夢(1)
翌日。俺はアプトの所に鉄を貰いに行った。
「すみません。プカクです。鉄を貰いに来ました。」
すると、アプトが鉄を持って奥から出てきた。
「おう。来たな。今日はこんな感じだ。」
「…そうだな。この三つをくれ。いくらだ?」
「3500エルサ。」
「…これで丁度だ。」
「…どうした?プカク。何だか眠そうじゃないか。」
「ああ…ちょっとな。考え事をしていたら、一睡もできなかった。」
「ふーん。」
俺は風呂敷に鉄をまとめながら、ふとアプトに聞いてみた。
「…なぁ、もしもの話だが、お前が都で働けることになったら、都に行くか?」
「あ?何だ急に。」
「…ただの戯れだ。」
「…戯れねぇ。お前が戯言を言う時なんてのは…」
アプトは何かに気付いて口にしようとしたが、何かを察してその言葉を飲み込んだ。
「…いや。何でもない。…そうだな。それが俺がやりたい仕事なのだとしたら、そりゃまあ、都で働くかな。俺はこの村にそこまで思い入れもないし、どちらにしても嫁を探すために、いつかは街に出ないといけないからな。…でも、やりたくない仕事なら、わざわざ都に行かないだろうな。」
「…結局、やりたい仕事かどうかってことか。」
「まあ、そうだな。」
「…じゃあ、それ自体はやりたくない仕事だったとして、それが将来やりたい仕事をするための仕事だったとしたらどうだ?」
「文章が交錯してきてるぞ…。そうだな…。…俺だったら行くだろうな。もし、本当にやりたい仕事があるのなら、嫌な仕事も気にならないだろうしな。」
「…そうか。」
「で?お前はどうなんだよ。」
「俺か…?」
「ああ、そうだ。まさか、聞きっぱなしってことはないだろ。お前の意見も聞かせろ。」
「俺は…。」
俺は暫く考えた。俺は確かに鍛冶屋になりたい。でも、この村も大好きだ。離れたくはない。
我儘を言えば、この村でずっと鍛冶屋として生きていきたい。でも、それでは何も成長しない。今と変わらない。
本当の俺はどうしたいのか。鍛冶屋になりたいのだろうか。鍛冶屋でありたいのだろうか。
「…おーい。生きてるかー?」
「あ…あぁ…」
「まさか、その調子で徹夜したのか?」
「すまん…。まだ少し眠気が残っているみたいだ…。」
「…分からんが、まあ、そういう時は悩みを忘れて、自分の好きなことをして羽を伸ばすのが一番だ。ほれ。」
すると、アプトは鉄塊をもう一つ渡してきた。
「マケてやるよ。これで、自分の好きな刀を打てば悩みも晴れるって。な?」
「…ありがとう。」
俺は製鉄所を出た。
「ただいま。」
「おう。帰ったか。」
親父は、シモンさんの要望が書かれた紙を机に広げて考え込んでいた。
「親父、もう起きてたのか。」
「まだ防具の設計で改善しきれなかったところがあったからな。」
「そう。とりあえず、今から朝食作る。」
「あ、姫様とシモンの分は大丈夫だ。早朝から姫様が村を見て回ると言って聞かなくてな。握り飯をいくつか持って行きなさった。」
「分かった。」
俺は竈に火をつけ、湯を沸かした。
そこに昆布を入れ、味噌を溶かしながら、俺はゆっくりと考えていた。
都に行くべきか。それともこの村に残るべきか。
考えれば考えるほど、答えは遠ざかっていく。
握り飯を作り、具材を味噌汁に入れた。
「…おい。大丈夫か?」
「ん…?」
「お前、味噌汁の具を入れる前に味噌を入れなかったか?」
「…あ。」
「心ここにあらずって感じだな。…仕方ない。今日は休め。そんな様子じゃ、何をするにしても危険だ。」
「いや…大丈夫。うっかりしただけだ。」
「…そうか。」
俺は味噌汁を注ぎ、食卓に持っていった。
「…あれ…握り飯まだ作ってなかったか…。」
俺は握り飯を作り、食卓に置いた。
「できた。」
「おう。じゃ、いただきます。」
「いただきます。」
握り飯を食べながら、俺はまた考えていた。
すると、親父が急に顔をしかめた。
「…おい。」
「…何?」
「…今日の味噌汁の具、何だ?」
「えっと…。…ネギ。」
「ネギ入ってないぞ。」
「本当に?」
「それに、昆布と米が入っている。これじゃあ家畜のエサじゃないか。」
「…あ、俺、味噌汁の中に握り飯を入れたのか…。」
「…これはうっかりでは済まされないだろ。姫様が居なかったから良いものの…。」
「…。」
すると、親父は箸を置いた。
「…悩んでいるのか。」
「…まあ。」
「珍しいな。お前が俺の言いつけを素直に聞かないのは。」
「…すみません。」
「いや、別に怒っているわけじゃない。ただ、今まではこんなこと無かっただろう。」
「いや…。俺、案外この村のことが好きなんだなと気付かされて。自分の本当にやりたいことっていうのがどっちか分からなくなってきたんだ。」
「…別に、嫌なら俺の跡取りにならなくてもいい。俺も強制をするつもりはない。」
