夢(3)

俺は今までの迷いが嘘のように吹っ切れた。

俺はこの村に残る為に。この村で過ごす為に。カナと一緒に過ごす為に。理由は、それで十分だった。

鉄を火の中に入れ、紅く、白く、熱していく。

不純なものを飛ばしながら、ひたすら鉄を叩いていく。


(…俺は、これからどのような運命を辿るとしても、絶対にカナを泣かせたくない…。)


叩いた鉄を水につけ、固くなった鉄を割り、不純物の少ない鉄を積み重ねてまた熱する。

何度も折り返した物を柔らかい層と一体化させ、伸ばしていく。


(集中しろ…!今までの技術を全て使うんだ…!)


ある程度の形が決まった所で一度冷まし、刀を研ぎ、刀に土を塗っていく。

そしてそれを高温の火で熱していく。


(カナを泣かせないために…そして俺が本当にやりたいと思うことにたどり着くために…!俺はこの刀を打つ!)


既に夜は更け、朝を迎えていた。

熱した刀を水につけ、急激に冷やす。

その瞬間、刀に命がこもる。

白い霧は朝の日差しで輝き、その眩しい光の中から刀が誕生する。


「…これは…。」

「すごい…。」


見ていたシモンさんと姫様が思わず声を出した。

親父は何も言わずにその刀を持ち上げ、調べた。


「…。」


暫くして、親父はその刀を置いた。


「…合格だ。どうにかして文句をつけてやろうと思っていたが、文句のつけようがない。」


姫様はその瞬間、笑顔になった。


「やりましたね!プカク!これであなたはこの村から出ずに済みます!これで本当に、あなたがやりたかったことが出来るんです!」

「…。」

「それにしてもこの刀は素晴らしいですね!私が見た刀の中で一番美しいですよ!あなたにとっても、今までで一番いい出来なんじゃないですか?」

「…。」

「…?プカク?どうしました?」

「…いえ。」

「とにかく!もっと喜んでいいんですよ!あなたはこれまで通り、この村で修行出きるんです!」

「…あの。」

「はい?」

「…そのことなんですけど…もう少しだけ考えさせてください。明日には返事しますので。」

「え…?」

「今日は疲れたので少し寝ます。親父。御免だけど朝食は頼む。俺の分はいらない。」


俺はそのまま、自分の部屋に行って眠った。




暫くして起きた後、俺は製鉄所に向かう途中、ずっと考えていた。

あの鉄を打つ感触、あの火を操る感覚、あの刀に命を吹き込む感動。


(今までの刀とは明らかに違った…。)


その理由を探していた。

俺は、あの刀を自分の為だけでなく、カナの為にも打っていた。カナを泣かせない為に打っていた。


(…人のために刀を打つのって、あんな感覚なのか…。)


