凹んでいるだろう。これが、刀の重心が一方に偏る原因になる。」

「なるほど…。」

「強く叩けるのはいいことだが、もう少しばらけるように打つことを意識しろ。」

「勉強になります。」

「…熱心だな。」

「教えられることは嬉しいことですよ。俺の親父は見て覚えろと言って、あまり教えてくれませんでしたから。」

「なるほど。…これは意外と成長が早いかもしれんな。」


するとスミスさんは、顎を撫でながら棚を漁りはじめた。


「…実は、こんな要望が来ていてな。」

「要望…。」


スミスさんは俺に一枚の手紙を渡してきた。


「…『格安の特注を始めてほしい』…ですか。」

「ああ。どうやら案外、他の店では格安の武器が売れているみたいでな。うちでもこういう要望が結構来ているんだ。ほら、もうすぐ騎士団の入隊審査会があるだろ。」

「入隊審査会…。」

「…知らないのか?」

「はい。」

「じゃあ教えてやろう。騎士団に入る方法は二つ。…まあ、お前さんの場合を含めると三つある。」

「三つですか。」

「一つは、書類を提出して入隊審査会を受けにいくパターン。この場合は、筆記審査と実技審査と面接を突破する必要がある。ただ、この方法はそれなりの教養を必要とするから、受けるのは大体中流階級から上流階級の家の者だ。」

「はあ。」

「二つ目のパターンは、地方で害獣を駆除したり、凶悪な犯罪者を捕らえたりして社会に貢献した者に与えられる、推薦状を使うパターン。この方法は筆記審査は免除され、実技審査と面接だけで受けられる。どんな者でも受けられるから、下流階級や地方人がこの受け方をすることが多い。」

「なるほど。」

「…まあ、三つ目は、お前さんの全審査免除のVIP待遇だが、それは今はいい。今回このような要望があったのは、二つ目のパターンの者たちからだ。」

「…こだわりはあるけど、それを叶えるだけのお金がない人達がいるんですね。」

「ああ。だから、そういう層に向けた特注を始めたいんだが、お前さんはどうする?」

「…俺がやってもいいんですか。」

「そのつもりで話している。」

「…やります。」

「よし。じゃあ、明日から客をとるからな。覚悟しておけよ。客の顔が見えるというのは案外怖いからな。」

「はい。」




次の日。いきなり客が来た。


「すみませーん。表に張ってあった格安の特注品について聞きたいんですがー。」


すると、スミスさんが俺を呼んだ。


「ほれ。お前の客だ。お前が相手してこい。」

「はい。」


俺は店内に出た。


「いらっしゃいませ。格安の特注品ですね。こちらの設定は、見習いである私が対応させていただいているので格安になっております。ご了承いただけますか。」

「はい。俺もまだまだ見習いなもので。丁度いいです。」


その客は身長が高く、見た目は優しそうな男だが、手の豆と筋肉を見る限りかなり剣を振っているように見えた。


(これで『見習い』とは…。謙虚な人だ。)