「いや、そういうことじゃない。…俺は親父の跡取りになりたい。でも、この村を離れたくもない。」
「…言っておくが、お前がもしこの村に残るなら、俺の跡は継がせんぞ。お前が自分の鍛冶屋を開け。」
「え…。」
「刃向かっておきながら、今までと同じようにいられると思うな。それなりの対応はする。…まあ、都へ行くなら関係のない話だが。」
「…分かった。」
結局一日休みを貰い、俺は刀を持って山に出掛けた。
特に理由はないのだが、考えがまとまらない以上、気分転換も必要だと思い、フラッと立ち寄ったのである。
いつものカラス達が俺を囲み、クルクルと輪を描いて飛んでいる。
俺はその辺りにあった手頃な切り株に腰をかけた。
「…。」
だが、場所を山に変えたところで一向に結論は出ない。変わったのは、カラスが俺の周りで不満そうに鳴いているという状況だけだった。
「…ダメだな…。」
すると、急にカラスの鳴き方が変わった。
上空のカラスを見ると、自分からとても近い位置で、円になって飛んでいた。近くに化物がいる合図だ。
俺は刀を構えた。
辺りを360度見渡すと、木々の奥に化物の姿があった。化物は立ち上がってこちらの様子をうかがっていた。
俺は刀を半分抜き、化物を睨んだ。
すると、化物は前足を下ろして背中を向けた。
(…交戦する意思はないか…。)
俺は刀をしまい、後退りした。
すると、化物は尻を向けたままこちらを向いた。
(…?)
俺はそのまま後退りした。
すると、化物はまた立ち上がり、俺の様子をうかがった。
(…何だ?)
俺は後退りを止め、その場で立ち止まった。
すると化物は「ググゥ」と唸り、また背を向けた。
(…ついてこいってことか?)
俺は化物に近づいた。
すると、化物は一定の距離を保ち、こちらを確認しながら歩きだした。
(…不思議な感覚だな。)
俺は化物の通った獣道を、刀で草木を斬りながらついていった。
「…こんな道があったのか。」
化物はたまに振り向いてこちらを確認し、また歩き出す。
暫くすると化物は立ち止まり、座り込んだ。
「…おお。」
見事なまでの滝が流れていた。遥か高くから落ちた水が、空気中で少しずつ解れながら落ちていく。
それは正に、水の竜のようだった。
暫くすると化物は立ち上がり、また歩きだした。
今度は大分険しい崖を降り、草木の多い道を通った。
すると、何処からかすすり泣く声が聞こえはじめた。
(…この声は…。)
すると、化物はこちらを振り返り、「グゥ」と唸ると、何処かへ消えていった。『この先だ』ということだろう。
俺は声のする方に向かった。ありがたいことに、カラスがその方向を示してくれていた。
すると、開けた場所に出た。急に日の光が目に入り、俺は目を細めた。
目が光に慣れると、そこにはカナが踞っていた。
「…おい。カナ。何でこんな所にいるんだ?」
すると、カナはこちらを向いた。
「…泣いてるのか?」
「…来ちゃダメ…。」
「…何だ?何か嫌なことでもあったか?」
俺はカナに近づいた。
すると、カナは後退りした。
「…プカクはここに来ちゃダメ…!来ないで…!」
俺は足を止めて、カナに聞いた。
「…俺、何か悪いことしたか?それだったら謝るから、何故泣いているか理由を教えてくれないか?」
「…プカクは悪いことしてない。だから来ちゃダメ…。」
「…なぞなぞか?」
「…プカクは泣いている私に気付かずにいるような、ひどい奴じゃないとダメなの…!じゃないと…私が…。」
「いまいち話が見えてこないんだが…。」
「…プカク、都へ行くんでしょ?」
俺はその言葉を聞いて、眉を一瞬動かした。
「…話、聞いてたのか。」
「…私、プカクのことを大事に思ってる。だから…別れるのは嫌…。でも、それじゃあ私がプカクの足枷になっちゃう…。それはもっと嫌…。」
「…。」
「…きっと今のままじゃ、私がプカクと離れることを受け入れられない。だから…私はプカクを嫌いにならないといけないの。それなのに…どうして…プカクは私に、もっと好きになっちゃうようなことするの…?」
そういうと、カナはまたボロボロと涙を流し始めた。
「…何を言ってるか分からないが、俺はまだ都に行くと決めたわけじゃない。考えているところだ。」
「そうなの…?」
「それに、もし行くことになってもせいぜい5年だ。一生からすれば短い。」
「…。」
「だから…その…とりあえず涙を拭け。」
「…うん。」
カナは服の裾で涙を拭いた。
「とにかく、ここは化物も出て危ない。一旦村まで下りるぞ。」
俺はカナに手を貸した。
俺の手を掴んだカナの手は、震えていた。
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