少し悩んだが、もう、答えを見つけるのにそんなに時間はかからなかった。


「すみません。プカクです。」

「おっ!やっと来たな。今日は遅かったな。」

「朝まで刀を打ってたからな。」

「ふーん。相変わらず、睡眠時間が休憩時間レベルだな。」

「…なあ。アプト。」

「何だ?」




「俺、都に行くことにした。」




「…そうか。」

「…あんまり驚かないんだな。」

「何となくそんな気がしてたからな。」

「え…いつから?」

「この前。お前、『ただの戯れだ。』なんて言ってただろ?」

「ああ。」

「お前が戯言を言う時って言えば、大抵何か悩んでるときなんだよ。」

「そうなのか!」

「何年の付き合いだと思ってるんだ?お前の、冗談や戯言の言えない性格なんてとっくの昔に知ってるっつーの。」

「お前…意外に洞察力があるんだな。」

「意外ってなんだよ!」


そうやってアプトは笑い飛ばし、やがて会話が止まると、アプトの表情は落ち込んでいった。


「…寂しくなるな。」

「せいぜい五年だ。そこまで長い間じゃない。」

「五年か…。帰ってくるときは俺達21歳か。」

「そう考えると早いな。」

「ああ。早くて、遅い。」


また会話が止まり、しんみりとした空気になった。


「…ああ、鉄を持ってくるんだったな。ちょっと待っててくれ。」


そう言うと、アプトは店の奥に入っていった。

俺は店の中を見回した。決心がついた後で見ると、部屋の今まで気付かなかったような部分まで鮮明に見えてくる。

寂しいような。しかし、後悔はない。

アプトが奥から戻ってきた。


「今日はこんな感じだ。どうする?」

「この二つをくれ。」

「2000エルサ。」

「…丁度だ。」

「…カナにもちゃんと言えよ。」

「ああ。」


俺は鉄を風呂敷に包みながら言った。


「その…俺がいない間、カナを頼む。」

「分かった。その代わり、できるだけ早く帰ってこいよ。」

「ああ。」


俺は製鉄所を出た。




家に帰り、俺は親父と姫様とシモンさんに、都に行くつもりだと伝えた。


「…本当にいいのですか?」

「はい。やっと見つけたんです。本当にやりたいことを。後悔はないです。」

「…あなたがそうしたいと言うなら、分かりました。では、後の手続きは、シモン。任せましたよ。」

「御意。」


すると、親父は立ち上がって作業場に向かった。


「…シモン。ちょっと来てくれ。」

「何だ?打ち合わせか?」

「ああ。」


そのまま二人は作業場に消えた。


「…どういう心境の変化だったんですか?」

「都に行く理由ですか。」

「はい。」

「…俺、あの刀はカナの為に打ったんですよ。それで、人のために刀を打ってて、自分で自分が成長しているのが分かったんです。それで、都に行って、自分の限界と思えるくらいまで修行してみてもいいなと思いまして。」

「ふむふむ。で?」

「…以上です。」

「え!?それだけですか!?」

「はい。」

「もっと何か、カナさんとの話し合いとかしなかったんですか?将来の約束的な!」

「何であいつと何か約束をしないといけないんですか。」

「…貴方、もしかしてドンカンってやつですか?」

「その手の話ですか…。相手の感情なんて、隠している以上本人にしか分からないでしょう。確定しているならともかく、分かってもいないことを、さも知っているように話すのは傲慢です。」