「では、仕事を引き受けさせてもらいます、プカクです。よろしくお願いします。」

「こちらこそ。」

「ではまず、どのようなご要望がおありですか。」

「そうですねー、まず長めの刀がいいですね。それでいて、少し柄が長いものを。」

「…腕の長さを生かした遠間の剣ですか。」

「はい。…分かるんですね。」

「これでも少し剣を嗜んでいるもので。…とすると、反りもある程度小さくしてリーチをできるだけ伸ばしましょうか。」

「はい。」

「あとは…。そうですね。手の形を見せてもらってもいいですか。」

「分かりました。」


俺は客の手を見た。


「…手、大きいですね。」

「よく言われます。大きく生んでくれた母に感謝です。」

「…少し柄を太くしてもいいかもしれませんね。」

「柄の太さを?」

「はい。柄の太さでも力の伝わり方が大分変わってきますから。」


俺は相手の手をよく観察した。


「…右手、結構力が入ってますね。」

「あ…このタコですか?…そうですね。やっぱり右手に力が入っちゃいますね。」

「右手は力が入るだけ良いことが無いですしね。剣筋が曲がりますし、振りも遅くなります。」

「あはは…。」

「…ちょっとこの棒を振って貰えますか。」


俺は客に軽い棒を渡した。


「はい。」


客は棒を振った。

見たところ、途中まではしっかり振れているのだが、切る手前で左腕が止まり、右手が下がるように振ってしまっている。


「…前に使っていた刀は重かったですか。」

「はい。」

「…刀に持っていかれるような振り方が癖になっちゃってますね。矯正のためにも、重心を手元側に寄せて刀を軽くしましょう。」

「でも、軽くしたら威力が…」

「威力は大丈夫です。剣が長い分、先で斬ればちゃんと斬れます。」

「…本当に大丈夫でしょうか…。」

「まあ、不良品だったなら取り替えます。とりあえず、一度この設定で打ってみますので。明後日くらいに来てください。」

「明後日…早いですね。」

「良くも悪くも暇なんです。…お名前だけいただけますか。」

「ああ、そうでした。ミゲルです。」

「ミゲルさんですね。分かりました。」


ミゲルさんは出ていった。


「…ふぅ。」

「一丁前にやりきった感出しやがって。仕事はこれからだぞ?」

「分かってます。」


すると、間髪入れずにもう一人やってきた。


「すみません!表の特注ってやってるっすか?」


「おーおーおー。またお前の客だ。」

「はい。行ってきます。」


俺は店内に出た。


「いらっしゃいませ。格安の特注品ですね。」

「はい!」

「こちらの設定は、見習いである私が対応させていただいているので格安になっております。ご了承いただけますか。」

「はい!大丈夫っす!」


今度の客は、誠実そうな青年だった。身長は低く、細身で、手の豆は両方に均等にできていた。


(…何の武器の使い手か見当がつかないな。)


「それでは引き受けさせてもらいます。プカクと申します。よろしくお願いします。ではまず、どのようなご要望がありますか。」

「俺、小太刀で二刀流やってるんすけど、安くて丁度いい長さのものが無くって。ここって小太刀も売ってますか?」


(なるほど。二刀流か。)


「はい。特注品ですから。…小太刀ですか。やはり軽いのが好みですか。」

「はい。…あ、でも、重さはある程度は欲しいっす!そうじゃないと威力が出ないので!」

「なるほど。…小太刀は握ったこと無いんですが、長すぎると駄目なんですか。」

「はい。長すぎると腕の筋肉が追いつかなくて、斬るときに剣筋がブレるんっすよ。それに、長期戦に弱くなります。」

「なるほど。じゃあ、やはり腕の長さくらいがベストですか。」

「そうっすね。小太刀二刀流の長所は、間合いが狭い代わりに間合いに入ったら最強ってところなんすよ。ガードも攻撃も手数が違います。」

「ふむ…。なるほど。じゃあ、遠間だと防御することも多いんですね。」

「そうっすね。」

「…じゃあ、少し重くなっても耐久性をあげるべきですかね。」

「それはお任せしますっす。」

「…軽く、二刀流がどんな動きか見せてもらえますか。」

「えっと…武器無しの動きだけでいいっすか?」

「はい。」


すると、青年は流れるような動きを見せた。


「…こんな感じっす。」

「すごい…舞のようですね。」

「あ!分かりますか?この流派は、舞から派生した流派なんっすよ!」

「へぇ…。」


(そんな流派もあるのか。)


俺は適当な棒を取り上げた。


「…じゃあ少し、守るところも見たいので俺の刀を受け止める感じで動いてください。」

「刀?」

「…すみません。棒のことです。当てませんので、動きだけお願いします。」

「分かったっす。」

「じゃ、いきます。」


俺は棒を振った。

すると、流れるように相手は受け止めた。


「ストップで。…いなしていないんですね。」

「はい。相手の刀を止めるのが目的っすから。」

「…今の受け止め方だと、大分強度を上げておかないと、刀ごと頭を割られますね。少し重くなりますが、厚めに打っておきましょう。」

「刀ごとって…そんなのできるっすかね?」

「私ならできますよ。」

「…あー、そうっすか。」


(…信じてないな。この客。)


「…あ、後聞きたいんですけど、小太刀は諸刃の方がいいですか。」

「いえ、片方で大丈夫っす。裏で斬り上げると手首を痛めちゃうんで、基本は刃の表で斬りますから。」

「なるほど。大体分かりました。とにかく今の情報を元に打ってみます。明後日頃にまたお越し下さい。」

「はい!分かりました!」

「お名前だけよろしいですか。」

「はい!クリスっす!」

「クリスさんですね。分かりました。」



クリスさんは丁寧に一礼してから出ていった。


「…ふぅ。」

「お前さんにここまで繁盛されちゃ、俺も商売あがったりだな。」

「いえ。まだまだスミスさんには及びません。」

「なに、本気では言っとらん。…にしても順調だな。」

「スミスさんのブランド力のおかげです。」


すると、また一人客が来た。


「お、またお前さんの客じゃないのかい?」


すると、その客は俺を呼んだ。


「すみませーん。表の特注の紙を見てきたんですがー…。」

「…本当に俺の客みたいですね。行ってきます。」


(やっぱり都は一日で来る人数が多いな…。)


俺は店内に出た。


「いらっしゃいませ。格安の特注品ですね。」

「はい。」

「こちらの設定は、見習いである私が対応させていただいているので格安になっております。ご了承いただけますか。」

「はい。」


客は見たところ、女性で、身長は高めで、筋肉はあるがしなやかさが見られる体つきだった。


「…では、引き受けさせてもらいます。プカクと申します。最初に、どのようなご要望がありますか。」

「あの…わたし、薙刀を使っているんですけど、普通より長めの薙刀がほしいんです。」

「薙刀ですか。どのくらいの長さがいいですか。」

「大体7尺くらいですかね。」

「…確かに長いですね。ちゃんと振れますか。」

「はい。生まれつき力は強いので。」

「そこまで長いと、刀身を軽くしても威力が出そうですね。刀身は軽くしましょうか。」

「そこはおまかせします。」

「…薙刀って突いたりもするんですか。」

「はい。たまに突きます。」

「ふむ…槍とは違うんですか。」

「槍は突く武器ですが、薙刀は基本は斬る武器なんです。薙刀は、柄の長い刀なんですよ。」

「なるほど。…じゃあ、柄はしなやかというよりも堅い方がいいですか。」

「いや、ある程度しなやかな方が好みです。あまりにも しなるのは嫌ですが。」

「分かりました。ちなみに、薙刀で防御する時はどうするんですか。」

「基本は相手の武器を、剣先で押さえます。後は柄で受け止めたり…。」

「…では、やはり柄にも強度が必要ですね。」

「はい。」

「なるほど。大体分かりました。他に何か要望はありますか。」

「いえ。特には。」

「なるほど。とりあえず、長めの薙刀なんですね。」

「はい。」

「分かりました。では、とりあえずそれで打ってみますので。明後日…いや、三日後くらいに来てください。」

「はい。」

「名前だけいただけますでしょうか。」

「はい。リンです。」

「リンさんですね。分かりました。」



リンさんは店を出ていった。



「…ふぅ。」

「おい。一度に三つも受けて大丈夫か?」

「頑張ります。…でも、流石に四つはきついので、一旦表の張り紙剥がしてきます。」

「その方がいいな。」


俺は表の張り紙を一旦剥がした。


「…それにしても繁盛してたな。」

「期待に応えられるといいんですが…。」

「…まあ、自分が納得するまでやれ。絶対に妥協したものを出すんじゃねぇぞ。その報いは後で自分に帰ってくるからな。」

「はい。」

「…じゃ、取りかかれ。時間はないぞ。」

「はい。」


俺は工房に戻り、俺は鉄を打ちにかかった。

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