「ああ…貴方がただ面倒くさい人ってだけですか…。」

「…まあ、あの刀はカナの為に打ったんで、カナに渡しに行こうと思ってます。それが約束の代わりですかね。」

「素直じゃないですね。」

「姫様。それ、傲慢ですよ。」

「じゃあ、違うんですか?」

「…。」

「ほらやっぱり。いいんですか?本当にカナさんと話さなくて?」

「…はい。」

「後で後悔しても知りませんよー?今、そんな面倒くさいことを言って、後で辛くなるのは貴方とカナさんだけですからねー。」

「…。」




俺は刀と、この前落としていった麦わら帽子を持ってカナの家に向かった。


「すみませーん。プカクです。」


すると、カナの姉が出てきた。


「おー。プカク君。いらっしゃい。カナに用事?」

「はい。渡したいものがあって。」

「そっか。ちょっとまってて。」


そう言うと、カナの姉は階段を上っていった。

しばらくすると、カナの姉が下りてきた。


「ごめんね…。何かカナ、プカク君と会いたくないって言ってるの…。もしかしてカナ、プカク君と何かあった?言いづらかったら無理には聞かないけど…。」

「いえ。何も。」

「そう…。じゃあ何でかしら…。」

「…あの。これ、カナに渡しておいてもらえますか。」

「…?刀?」

「はい。これ、カナのために打ったので。」

「いいけど…随分急ね。何でまた?」

「あー…。何処から話せばいいか分からないんですが、とりあえず俺、来週から都に行くことになったんです。なので…その…餞別…みたいなかんじです。」

「…ああ。なるほどね。それでか…。」

「…。」

「ああ、気にしないで。とにかく、これはちゃんと渡しておくわ。」

「よろしくお願いします。…あと、この麦わら帽子も。」

「…あら、そういえば被ってないと思ってたら、プカク君が持ってたのね。これも渡しておくわ。」

「お願いします。」




家に帰ると、姫様が暇そうにしていた。


「…帰ってくるのが遅いです。」

「これでも早く帰ってきた方です。」

「ずっと暇だったんですよー!あなたはカナさんのところへ行ってしまうし、レタルさんとシモンは作業場へ行ってしまうし…。」

「すみません。」

「じゃあ、都に行く準備をしましょうか。」

「唐突ですね。」

「色々と必要でしょう?住む場所とか、着るものとか、あなたの場合修行する場所とか、その他諸々。」

「…着るものは大丈夫です。自前の物を使用しますので。」


すると、姫様はため息をついた。


「…プカク。あなたは私がスカウトしたんですよ?そんな人が、ヨレヨレの作業服で都に来るなんて、私が許しません。いいですか?これは私の尊厳にも関っているんです。分かりますか?」


姫様は俺のヨレヨレの作業着を引っ張りながら言った。


「分かりました。なので離してください。襟が伸びます。」

「…もう伸びきってるじゃないですか…。こんな服、見たことがありませんよ…。」


姫様は俺の服を離した。


「…まあ、あとは刀ですね。」

「えっ」

「…まさか、あなたのその玩具のような刀で都に行くつもりだったんですか?」

「はい。」

「即答って…。駄目ですよ?これも身だしなみの一つです。こだわりがあるのは分かりますが、その刀は駄目です。…カナさんにあげたあの刀くらいのものでないと。」

「あれは…自分の為には打てないですよ。」

「だから、刀も準備しないといけないですね。」


(…しかし、自分の好みじゃない刀を振るのは憚られるな…。)


「とりあえず、今必要なものはこれくらいですかね。至急、ここに持ってきてもらえるようにしましょうか。」

「早馬を使うなら村の入り口辺りに馬宿があります。案内しましょうか。」

「いえ。大丈夫です。王族特製魔法式連絡装置がありますから。」

「魔法…。」

「ええ。魔法です。魔法の力を使って、遠くの人に連絡することができるんです。これなら、早馬を使わなくて済みます。」

「魔法なんてものがこの世に存在したんですね。」

「…あなた、もしかして数十年前に起こった戦争の話、知らないんですか?」

「戦争…。」

「…まあ、この辺りの地区はほとんど被害がありませんでしたから、知らなくてもおかしくないかもしれませんね。数十年前、全世界で魔法を使ったとても大きな戦争が起こったんですよ。我が国の北側にある最果ての村を巡って色んな国が攻めてきたんです。」

「それは…きついですね。」

「ええ。でも、その村は強大な魔法の力で全ての侵攻を防ぎきり、相手国に多くの戦死者を出させ、やがて我が国の勝利という形で戦争を収束させました。」

「防ぎきったんですか。」

「はい。…でも、そのような事件があったために、国内や世界中で魔法を禁止しようという動きが生まれました。ただ、当の北の住民はその気がサラサラ無いようで。それで、例外として我が国の騎士団や王族にのみ、北の住民の反乱防止のため一部魔法を使うことが許されているんです。」

「…じゃあ、その連絡装置って軍事用じゃないですか。」

「細かいことは気にしたら負けです。」


(ここまで説明しておいて…。)




夜。やっと親父とシモンさんが工房から戻ってきた。


「おいプカク。ちょっと来い。」

「…?」


俺は親父に連れられて作業場へ向かった。


「…これ、鎧?」

「ああ。」

「…それに、こっちは刀…。」

「ああ。」

「シモンさんの分、できたんだ。」

「いや、これはシモンのものじゃない。」

「え?」

「お前のだ。」


俺は絶句した。今まで一度も親父の作品に触れてすらいなかったのに、親父が俺のために道具一式を作ってくれたのだ。


「…そんなに驚くか?」

「驚くよ。」

「…まあ、一回つけてみろ。多分大丈夫だと思うんだが、試してみないとな。」

「うん。」


俺は防具一式を着た。


「重…。」

「大丈夫だ。どうせ実践では使わない。式典の時に使うやつだ。」

「…。」

「…少し胴回りに隙間があるな。これだと動いたときに防具がずれる。…よし。調整する。一回脱げ。」


俺は胴を脱いだ。


「兜は大丈夫そうだな。…もう少し薄くしてもいいか。」

「これ、蒸れる。」

「仕様だ。」


親父は防具を叩いて調整した。


「俺が調整している間に刀も見てみろ。お前の好みに合わせたつもりだが。…反りが大きいのが好きだったよな?」

「ああ。」


俺は刀を持ち上げ、少し振ってみた。


「…おお。」

「どうした?」

「すごい…。俺が求めてた理想に近い…。」

「それが打てるようになったら、お前も半人前にはなれるな。」

「半人前…。」


親父は胴を叩き終えると、伸びをした。


「…とりあえず、こんな感じだな。よし。俺は寝る。」


そう言うと、親父は作業場から出ていった。


(…これ、今日一日だけで作ったってことだよな…。普通なら無理だよな…。やっぱり親父はすごいな…。)






三日後。姫様の頼んでいた荷物も届き、ようやく都に行く準備が整った。


「…何だかこの一週間の目的が、俺の装備の新調からプカクの入団に移ってしまっていた気がするな。」

「いいだろう。仕事はした。」

「文句は言ってないさ。」


親父とシモンさんが話していると、姫様が俺に服を渡してきた。


「これ。着てください。」

「制服ですか。」

「はい。騎士団のものです。」

「じゃあ、少し待っていてください。」


俺は部屋に移動し、服を着替えた。


(…服が固い…。)


「お待たせしました。」

「…結構似合いますね。ムカつきます。」

「都の服って、大体こんなものなんですか。少し動きづらいですね。」

「そんなものなんです。」


すると、親父がそれを見て首を傾げた。


「…面白味に欠けるな…。」

「いや、面白味とかいらないから。」

「…化物の毛皮でも巻いてみるか。」

「いや、暑いだろ。」


すると、親父は化物の毛皮を俺に巻いた。


「一応、この村の民族衣装だ。毛皮の裾に、鳥の羽根をつけたものだ。これなら、都でも目立つだろう。」

「別に目立ちたくはない。というか暑い。」

「…もっとこう、首もとを折り曲げて襟っぽくしたらどうです?」

「姫様。乗り気にならないでください。これ結構暑いんですよ。」

「…ほら、いいんじゃないですか?」

「暑いです。」

「いいですか?プカク。お洒落は我慢です。」


(別にそこまでしてお洒落をしたくはない…。)


「さて、服装も整った所で、いよいよ出発しましょうか。」

「今からですか?」

「ええ。まだ日が昇っていませんが、都までは片道で20日ほどかかります。できるだけ早く出た方が距離を進めるので。」

「…分かりました。」

「あ…最後に村の方々に挨拶をするなら待っていますよ?」

「いえ。大丈夫です。」

「本当に?」

「はい。」

「本当の本当に?」

「はい。」

「…本当の本当の本当に?」

「しつこいですよ。」

「分かりましたよ…。じゃあ、行きましょうか。」


俺達は家を出た。


「一週間お世話になりました。」

「いえ。こちらこそ。プカクの面倒を見てやってください。」

「もちろんです。…では。」


俺達は都に出発した。


「徒歩なんですね。」

「ああ、姫様の要望でな。馬を使えばいいと申し上げたんだが、歩きたいと仰ってな。」

「我儘を言って、そうしてもらいました。歩くのは大好きですから。」

「そうは言っても、片道20日ですよね。」

「凄いだろう。我が国の姫様は。」

「好きという域を越えていますね。」

「誉めていただけて嬉しいです!」


(…誉めたつもりはない。)


すると、前方に人影が見えた。


「…!」


その人は、麦わら帽子で顔を隠していた。


「…すみません。ちょっと。」


俺は二人に断りを入れて、駆け寄った。


「どうした?カナ。」


すると、カナは麦わら帽子で顔を隠したまま言った。


「いやーそういえば、姫様に山菜の炊き込みご飯を作るって言っておきながら作ってなかったなーと思ってさ。ほら。これ。」


そう言って、笹で包んだ握り飯を渡してきた。


「山菜おにぎりになっちゃったけどさ、味は同じだから。シモンさんにも分けてあげて。」

「分かった。ところで…」

「あ!プカクにはこれも渡そうと思ってたんだ。」


すると、刀の鍔を渡してきた。


「アプトにも協力してもらって作ったんだ!ほら、ここの模様が稲を表してて、ここが鉱山を表してるんだ。都に行って、この村が恋しくなったらこの鍔を見るといいよ!」

「…ありがとう。」

「それじゃ!」


そう言って、カナは顔を隠したままサッと振り返って走り出した。


「カナ!」


俺が呼び止めると、背中を向けたまま立ち止まった。


「…何?」

「顔、見せてくれないか。」

「やだ。」

「何でだ?」

「…顔洗ってない。」

「それ、いつもだろ?」

「失礼な!農作業の後はいっつも洗ってるって!」


俺は話しかけながらカナに近づいた。


「…知ってると思うが、俺は都に行くことにした。」

「…うん。知ってる。」

「だから、しばらく会えなくなる。」

「…分かってる。」

「だから暫くの間、カナを見れない。」

「…うん。」

「だから、都に行く前にカナの顔を見たいんだ。」

「やーだ。」

「何でだ?」

「顔洗ってない。」

「振り出しに戻った…。」


俺はカナの持っている麦わら帽子を取った。

カナは、グシャグシャに泣いていた。

カナはうつ向いて言った。


「…ダメって…言った…。」

「すまん。見たかった。」

「…私…プカクには笑った顔を覚えておいて欲しかった…」

「そうは言っても、最後にお前を見たのは泣いた姿だっただろ。そんなに変わらないぞ。」

「それでもさ…泣いてる顔を何度も見せたくはなかったの…なのに…プカクは勝手…」

「自分でもそう思う。…勝手ついでじゃないが、無理矢理でもいいから笑ってくれないか。」


すると、カナは俺の鳩尾を突いた。


「いって!」

「勝手すぎ…。」

「そうか…。残念。」


すると、カナは俺の腕を掴んだ。


「今度は何だ?背負い投げか?」

「…ちょっと待ってて…今笑うから…。」

「意気込みが凄いな。」


しばらくすると、カナは顔を上げ、作った笑顔を見せた。


「…。」

「…。」


カナは俺の鳩尾を突いた。


「いって!」

「プカクから言っておいて何でこんな変な空気になってんの!?感想とか言ってよ!」

「あー…顔洗ってないの本当だったんだな。頬に土がついてるぞ。右側。」

「それ今言うことじゃないじゃん!もっと違うこと言ってよ!」

「そうか。じゃあ…不自然だな。」

「…っ!アホぉ!」


カナはそっぽを向いてしまった。

すると、カナは笑いが耐えられなくなり、吹き出した。


「アハハハハハハ!」

「…?」

「いや、何か可笑しくって!私何やってんだろ!アハハハハハハ!」

「…やっぱり、その笑顔が一番だ。」

「うん。私もそう思う。あー、何かスッキリした!ありがとう!プカク!最後に笑わせてくれて!」


そう言うと、カナは涙を拭った。


「行ってこい!プカク!この村は私が守ーる!」

「頼んだ。じゃあ、また。」

「うん。またね!」


俺は振り返って歩き出した。

決して、振り返らなかった。


「すみません。お待たせしました。」

「…もういいんですか?」

「はい。最後に挨拶もできましたし。」

「そうですか。では、改めて出発しましょう。」



俺は村を出た。

村を出るとき、俺はもう一度だけ村を見た。

稲穂がたなびき、山の木々が色付き、風が村を撫でていた。

その冷たい風が、俺の頬を通り抜けていく。

朝日は村の影を制し、朝露を輝かせていた。

風が、都へ行く俺の背中を押していた。朝日が、都への道を照らしていた。

またいつか、成長したその日まで。

ありがとう。ノンノ村。行ってきます。

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